ボクはイベント告知を確認する

『北区警察の警察ゾンビ、大量増加! 街を占拠!?』


 そう書かれた記事の見出し。その下には事件の詳細が書かれていた。

 御羽火おうか島北区にある警察署。そこから発生した大量の警官ゾンビが街にあふれ出たと言う。周囲の施設を占拠し、新たな侵攻の準備をしているとか。

 なんでも警察署に『ユースティティア』を名乗る女性型ゾンビが現れ、正義執行の名のもとに人の文化を破壊していると言う。曰く『人類は地球の寄生虫。地球の為に滅びるが星の為』だとか。


(ぶっちゃけ、イベントだよね)


 僕はどこか冷静な目でそれを見ていた。僕がこの世界に来る前も、『AoD』は何度かこういうイベントを出していた。今回はオーソドックスに『ゾンビが街を占領した』系統だ。

 バランス調整などが酷いけどその分報酬も多く、ハイリスクハイリターンな仕様なっている。一定数の討伐数を稼がないと本当にその区域がゾンビに占領されてしまう。そうなると……実はそんなにデメリットはなかった。ゲームに参加するプレイヤー的には。


「厄介ですね……。北区を押さえられるとあそこにある物資が全部奪われてしまいます」

「食べ物に衣服類に消耗品。ひもじい思いはしたくないデスよ。一大事デスね」

「そうなったら、音子はガマンします。身体小さいから、大丈夫です。エヘ、エヘヘ」


 しかし実際にここに居る人間キャラからすれば死活問題だ。

 ハンターは死と隣り合わせではあるが、その死因が色濃くなるのは避けたい。戦って死ぬか、兵糧攻めで死ぬか。無論両方イヤだが、それが減るに越したことはない。


「まあじゃあ参加してみる? 新しい装備も手に入ったんだしさ」


 気軽に言う洋子ボクに対し、クランメンバーの言葉は少し重かった。


「気軽に言いますけど、そんな簡単な話じゃありません。ゾンビとハンターの戦争ですよ、これは」

「しかも相手は警官ゾンビ。銃で武装してたり警棒で殴ってきたり。装備は他のゾンビよりも充実してるネ」

「音子、ここで死ぬんですね。大丈夫、大丈夫……。バステト様は音子を受け入れてくれます。エヘ、エヘヘ……」


 戦争、と福子ちゃんは表現したがこれはまさにその通りだ。

 数にすれば千単位のゾンビグループ。これを前に立ちまわるのだ。単純戦力比で言えば一人五十体を倒してほぼ拮抗。ボスゾンビの特殊能力によりけりだけど、拮抗状態をひっくり返されることもある。

 以前などあまりにハンター側の殲滅速度が高かったため、ゾンビが急増したと言う事もあった。それもボスの特殊能力だと言うことになり、結果その増援に押し切られて敗北したこともある。勝たせる気ないだろう、運営!


「確かに簡単じゃないね。でも、ボク等ならやれるさ!」


 どん、と胸を叩いて言う洋子ボク


彷徨える死体ワンダリングにさえ気づかれなかった隠密能力を持つ音子ちゃん!

 精神動揺なんのその。頼れるおねーさんの近距離設置型毒ガス使いミッチーさん!

 天才眷属使役テイマー、常闇の翼を広げてどこまでも飛べる福子ちゃん!

 そしてこのきゃわわで最強でかわいいボク!

 警察ゾンビの群れに、負ける要素なんてどこにもないさ!」


 あふれんばかりの自信を表情に乗せ、声高らかに宣言する洋子ボク

 いつも通り、あーはいはいと言うリアクションを予想していたのだが、


「……まあ、ヨーコ先輩がそこまでおっしゃるのなら。いいえ、その、常闇の翼っていうフレーズ、いいですね。先輩から名前を貰えて、その、はい」

「そこまでストレートに褒められるのってGoodデスネ。コウモリの君じゃないけど、きゅんきゅんするデス!」

「音子、そんなこと言われたの初めて……。泣いていいですか? あ、ごめんなさい。ハンカチ、えぐぅ……」


 顔を赤らめたり、そっぽを向いたり、ハンカチで目頭を押さえたりする皆。ちょ、ええええ!?


