ボクのターンだね、と無双を開始した

 バリケード近くのゾンビを倒したけど、これで終わりなはずはない。

AoDゲーム』で言えば一番最初のエリアを突破しただけ。ゾンビはまだまだ橋に存在しているのだ。


「ぷっはー!」


 紙パックのジュースを飲み、のどを潤す。抗ゾンビウィルス薬を含んだジュースは、洋子ボクの体内にあるゾンビウィルスの一部を不活性化する。これでもう少し戦えるはずだ。


「今のうちです。<快癒リバース>を使っておきましょう」


 ダメージを癒した福子ちゃんが告げる。さっきの戦いで、全員それなりに傷ついている。クランスキルを使って傷を癒すなら今のうちだ。その意見には頷ける。

 ただまあ、どうでもいい問題があった。


「全く持って無茶無謀な突撃。言語道断ごんごどうだんな戦い方でしたわ! 何とか突破できたとはいえ勝利などとても言い切れぬ狂言綺語!《きょうげんきご》 バス停などと言う武器を使う田夫野人たふやじんが率いるクランなどに気品を求めるのが間違っているのでしょうけど!

 ああ、一笑千金いっしょうせんきんと言われたこのフローレンス・エインズワースがこのような者達と共に戦っているなど、人生はまさに波乱万丈はらんばんじょう。死者が跋扈する覆地翻天ふくちほんてんの世とはいえ、まさに佳人薄命かじんはくめい! 運命とは過酷なモノですわ!」


 この自分に酔っている聖女様に話しかけるのはやだなぁ、と言う事である。いや、もう、何なのこの人。


「人の言う事聞かない度合いではバス停の君といい勝負デスネ」

「ちょー!? ボクそれ聞き捨てならないんだけど!」

「……その、ヨーコ先輩も自分に浸ってるときは、その」

「音子は、自分に自信があるってすごいことと思います。エヘ、エヘヘ……」


 ミッチーさんの言葉にショックを受ける洋子ボク。そして訂正してくれない福子ちゃんと音子ちゃんが追い打ちをかけた。

 その、僕はここまで自分に浸ったりはしていない……はず! ちょっと自分のことが大好きで、気が付くと結構な時間がかかってて、それを理由に行動して皆に飽きられたりはするけど……その、きっと、ここまで酷くはない……よね? よね!? 


