死を前にして明るくあっけらかんと語る母親の話
「空蝉は夢、夜の夢はまこと、という言葉があるよね。わたしたちの暮らすこの世は、かつての人たちが夢幻と思い描いた形、夢が作った形なの。今あなたが夢見るものが現実、まことの姿なの。まことがまことでなくなったとき、夢となってこの世を作るの。この世はそうやってできてるの」
母親が癌になって、あと半年の命となる。
単身赴任の父、中学二年の姉と小学二年の妹はどう生きるのか。
「人はね、どうして生きているのかな、という神様へのレジスタンスなことを考えちゃだめ。生きている間に何をするのかということを考えなさい」
母親は語る。
「どう生きるのかよりも自分はどう死ぬのか、そういう事を考えないと人生は見えてこないものなのよ」
遺書なのか、戯言なのか。
「生きるってね、自分が一生涯をかけて大切なものを伝えるために励み、そして残すことだと思う。私にはあなた達が残せたこと、これが私の生きてきた証よ」
思いが吐露されていく。
「人はどう死んだのかよりもどう生きたのか、ということのほうが大事なのよ」
どう生きたのか、それこそ人生。
「因果応報、悪い子とした人は、めぐりめぐってその災いが身に降りかかる。でもね、いい事、悪い事の数は最初から決まってるの。若いうち楽した人は年取ってから苦労するのよ」
若さは戻らない。老いは平等に訪れる。
「幸せってなんだろうね。あなたの心のぬくもりを感じることなのかもね」
両手でそっと包めたらあたたかいかもしれない。
「いいことがあったら不思議だと思いなさい。悪いことがあったら当然だと受け止めなさい。世の中は、人一人が考えているほどの酷いことはたくさん転がっているのだから」
たしかにそうかもしれない。
「人はね、何からできていると思う? 細胞が集まってできているんじゃないの。人の思いが集まって、あなたがいるの」
親兄弟親戚友人知人恩師好きになった人たちで、今の自分がいる。
「人が死ぬ。森が消え、川が汚れ、空気は淀み、思い出の風景も今は昔となっていく。それは世の習い人の常、世の中に変わらないものなどありはしないのだから」
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