第8話 闘争

「ちっ、なんでこの俺がこんなくだらん仕事を」


 向井恭介は、不満を表すようにわざと足を踏み鳴らしながら階段を降りていく。


 戦い方も知らない粋がったガキ共。ちょっと小突けば簡単に瓦解するような烏合の衆を、わざわざ出向いて片付ける。

 討ち漏らしのないようタイミングを測り、反撃と時間的制約のリスクを抱え、得られる実入りのない仕事。


 幹部を自認する向井にとって、この仕事は自分に全く相応しくないものに思えた。


 もっとも、その不満を示す相手はこの場におらず、仮にその相手がこの場にいた場合、彼は借りてきた猫のように大人しくなるのだが。

 それでも、胸を焼く不満は発散せずにはおれない。

 向井は、階段の先、外に続く扉を蹴破り外に出た。


 深夜は自分たちの時間だ。

 昼間は賑わいを見せるこの場所だが、深夜の今、周囲には誰の姿もない。と向井は思っていた。

 だが、無駄にガタイのいい小さな男が、遠くからこちらを見ていることに気付く。


(チッ、目撃者は残すな。だったよな)


 ボスの言葉を思い出す。

 失敗すれば、どんな仕置きをされるのか。

 距離の加減で顔は見えないが、とりあえず見られているとしてもぶっ殺せば問題は消えるだろう。

 ならばとばかりに、向井は小男に向かって声を上げた。


「テメェ、ちょっとそこ動くなよ!」


 意外と小心なのか、小男は尻餅をつくと、鞄の中身をぶちまけてしまう。

 みっともなく慌てて、鞄の中身を拾い集めると、小男は何度も後ろを振り返りながら、必死な様子で逃げ出した。

 向井の口角は歪に吊り上がっていく。

 反抗してくるガキよりも、逃げ惑う小動物を狩る方が余程面白いからだ。


(って、路地裏に逃げ込まれたらサスガに面倒だ)


 小男が曲がり角を曲がる姿に、若干の焦りを覚え足を早める。

 だが、小男が先ほどの尻餅をついた辺りで向井はその追う足を止めた。

 足元に向けた視線。

 歩道の植栽帯の中に、名刺が三枚。

 全て同じ名前で、こちらを向いて落ちている。


 月刊HAT編集長

 帽子山 薫


(くっくっくっ、運がないねぇ)


 住所まで載っているその紙切れを拾い上げ、ほくそ笑んだ。




 翌晩、住所を頼りに小男の根城に向かう。


 周りを『テナント募集』の張り紙に囲まれた、小さな集合住宅の一階。


 扉には鍵もかかっておらず簡単に開いた。

 錆音で鳴く扉。

 踏み込めればもはや遠慮の必要はない。


 玄関ドアから真っ直ぐに伸びた灯りの点いていない廊下の先、突き当たりの部屋。仕事熱心なのだろう。深夜に及ぶが、扉の開いたその部屋に机に向かう人影が見えた。


 向井は、その背に吸血の衝動を抱く。


 思い返せば、昨日の仕事の不満の一つがソレだった。

 同胞の血を吸ってはならない。

 それは不文律。

 その不文律を不用意に破った仲間の姿も、向井は見たことがある。

 混じった血による作用。

 ああはなりたくないと思わせるに、十分な惨状だった。


 だからこそ、今日、あの硬そうな男の背中でも、渇きのせいなのか極上に思える。


 踊り掛かる。

 その後ろ姿に何の疑問も抱かず。

 まさしくその形容が如く、向井は––



 ドタン



 盛大な音をあげて背後の床に転がった吸血鬼。

 庸介は椅子を回してその姿を認めた。

 その姿に思わず嘲笑が漏れる。

 帽子山の話から想定した相手の性格。

 視点を誘導してやればと、自身を囮に罠を張ってみたが。


「まさか、こんなに上手くいくとはな」


 暗闇に包まれた廊下に張った、闇色の鋼線。

 光に群がる羽虫の如く、突っ込み転倒してくれれば御の字の罠で、床にもがく感染者は、その足首から先を無くしていた。


 どれだけの勢いで飛びかかったのやら、逆に関心するまである。


 だが、呑気に関心してもいられない。


 庸介は椅子から立ち上がると、ふくらはぎの辺りを掴みながら痛みに耐え、呻く、感染者の足の切断面を覗き込んだ。


 先ほど切断されたばかりの傷口は、既に血液が固まりだし、一部は鮮やかな桃色の塊になり脈動している。


「チッ、人間辞めてる手合いか」


 吐き捨て、庸介は感染者の傷口を力一杯踏み付けた。


「––ッ!!」


 言葉にならない悲鳴をあげてのたうち回る男の傍に膝をつき、髪を掴み上げ頭に銃を突きつける。


「何故、高末たちを始末した?」


 額に脂汗を滲ませながら、男は合点のいったという表情を浮かべた。


「そ、そうか……あの、ガキどもの、仲間か」


 仲間?なぜ––

 そんな言葉を飲み込む。

 思い返せば、この聞き方ならその結論に至るのは当然。そもそも高末たちは手掛かりの一つで、そこを追うよりも目の前の男から情報を辿る方が余程合理的だ。

 Vamp症感染者の全てが、その衝動に駆られ犯罪に手を染めるわけでもなく、むしろ自分から堕ちていくのはごく一部だ。

 その中で、ヤツらはヤツらの社会を作り、コミュニティを築き、横の繋がりを得る。

 つまり、殺人感染者のことは殺人感染者に聞けということ。


 庸介は仕切り直した。

 再び男の傷口を踏みつけると、銃を突きつける。

 悲鳴をあげ、何でまた踏んだと視線で非難の色を示す男を無視。


「5年前、この街で殺し・・をしたか?」

「ん……な、前の事、覚えてるか。この、異常者めっ」


 尋問に非協力的なため、男の太腿に向け引き金を引く。

 わざわざ消音装置サプレッサーを取り付けてきたが、ここまで騒がれると、配慮する必要がなかったのではないかという気持ちになる。


「貴様ッ!この俺を誰だと思ってやがる!あの偉大なる御方、「夜の王」の大幹部だぞ!」

「それで、5年前にこの街で――」


 再び髪を掴み上げようと片膝をついた庸介は、男の体に力が籠った気配を感じた。

 瞬間――


 左手を地面につき、上体を起き上がらせた男。

 その右手はまっすぐ庸介の頭部へ伸びる。

 僅かに首を傾いだ庸介の頬は、深々と切り裂かれ、鮮血が飛び散る。

 だが、負傷を顧みることなく庸介は、左腕で相手の右腕を絡めとりながら、密着するほど上半身を相手に接近させたうえで、右手の銃の引き金を引いた。


 立て続けに三発。室内に消音された銃声が鳴る。


「あっ、しまった」


 反射的に反撃を受けた感染者の男は、もう二度と動かなくなっていた。

 ぼりぼりと頭を掻く庸介。


(収穫は「夜の王」という言葉くらいか)


 この後の掃除と死体の処理を考えると、思わずため息の漏れる庸介だった。

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