「待って、そこまで感動すること言ったボク!?」

「いえ、その。すみません。ニュースを見て暗い空気だった時に言われたので、つい。何せ警察ゾンビは普通のゾンビよりも装備も充実していて、あの数相手ではまず勝てないと思ってましたので」

「デスネ。普段の狩りとは危険度が跳ねあがりマス。でも、こういう時はバス停の君の楽観思考が助かるですよ。っていうか、何とかなりそうな気がしてきマシタ」

「あの、音子も、です。洋子おねーさんが何とかしてくれるって、その、はい。音子、信じていいですよね?」


 あー、ゾンビ侵攻イベントは一般的にはそう言う風に思われるわけか。

 確かに『AoDゲーム』でも厳しい難易度――元々のAoDが洒落にならない死にゲーだったけど――で、イベントで死亡したキャラもそれなりにいたわけだから、イベント=楽しいという雰囲気はなかった。

 実際にハンターとして戦いに身を投じているとはいえ、普段の狩りとはゾンビの規模が違うのだ。そして失敗すれば、死ぬ。

 ましてや今回は僕の知らないイベントだ。AoDサービス終了後の世界。その初イベント。情報なんてまるでない状態だ。今まで通り事前情報を知っていた戦いではない。

 それを再認識し、


「ま、ボクに任せてよ。何とかしてみせるって!」


 いつも通り、親指立ててクランメンバーに答えた。なんとかなるなんとかなる。


「ほほう、参加してくれるのか。嬉しいよ、犬伏君」


 背後からかけられた声。そして微妙に間違った洋子ボクの苗字。

 振り向くとそこには、一人の男性がいた。ハンター委員会の腕章をつけた眼鏡の白制服。つい数時間前に出会った人物だ。


「えーと、ハンター委員長? 高橋だっけ?」

「小鳥遊だよ。まあ、名前は些末だ。気が向いたら覚えてくほしいかな」

「……それ、キミが言うの?」


 洋子ボクの名字……どころか誰の名字も覚えようとしない委員長である。


「北区警察署付近を占拠した警察ゾンビの群れ。その討伐隊を募集中でね。カオススライムを倒した君達を説得しようとやってきたんだけど、どうやら杞憂だったみたいだ」

「へー、こういう事はハンター委員会が仕切るんだ。現場の指揮を執ってくれるのかな?」

「仕切る、と言っても調査と情報管理ぐらいだ。実際に戦ってもらうのは現場のハンター達だ。こちらは逐一情報を伝達するぐらいだね」


 なるほど。司令塔と言うよりは、伝達係。『AoDゲーム』でいう運営のナビゲーターみたいな役割か。


「何せ各クラン同士は相対こそしないけど、協力し合うとはいかないからね。巨大クランになると、クラン内での派閥もある。下手に干渉するのは危険でね」

「ま、思想や戦略性の違う者同士が足並みそろえるのは難しいしね」


 実際、【バス停・オブ・ザ・デッド】が他クランと足並みをそろえられるかと言うと難しい。全員が洋子ボクの言う事を聞いてくれればいいのだが、そうもいくまい。


「出来れば今わかってるだけでも情報を渡してもらえると嬉しいけど」

「まだ調査段階だけど、それで良ければ。

 警察署を占拠したのは『ユースティティア』を名乗る女性型ゾンビ。そして『デパート』『市役所』『大橋』『港』を押さえられた形だ」

「勝利条件は、その四カ所の警察ゾンビを排除して、かつ警察署の『ユースティティア』を排除すること……かな?」

「戦略的に求められるのはその辺りかな。こちらも臨時の基地を築いて、そこを押さえられないようにしなければならない」


 つまり、基地防衛をしながら相手の拠点を押さえ込む形か。

 そうなると、防衛に当たるクランと攻勢に向かうクランの振り分けが大事かな。皆が攻めに転じたら、基地を奪われてイベント失敗。逆に防衛に力を注ぎ過ぎて、ゾンビを攻めきれなければ同じこと。


「ま、その辺は集まったクラン次第かな! なんとかなるなんとかなる!」


 いつも通りのお調子者を発動させ、笑う洋子ボクであった。

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