「洋子おねーさん、すごいショック受けてるみたいです。膝ついてますよ」

「己を顧みるいい機会です」

「このゾンビご時世、あのお調子者な性格には精神的に救われてるのは事実デスけどね。おおっと、本題忘れてた。聖女サン、回復ヨロ!」

「了解しましたわ。このフローレンス・エインズワースが聖女と呼ばれる所以をお見せしましょう、三位一体の象徴と言われたこの私の歌は(以下略)」


 この後いろいろ喋った後に聖女様は<聖歌>っぽい歌を歌って、洋子ボクらのゾンビウィルス浸食率を下げてくれた。


「さて、第二陣デスネ。ほら、バス停の君、早く復帰スルネ!」

「ううう……。ボクはあそこまで酷くは……酷くないよね、福子ちゃん!」

「……たまには自分以外も見るようにしていただければいいと思います」

「だってボクカワイイんだもん! しょうがないよ!」


 そんな会話をしながら、バス停を杖に立ち上がる洋子ボク

 二車線の橋の上。遮蔽物も何もない広い空間。それを埋めるようにゾンビが殺到してくる。四〇……五〇……六〇……。


「ゾンビの数、多いです。音子、死にますね。エヘ、エヘヘ……」

「ここぞとばかりに数を投入してきましたね。『大橋』を占拠しているゾンビ全部が来てるんじゃないですか?」

「数で押せるときに数で押すのは正しい戦略ね。ついでにバリケードの穴埋めもあるでショウし」

「まだまだ増えてくるなぁ。ま、何とかなるなる!」


 不安げな皆の空気を吹き飛ばすように、明るく言う洋子ボク洋子ボクならともかく、身を隠す場所のない状況であの数に囲まれれば、普通はヤバい。


「皆はバリケードの後ろに回ってゾンビを迎撃してて。ボクが開けた所から突破されないようにだけ注意すれば何とかなるかな

 ミッチーさんは走り回ってバリケード越しにガスを展開。福子ちゃんは穴があったらそこを塞ぐようにして。音子ちゃんは突破してきたゾンビの対処をお願い!」

「……ヨーコ先輩はどうするんです?」

「さっきいいトコなかったからね。ちょっと突撃してくるよ!」


 親指立ててそう告げる洋子ボク

 実際問題として、バリケードに向かう数をある程度減らさないとどうしようもないのだ。


「いや、あの数相手に特攻は無茶ネ! んなことを買い物行くノリで言うのはドーヨ!?」

「でもここで凌がないと、またバリケードを形成されて元の木阿弥。折角皆の活躍で突破したんだ。それを無駄にはしたくないしね!」


 息を吸い、そして吐く。体内のスイッチを全部オンにするイメージ。


「五〇体ぐらい倒したら戻ってくるから!」

「っ、信じてますからね! 絶対戻ってきてくださいよ!」


 適当な数を告げて、ゾンビの群れに突撃する。福子ちゃんたちが何かを言いながらバリケードの奥に下がっていく気配を感じながら、バス停を握りしめた。


(イメージ開始。今のゾンビの位置。ボクの位置。倒す順番。その動線。その為の動作――)


 脳内でイメージされた戦場。自分が出来る行動。ゾンビが取りうる行動。それを想像し、再計算する。イメージしろ。再構成しろ。戦場を把握し、そして制御せよ!


「ボクのバス停は、無敵なんだ!」


 叫ぶと同時に走り出し、拳銃を構えていた警察ゾンビに殴り掛かる。狙いは銃を持つ手首。駅名表示板を縦にして斬撃攻撃で手首を狙う。鋭い一撃が警察ゾンビの手首を切り裂いた。


「手首ゲット! そして追撃……ってうわあああああああ!?」


 手首を切り落としたゾンビに追撃を加えようとした瞬間に湧き上がったぞわっとした感覚。同時に視界に映る警察ゾンビ。一〇体近い警察ゾンビが警棒を振りかぶり、その後ろでは拳銃を構えている。そのまま撃てば洋子ボクに迫る警察ゾンビも巻き込むだろう。


「同士討ち上等とか、流石ゾンビだね!」


 追撃を諦め、走る洋子ボク。後ろにではなく、前に。警棒を構える警察ゾンビを銃撃の盾にするように移動し、ブレードマフラーで通り抜け様に切り裂いた。そのまま間近の警察ゾンビにバス停を振るう。


(さすがに全弾盾にするのは無理……! だけど!)


 一斉に撃ち放つ警察ゾンビ。その何割かは外れ、一割程度は仲間の警察ゾンビを穿つ。そして何発かは洋子ボクに命中する。痛みが脳を揺るがし、ゾンビウィルスが体内を駆け巡る。


(やっばぁ……! いきなりキツイの喰らった!)


 痛みが精神的に洋子ボクを揺さぶってくる。このまま崩れ落ちてしまえと体が訴える。お前はただの人間で、無敵だとなんだの言っているのは所詮ハッタリ。気を張って大丈夫なフリをしていてもその程度なのだ。

<お調子者>のデメリット発動領域――ゾンビウィルス浸食率10%を超えた時に聞こえてくる声。『AoDゲーム』効果ではこれ以降ダメージを負うごとにバッドステータス『転倒』となり動けなくなる可能性を含んだ状態。


「まだまだぁ! 皆に見栄張った分ぐらいは頑張らないとね!」


 それを無理やりねじ伏せて、笑みを浮かべる。大丈夫、何とかなる。そう自分に言い聞かせると同時に、体を動かす。警棒を持った警察ゾンビ。先ずはここからだ!


「どっせーい!」


 真上から叩きつけるようにバス停を振るう洋子ボク。警察ゾンビの脳天に叩きつけられるバス停を、今度は袈裟懸けに右肩から左胴に向けて振るった。そのまま体を回転させ、ブレードマフラーで警察ゾンビの首を薙ぐ。

 流れるような三連撃。それを受けて倒れる警察ゾンビ。だけどその屍――ゾンビなんだから元から屍なんだけど――を乗り越えて迫ってくる次の警察ゾンビ。振るわれる警棒を、身をひねって避ける洋子ボク


「さあ、どんどん行こうか!」


 ずきずき痛む体を無視するように、洋子ボクは明るく叫んだ。 

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