第14話 大活躍

 


 赤く燃え盛る炎に目を凝らすと、正確には街の外周にある畑が燃えていた事がわかった。そして……居た。場違いな魔獣が五匹。

 見たことがある、ストーンボアーだ。俺が倒したウリ坊よりも大きく、リタが倒したストーンボアーよりは、幾分小さく感じる。外皮の石も完全に体を覆うまでには至って無い。


「C級のストーンボアーです! しかも五匹も居たなんて……え? あ、あれは何!?」


 レイラの指さす先を見ると、他とは明らかに異質で、異様な雰囲気を出す魔獣がいた。


 あれは、リタが倒したストーンボアー!?

 ……確かにそうだ。腹の部分、俺が外皮をめくり肉を切り出した形がポッカリと空いたままだ。

 ゾンビになってまでも、怨ある俺とリタを探しているのか?もしそうなら、あのゾンビは取り巻きを従えて、俺とリタの匂いを追ってここに来た可能性が高い。

 俺がこのまま街を去ればあの魔獣たちは俺を追ってくるのか? その場合、多分答えはイエスだ……しかし、この街を全滅させた後の可能性が高い。

 リタを呼ぶか? まだそう遠くには行っていないはずだ。だが、実体ある今、すぐに駆けつけられるかは分からないが、呼ぶだけ呼んでみよう。


 あとは……このまま戦うかだ。強くなった感はあるが、実践はまだまだだ。果たして通用するのか……。


 あのストーンボアーに追い詰めたれた時の記憶が蘇る。

 足がすくむ。

 震えが止まない。

 自分が弱者だと思い知らされた戦いだった。


 畜生、俺は動けない……。


「ケンタ様! 街の皆が門の前で戦っているみたいで、数人倒れている人も見て取れます!」


 どうしたらいいんだ。

 こんな仮面を被った不審人物にも良くしてくれた、あの街の皆を見捨てる事は……したくない。

 かと言って、この状態で戦ってもリスクが高すぎる。俺は本当に戦えるのか?


「ケンタ様、私は街に行き、助力して参ります! こう見えても回復魔法も使えますので、ケンタ様の顔に泥を塗るような事は無いと思います」

(ふ、ふざけるな! 俺の評判なんてどうでもいい! なぜレイラが行く必要があるんだ!)


 自分の事を軽んじているように見え、苛立ちを覚えた。

 レイラの力量はわからないが、あの魔獣共と戦って無傷で済むとは到底思えない。

 だが、レイラの意志は堅いようだった。


「私は父母に助けて頂きました。そして奴隷商、商人様、ケンタ様に。だからこれからは、私が助ける番なんです」

(俺はレイラに死んでほしくないんだ!)

「大丈夫です。こう見えても私結構強いんですよ。実は、冒険者ランクも以前はCランクでしたし」


 俺に心配させまいと柔らかな笑顔をみせてくれた。

 ダメだ。レイラを置いて逃げることなんて出来ない。

 

(くそっ!! やってやる! やってやるぞ!!)


 やるしか無い。この状態を打破するには、俺がやるしか無い。

 俺は地面に街の図を書く。この街に来てからレイラに少しずつだが文字を教わっていた。なので簡単な単語もいくつか並べてレイラに指示を出した。


「ケンタ様?」

(レイラはここら見つからないように遠回りをして、東門から街に入れ。街の中には多分負傷した人たちが居るはずだ。その人達の手当を頼む。それと、外で戦っている人たちに魔法の巻き添えになるから、極力離れて戦うように言ってくれ)

「はい、分かりました。えっ……火魔法? あの、ケンタ様は……っ!」


 『炎纏鎧えんてんがい』を纏う。防御力はないが、ただ単にレイラに魔法が使えることを示す為だけに纏った。

 レイラを助けた時の事を思い出させ、安心させる為に。

 俺は強い、ここは任せろと。


(行け!)

「は、はい! どうかご無事で!」


 レイラが小さくなるまで見送った後、『炎纏鎧えんてんがい』を解き、また具体的な戦略を考え始めた。

 攻撃には『火炎弾』を使おう。数は……出せるだけ出そう。

 それを六匹全てに均等割して、頭上からホーミングで狙い撃ちだ。

 

(よし、行くぞ!)


 行動を開始する。まずは位置の把握だ。

 南門の前にストーンボアーが三頭、畑の真ん中に一頭、おぉ、もう一頭はその傍で倒されていた。

 そして、あのゾンビのストーンボアーは最後方に位置している。俺からすれば、一番厄介なのが一番近くにいるわけだ。

 正確にホーミングさせるには、もう少し距離を縮める必要がある。俺は見つからないように、慎重に東から回るよう足を運んだ。

 リタにも呼びかけてみたが、返事は無かった。やっぱりある程度近くに居ないとダメみたいだな。


(この辺りか、よし、やるか!)


 畑の真ん中にいる一頭の、ちょうど真東に位置付けした。南門前のストーンボアーとゾンビのストーンボアー両方とも大体同じ距離だ。

 一つずつ『火炎弾』を生成する。

 十個、十五個、二十個……! ヤバイ、よりによって一番厄介な奴に気付かれた。こっちは風上だったか!?

