第17話 危険地帯

 


 冒険者ギルドの扉を開けると、そこは一つ前の街『エラスト』と同じような作りになっていて、そこを利用している冒険者の、俺たちに対する反応も似たようなものだった。

 冒険者たちには目もくれず、一直線に受付カウンターに向かう。


「い、いらっしゃいませ。ギルド証の提示をお願い致します」

「はい、お願いします。ダイアウルフの毛皮がありますので、買い取りをお願いします」


 ゴブリンの両耳は討伐依頼があるはずだが、もうすでにCランクになってしまったので、その依頼は受けられないとの事だった。毒にも薬にもならないゴブリンの両耳は、他の冒険者に売るかあげるか、捨てるかする予定だ。


「分かりました。少々お待ちください――確認が取れました。『ニュービー仮面』のケンタ様と『治癒天使』のレイラ様ですね。査定のほうを確認して参りますので、もう暫くお待ちください」

(ニュービー仮面て……変なアダ名付いてるじゃん! レイラは治癒天使か……街中での救援活動がその二つ名を生み、知らしめたのだろう)


「お待たせいたしました。ダイアウルフの毛皮の査定結……どうなさいました?」

(いや、気にしないでください)


 多分ニュービー仮面がツボに入ったんだろう。崩れ落ち、笑いに震えるレイラをスルーして話を進めた。


「え、えぇ、わかりました。ええと、査定結果はダイアウルフの毛皮一枚銅貨15枚、十二枚で銀貨1枚と銅貨80枚になりますが、よろしいでしょうか?」


 エラストよりも査定額は低いな。ここでの需要よりもエラストの方が人口も多いだろうし、その分使い道もあるんだろう。俺はそれでいいと頷き、話を先に進めた。


「では、こちらが銀貨1枚と銅貨80枚になります。ご確認お願い致します」


 銅貨は10枚単位で縛ってあり、それが八つと銀貨1枚。確かにある。


「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」


 冒険者ギルドを出ると、日もゆっくりと傾き始めていた。まずは宿屋を確保して、その後、ご飯にしようと、想いを馳せながらレイラを見ると……やべっ、放置したままだった。





「す、すみません。ご迷惑ばかりおかけして……」


 ギルドに戻ると軽く人だかりが出来ていて、その中心にはもちろん、あの時のまま、笑いに震えているレイラがいる。強引に人だかりを掻き分け、レイラの首根っこを掴んでそそくさとその場を後にした。

 可愛らしい一面でもあるが、大事な時に発症しないよう気をつけなければ……。


 宿も一晩予約が取れ、この町唯一の食事処で一息ついた。酒場に似た喧騒も、俺たちの入店ですぐにお通夜モードになったが、しばらくすると、また何事もなかったように賑やかさを取り戻した。



 エラストの屋台でもそうだが、この世界のご飯は俺の好みに合っている。あまり食事に拘りのない生活を送ってきたが、この小さな宿場町でこの旨さ。幸福感と次の美味しい料理への探究心が湧き出てくるようだ。ネットがあったら、確実に写メって呟いているだろう。

 俺のこの幸福感がレイラにも伝わっているのか、彼女もニコニコしながら俺との食事を楽しんでいるようだった。




「あの、ちょっといいですか?」


 不意に声を掛けられ振り向くと、幼さが残るがキリッとした清潔感溢れる好青年が立っていた。その装備品から冒険者だと一目で分かる。そして後ろには、三人のこれまた同い年くらいの男女の冒険者が立っていた。男性二人、女性二人のパーティだ。


「何でしょうか?」

「お二人は『ニュービー仮面』のケンタさんと『治癒天使』のレイラさんですよね? 実はご相談がありまして――」

「……どういったご用件でしょうか?」

「僕はミケル。後ろは僕のパーティーメンバーでジェシカ、フェン、ゴルバートです。今僕たちは、この先のデヴァイトを越えるために、レイド仲間を集めています。今集まっているのは僕ら含めて四パーティーで、総勢十五人になります。明日の朝出発予定ですが、もし都合よければ一緒にレイドを組んで頂けると有難いのですが」


 デヴァイトというのはこの先の危険地帯のことで、山岳ルートと湿地ルートがある。山岳ルートは馬車も通れる広めの街道だが、B級魔獣のグリフィンやD級魔物のサーバルという中型の猫っぽいのが出没するらしい。対して湿地ルートはC級魔物のリザードマンやD級動物のワニ程度で、個体数も少ないらしく、少人数で行く人はこっちを選ぶらしい。

