第9話 呪い

 


 レイラを街に届ける約束をしたものの、街がどこにあるのかわからないわけで……。


(街ってどこにあるのかわかる? それと、人間の街は大丈夫? エルフで奴隷みたいだけど)


 身振り手振りで伝えてはみるものの、イマイチ理解されない。テレビのクイズ番組なんかでたまに見るが、ジェスチャーゲームほんと難しいな。そして恥ずかしい。

 俺はふとリタが地面に地図を書いてくれたのを思い出し、広大なキャンパスに伝えたい思いを描き綴った。


「絵、結構お上手ですね。ここから三日ほど歩いた場所に『エラスト』という街があります。それと、ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です。私エルフじゃなくてハーフエルフで、人間の父とエルフの母と私の三人であちこち冒険しながら暮らしていまして、人間の街にもよく滞在したりもしました。皆さんいい人ですよ。ただ、どこにもああいう人がいるというだけで……」


 両親との日々を思い出していたのだろうか、奴隷になった時を思い出したのだろうか、少しさみしそうな顔をのぞかせた。

 両親が今どうしているとか、奴隷になった経緯とか、気になる所もあるが、口下手が口無しじゃ何ともならない。向こうから言って来る時を待とう。

 おれは街に行く為、森の中にある荷物を取りに行った。


「そ、それは……」


 その原始的な石器を見て、必死に笑いをこらえる彼女を見ると、襲われた恐怖心などは無さそうだ。


 俺はまだ何か使えるものがないかと色々探したが、どれも大体壊れていた。

 ただ、レイラの格好がボロボロのフードコート一枚だったので、唯一損傷の少ない護衛の上着を脱がせようとしたが、すごい勢いで拒否された。

 さすがに死体の物は着たくないか。うん、俺も着たくないな。

 仕方がないので俺の寝間着を着るかと提案したら、それはOKらしい、いそいそと脱いでレイラに渡した。ちょっと興ふ……恥ずかしい。

 その時気がついたのだが、俺の身体が真っ黒だった。髪も顔も身体も足の指先までもだ。

 レイラが言うには、呪いに罹った人はこうなるんじゃないかとの事。まぁ、魔族の顔のままだったら問題が色々増えそうだから、逆に良かったのかもしれないな。うん、ポジティブポジティブ。

 手を合わせて護衛の服を脱がし、仮面のせいで視界が悪かったが、急急と着替えた。丈は少し短かったが、幸い体型が似ていたせいか他は丁度いいサイズだった。

 その間レイラも森で着替えてきたようだ。改めてレイラを見る。

 エルフの特徴である白い肌、整った顔立ちは健在だ。年齢は十五、十六くらいだろうか。エルフの集落でみた、人を見下すような刺さる目つきは無く、髪の毛も少しブラウンが入りどこか安心させてくれる雰囲気が出ている。

 背もそれほど高くもなく、俺よりも頭半分ほど低いので、大体一六○センチくらいだと思う。

 俺の寝間着のTシャツは全体的にブカブカで袖も余っているが、それはそれで可愛い。そんな大きめのTシャツでも分かるほど出るところは出て、スウェットパンツは下がらないようにヒモで縛っているため、締まるところは締まって見える。うん、ナイスバデーだ。俺はレイラに親指を立ててグッショブと頷いてみせた。


「あ、ありがとうございます?」


 褒められたと分かったらしい。

 

 街へと旅だった。俺にとってはこの世界で初めて森の外だ。否が応でもワクワクしてしまう。

 道中は平々凡々で、今のところ動物や魔獣、人とも出会わなかった。


「この辺りはストーンボアーが出るとの噂もあり、商人たちは違う道を選んでいます」


 元ご主人の商人も盗賊たちから逃げてここまで来たそうだ。それにしてもストーンボアー、多分リタが倒してくれた奴だろう。

 人間だと二十人掛かりだっけ……。あんなのが日頃から彷徨いてるなんて、この世界は予想以上に危険な世界だな。

 もっと色々と聞きたいこともあったが、ジェスチャーで伝わらなければ足を止めてキャンパスに描かなきゃならないので、そこは我慢して歩みを優先させた。


 途中で休憩を挟む。

 木陰に腰を下ろし、足を休ませる。

 俺は袋から赤梨を取り出しレイラに渡す。


「あっ、シャクの実。貰っていいんですか?」


 頷くとありがとうと笑みを零し、上品にかぶり付く。

 シャクの実っていうのか。でも、俺の中では赤梨だぞ!っと心の中で決めた。



 日が完全に落ち、真っ暗になるかと思いきや、蒼白く光る月が夜道をほんわりと照らしてくれている。

 決して明るくはないが、森の夜と比べれば雲泥の差だった。


「今明かりを付けますね。 光の精霊ウィプスよ、お願い!」


 指先から柔らかくて温かな光が辺りを照らしている。結構範囲も広く、これなら安全に進むことが出来る。

 俺の『炎輝』と比べると明かりの程度は一緒だが、どこか俺の方が冷たさを感じる。いや、実際は俺のは火で出来ているから温度的には俺の方が熱いだろう。

 それと、この魔法からは神聖さというか、神々しさが見て取れた。聖なる光とはよく言ったものだ。まさに今それを見ているようだ。拝んでおくか?