 俺は急いでその二十個の『火炎弾』をホーミング指定し、上空に解き放った。


(人に当たるなよ! いっけえぇぇー! 火炎弾!!)


 二十個の炎が空高く導かれ、それぞれがターゲットを見定めると、彗星の如く降り注いだ。

 ストーンボアーたちは燃え盛る炎に包まれ、一頭、また一頭とその場に倒れていく。


(よし、効いてる! 俺でも戦え……!?)


 空が暗くなったかと思うと、炎を纏った巨大な岩が、俺を目掛けて襲いかかっていた。

 間一髪でそれを避けると、ゾンビストーンボアーが迫って来ていた。

 

(ちっ! これでも食らえ!)


 特大の『火炎弾』をお見舞いしたが、全くの無傷っぽい。どうなってんだ!

 俺は移動しながら状況の把握に努める。

 門前のストーンボアーは――よし、全滅だ。街の皆も魔法の巻き添えにはなってないようだ。残るはコイツだけ。

 ゾンビストーンボアーは生前と比べると移動速度がかなり遅いようだ。その代わり土魔法に加え、火魔法も扱えるようになったみたいで、さっきの一撃はまるで隕石だった。


 逃げながら『火炎弾』を連発してみるも、やはり手応えがない。『炎花えんかそう槍』なども投げてみたが、元は同じ『火炎弾』、形が違うだけなので、結果も同じだった。火魔法が使えるようになった事で、耐性が付いたのか、それとも死んだ影響か……どちらにせよ厄介だ。

 もっと根本的に魔法を強くする方法が必要だ。だが、今それを試行錯誤している暇は無い。

 仕方がない、ここは街まで行って他の冒険者たちと協力して戦うしかないか。

 ゾンビストーンボアーを見ると、隕石の次弾生成に取り掛かっていた。先ほどのスピードなら放ってからでも避けられるだろう。


「ケンタ様! ご無事ですか!」

(なっ! レイラ!? 何で来た!)

「グオオォォ!」

 ゾンビストーンボアーの咆哮と共に放たれた一撃は、俺目掛けて……ではなく、レイラ目掛けて一直線に向かっていった。


「えっ!? か、風の精霊シルフよ! お願い!」

(ちくしょう!)


 シルフの風が一カ所に集まりすごい勢いで渦巻いている。隕石にぶつかり巨大なヒビを入れるが、完全に破壊する事は無理そうだ。

 前に倒れそうな勢いで走る。行け! 間に合え!


(届けえぇぇ!)




 ――視界が霞む。耳鳴りが頭を駆け巡り、全身の感覚がまだ戻らない。

 レイラは無事か? ぼやける視界の中、必死にレイラを探す。


 レイラ! レイラは大丈夫か!?


 声が出ない。仮面の所為じゃなく、喉につっかえる物が邪魔をする。

 急な吐き気に、思わず嘔吐した。……ぼやけていても分かる、一面赤色に染まった。

 それを見た途端、脳が覚醒してしまったのか、急に全身の痛みに襲われた。それと同時に視界も蘇る。レイラは俺のはるか左前方に倒れていた。立ち上がろうとしている所を見ると、大きな怪我は無さそうだ。俺は……あぁ、やっちまった。

 左腕、左足があらぬ方向を向いていた。多分アバラとかも折れているだろう。

 あまりの痛みに意識が飛びそうになる。


 腐った血肉を撒き散らし、折れた足を物ともせず、俺にトドメを刺す為に、のしのしと間合いを詰める。もうレイラには反応を示していない。やはりターゲットは俺だったようだ。

 ここで俺を殺せば、コイツは止まるのか? もうレイラは絶対に大丈夫なのか? 街の皆は絶対に大丈夫なのか?

 

 答えはノーだ!


(おおおぉぉぉ!)


 俺は命の火を燃やすつもりで地面を叩いた。

 ゾンビストーンボアーが全部覆われる範囲の巨大な火柱を立ち上げた。一発のダメージは少なくても、それを連続で当てればどうだ。

 ダメージは、熱は、蓄積されていくはずだ。


 ゾンビストーンボアーが動くたびに位置を調節しながら数分経った頃、その熱に耐え切れなくなってきた巨躯がのた打ち回り始めた。

 悲鳴にも似た咆哮を上げ、現状から脱兎しようと藻掻く。

 このまま余裕でと行きたいところだが、俺の痛みも限界に近い。気を張ってないと一瞬で意識が飛ばされてしまう。どちらが先に落ちるか我慢比べだ。


「グオオォォ!」


 突如その巨躯が空を覆った。しまった、棹立さおだちだ! ここで岩のトゲが出てきたら一発アウトだ。正面から追撃の『火炎弾』を食らわすも時間稼ぎにすらならない。


(ここまでか……)

「シルフ! ウンディーネ! 二人の力を私に貸して! ウォーターカッター!」


 研ぎ澄まされた風に誘われ、高圧となった鋭い水が巨躯の胴体を両断した。

 別々に崩れ落ちるそれを見て、巨躯の向こうにいる無事なレイラを見て、俺の意識も闇に落ちた。


 

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