 しかし、本来ならこれは願ってもないお誘いだろう。二人より十七人の方が確実にリスクが下がる。しかし、俺のせいでそのリスクを高くしてまでも二人で進まないといけない理由がある。

 レイラも気付いているだろう。俺の魔法が普通じゃないって事を。多分これを知られてしまうと厄介なことになるだろう。その為、極力他人との接触は避け、当面の目的である仮面の解呪を済ませたい。その後は、俺がどんな扱いを受けようとも、最悪、レイラと距離を取れば、巻き込む心配もないだろう。

 俺はレイラに頷き、レイラも同じ思いなんだろう、好青年に頭を下げて丁寧に断った。


「お誘いありがとうございます。でも、すみません。こちらのケンタ様は仮面の呪いで、声を発することが出来ませんし、視野の狭さから距離感も掴めませんので、接近戦も難しいようで――」

「えぇ、それは存じております。しかし、それで尚、世間に知らしめるその強さが、僕たちには必要なんです」


 力説するミケルとは正反対に、後ろの三人は乗り気じゃない様だ。


「あぁ、その噂は聞きましたね。声が出せないのに魔法を使ったとか、怪しさ大爆発だね」

「全身真っ黒で、初めて見たわ。気味悪いです」

「あんな美人を奴隷にしているから、罰が当たったんだ」


 後ろ三人のヒソヒソ話、聞こえてますよー。というか、ワザとっぽいな。


「皆さんのご迷惑になること間違いないので、とても参加できません。私たちは、この町でもう少し稼いで、馬車で越えようと思っています」

「……そうですか、わかりました。じゃあ、エラストでの彼の戦果はウソだったという事ですね。残念です」

「そ! それは……ちがっ!」


 俺を立てるか、俺を守るか……レイラの葛藤がこちらにも伝わってくる。悩んだ末の沈黙は、ミケル達に肯定と取られ、蔑む視線を浴びながら俺たちは店を出た。

 「すみません」と悔しさ滲むレイラの手を取って、早々と宿に戻り、明日からの旅に備えることにした。

 


 翌朝、昨夜言い合ったミケル達が出発するのを見届けた後、俺たちもデヴァイトへ足を踏み入れた。ミケル達のレイドは、最終的には馬車一台、荷馬四頭に、冒険者は三十人近く居たようだ。

 レイラの話によると、レイドは馬車護衛の依頼を受けている場合が多く、それに便乗する形で後を付いて行き、危険を回避する冒険者も多いそうだ。レイド側も冒険者も双方メリットが大きいので、容認する形になっているみたいだ。


 宿場町を出発して数時間経った頃、運命の分かれ道が目の前に迫ってきた。登り坂は道が広く、余裕で馬車が三台ほど並びそうだ。逆に下り坂は段々と道が狭くなっており、馬車一台程の幅しか無い。前も後ろも人は居ない。俺たちはアイコンタクトで意志の疎通をはかり、下り坂へと足を進めた。


 湿地ルートと言っても、全て足元が緩いわけじゃなかった。確かに辺り一面湿地帯が続いているが、俺たちはその横に続く、二メートル弱幅の道を進んでいる。湿地帯には確かにワニが見えるが、水鳥を狙っていたり、ひなたぼっこしていたりと、俺の知っているワニと対して変わらないようだ。この調子なら何事も無くデヴァイトを越えていけそうだ。


 この道中でも槍の修練と魔法の練習は怠らなかった。しかし、槍の修練は宿場町までの道中と違い、襲い掛かってくる魔物も現れないので、主に型の練習に費やしていた。魔法の方も、場所が場所だけにレイラの睡眠も浅く、あまり派手なことは出来なかった。その為、槍の修練も魔法の練習も、少々物足りなさを感じている。


 道中のレイラとの会話は特に無い。話題を振ろうにも喋られないし、何日も代わり映えしない湿地帯に、質問も底を突いた。唯一の会話は槍の修練時のアドバイスだけだった。そんな会話のない日々でも、レイラは嬉しそうに、楽しそうに毎日を過ごしていた。この平凡な日々が最も幸せな時間であることを知っているんだろう。だが、本当に何も無いこの日々に、レイラの表情が徐々に曇り始めた。


「聞いた話ですと、二、三日に数匹はリザードマンを見ることがあるそうなんです。けれど、もう六日が過ぎようとしていますが、まだ一匹も発見できていません。しかし、ワニなどの他の動物は普通に生活しているので、この前のような事にはならないと思いますが……念のため、用心しておきましょう」


 そう言って俺たちは警戒心を強めたが、東の宿場町『イニスト』に着くまでに、リザードマンを見ることは無かった。


 

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