第2話 罪の対価

「ご来訪ありがとうございます。早川さん」


 訪れた夫妻を招き入れる。

 壮年の二人の表情は、以前会った時よりも沈痛な面持ちで、血色はまさに土色と表現する程だった。


「市来さん、この度は誠にありがとうございました」


 扉の前でなんとも言えない声で体を折る夫妻を、庸介は応接間に招き入れた。

 大きめのアルミケースを抱えながら、二人は恐縮するよう来客用のソファーに座る。


 相対した庸介に、早川氏は絞り出すように言葉を紡ぐ。


「ニュースを……見ました。それに……雛乃の電話を通じて、警察の方から——っ」


 言葉に詰まる夫の横で、妻は顔を両手で覆い嗚咽を漏らす。


「警察の方から、今朝、娘らしき人物の遺体が見つかったと連絡があり」


 俯き、肩を震わせながら語る早川氏に、庸介はかける言葉がなかった。

 身元の確認。娘の遺体。抱いた絶望。

 直接手を下した庸介が抱くべきなのではないかもしれないが、吐露される心情は、胸を締め付けられものだ。


「もう少し、もう少し早く娘と病の事で話し合えていたら……」


 やがて、早川氏はポツリと呟く。


「私たち家族の行く末は違っていたのでしょうか?」


 それは、答えのない、求められてもいない問いだった。


 Vamp症に罹った娘の相談をされていた早川氏から、連絡を受けた昨夜。

 娘が手にかけた少女の遺族から娘をバケモノと誹られ、その将来を悲観し、娘の殺害を依頼してきた。

 その行動を無責任と言う者もいるだろう。

 だが、絶望に浸された者の苦渋の決断を、誰が責められようか。それに……


「市来さん、ありがとうございました」


 早川氏は再び礼を口にすると、テーブルの上に抱えていたアルミケースを置いた。

 庸介が開くと、ケースの中は札束で半分ほど埋まっていた。目算で5000万円程。

 人ひとりの命の値段としては安いが——


「早川さん、多すぎます」


 仕事の経費としては、あまりにも多すぎる。

 しかし、早川は力なくふるふると首を振った。


「私達には、もう必要のないものですから」


 迎え入れた時から予想はできていた。

 表情、雰囲気、血色、そしてこのセリフ。

 彼らの選ぶ未来は……


 押し黙る庸介に早川氏は。


「娘にVamp症を感染させた同級生の少年は、半月前に退校したらしいのですが、まだこの街にいるという噂があるそうで……」


 少年に対する害意も感じられそうな言葉にもしかし、その声色に害意も何も感じられない。

 それは諦念か、善良さなのか。


 その後、もう一度深く身体を折り礼を言った夫妻は、庸介の事務所を辞する。


「貴方たちご夫妻に、幸運がありますように」


 決して叶う事がないと分かっていても、そう声を掛けざるを得なかった。



 夫妻を見送り、応接間に戻った庸介は、早川氏の言葉を思い出す。

 Vamp症は人から人への感染しかしないことが研究から判明している。

 つまり、感染を辿っていけば辿り着く可能性はゼロではない。

 妻や娘を殺し、いまだ警察の手からも逃げおおせている吸血鬼へと。

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