 それにしても、光の精霊ウィプス……リタさん、聞いてないですよ。

 光が要るということは、対の闇の精霊もいるだろう。なら、この仮面の呪いは闇の精霊の魔法だろうか。

 司祭に解呪してもらうというのは、光の精霊を使って、闇の精霊のこの魔法を打ち消すのかもしれないな。



 一日目、二日目と順調に進めた。ストーンボアーとのエンカウントを警戒していたが、杞憂に終わろうとしていた……その矢先、急にレイラが後ろを振り返る。ピクピクとエルフ特有の長い耳が動き、表情も段々と厳しくなっていく。迫りくる敵意。ストーンボアーとのリベンジマッチにオレも心を身構える。


「ダイアウルフの群れのようです。多分私たちの服の臭いを辿って来たみたいです。その石槍、一本貸してくれませんか?」


 遠方を見ると、確かに狼っぽいのが五匹ほど走ってくるのが見えた。オレの着ている護衛サンの服やレイラの着ている俺の寝間着には血がついてたからか。俺も石槍を構え、来るダイアウルフに神経を尖らす。


「私一人で大丈夫です。これでも元冒険者ですから。それに声が出せないと魔法も使えないでしょうし、失礼ですがこの武器を使っているようだと……」


 ド直球とは言わないが、結構グサリと来たね。まぁ事実だし、仮面被っているから言い返せないけど。

 でも、魔法は使えるんじゃないか? 元々詠唱しなくても出来るようになったし。

 一応レイラに見えない位置で火を出してみる――出た、普通に出た。いけそうだが、ダイアウルフを対処できるかは、また別問題だ。

 素早い相手だと避けられる危険性がある。ホーミングでもしてくれれば……ついでに試してみるか。

 右手に『炎輝』を出して左手に着弾するよう念じ、前方に飛ばす。すると、動き続ける左手にすーっと吸い寄せられるようにピトッと着弾した。

 成功だ。何これ、すごい! 頭の中でスキルアップの軽快な音が聞こえた気がする。今までのが場所をターゲットにしていたとしたら、これは対象をターゲットにしたやり方だな。

 これなら戦力になる。俺は戦闘に参加しようと前を向くと、レイラとダイアウルフが対峙していたのだが、ダイアウルフは残り二匹となっていた。


 レイラめっちゃ強いんですけど。


 ゴールデンレトリバーより一回りも二回りも大きいダイアウルフは、鋭い牙をチラつかせ、レイラと一定距離を保っていた。先にやられた三匹の同胞を見て、レイラの強さを再確認しているようだった。

 一匹がその鋭い牙でレイラの首元や腕、足などを狙ってくる。レイラはその猛攻を物ともせず、逆に攻撃後の無防備な一瞬を逃さず、バランスの悪い石槍を器用に回し、回転力を加えた鋭い一撃を振り下ろす。

 ダイアウルフがそれを避けると、まるで避ける方向さえ計算していたかのように、流れるような槍捌きで致命傷を与えた。

 それを機と捉えた、もう一匹のダイアウルフが背後から襲いかかるも、レイラは槍を勢い良く引き、尖った柄先でダイアウルフの喉を刺す。

 動けなくなった二匹にとどめを刺し、深く息を吐いて、こちらに目を向けた。


「もう大丈夫です。石槍ありがとうございました」


 両親とあちこち冒険していたというのは伊達じゃないな。

 これなら素手でも盗賊たちを倒せたんじゃないかとも思ったが、何か理由があったんだろう。

 それとも、最終的にそうするつもりだったが、俺が出しゃばって来たからかな。

 まぁ、とにかく無事に事を終えて良かった。


 倒したダイアウルフは俺とレイラの手によって解体され、肉と毛皮になった。

 どうやら毛皮はある程度の値段で売れるらしく、肉は干し肉にするらしいのだが、あまり美味しくないと付け加えられた。


 まもなくして、俺達は無事に街に着くことが出来た。


 

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