第14話 突入

 到着したのは、山越えをする県道の脇に佇むショッキングピンクの城を模した、潰れたラブホテルだった。

 堂々と駐車場に車を停めた庸介は、折半案のとおりに依頼者に車内待機を要請し、ラブホテルの中へと足を踏み入れた。

 内部は、ラブホテル特有の無駄に高い機密性のため、午前中にも関わらず暗闇に包まれていた。

 少し入った先のあたりの足元がうっすらと光っている。位置と形状からおそらくはエレベーターの光。


(完全にではなく、一部の電気が点いている?)


 それは、明らかな人の形跡。

 ラブホテル名物の部屋の入室状況を示すパネルが灯っていないところを見ると、不要な電気は節約している。つまり、必要な分は発電機か何かで賄っているのだろう。


(さて、暗闇に目を慣らしながら進む方が隠密性は良いが、時間がかかりすぎるか……)


 庸介には時間に関する懸念点があった。

 それは、車の中で待機を要請した依頼人のこと。敵が目の前にいる、この状況で大人しく待っていることができるのか。

 当然、NO・・だ。

 時間をかければ焦れて、復讐心を抑えられず乗り込んでくることだろう。それがどんな結果を招くのか。本人がそれを理解していようとも。

 そのため、可能な限り素早く制圧する。

 依頼人の命を守るため、というよりは、場を乱されて仕事の遂行を邪魔されることを懸念して、なのだが。

 さて、暗闇なのだが、映画で見るような暗視ゴーグルがあれば理想だが、庸介にはそんなものを仕入れられるルートはない。そのため、こういった場面では電灯ライト一択。

 電灯といえば、利き手に銃を、逆手のもう一方にライトを持ち、両腕をクロスさせて光と照準を重ねる――いわゆる映画でよく見る、ハリス式と呼ばれる構え。

 ……ではなく、工事現場の作業員が使うような伸縮性のバンドで頭にゴルフボール程度の大きさの小型照明を固定するヘッドライト。

 一度、家で装備の整備中にミティに装着した姿を見せたが「イケてないよ、庸介」と言われた。だが、見た目よりも、片手が空くという一点が何より重要だった。格好良さは俳優にでも任せておけばいい。

 ヘッドライトを点灯し、行動を開始する。

 大きさの割に強い光が隠密性を完全に消し去るが、それでも庸介は極力足音をたてないよう、気を付けて進んでいく。

 まずは1階—— 壁に掛かっているフロア見取り図で部屋の位置を確認。僅か一部屋の客室へと向かう。慎重に扉に手をかけると、錠に電気が通っていないようで、簡単にノブは回り、扉が開く。室内には巨大なベッドに大の字で眠る感染者の男性が一人。いびきをかいて寝ていたが、突然差し込んだヘッドライトの強烈な光に目をこすりながら寝ぼけた声で誰何—— もする間もなく、庸介はその眉間に銃弾を撃ち込んだ。

 銃の先に取り付けてある消音器サプレッサーの効果もあるが、部屋の進入時に手早く締めたラブホテル扉の防音効果は、庸介の仕事を想像以上に助けることになった。

 下の階から順に虱潰しに部屋を回っていったが、「夜の王」の血族を名乗る自分たちが襲撃されるなどとは思っていなかったのか、誰も彼も庸介の侵入に気づく気配はなかった。


(まるで作業だな……)


 庸介は自らの仕事・・に全く動かなくなった心に、僅かに嘆息しながら、ただ淡々と、無慈悲に部屋を巡っていった。


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