Operation Cuban Missile Crisis
トントン・マクートの兵士が指揮官を中心に円形に展開し、外側の全方位へと銃撃を開始する。
草葉の陰でうつ伏せになったフォックスの頭上を、鉛だまの嵐が吹き荒れた。ブーゲンビリアのカラフルな葉っぱが散り、雨のように降り注ぐ。
「迷うな、撃て!」
どこからか聞こえたイバンの号令に、人間たちも撃ち返す。
銃はほとんど効果がなかったが、火炎放射は有効に働いた。接近戦では塩もよく効き、口に投げ込まれたゾンビは武器を捨てて戦意を喪失し、おそらく故郷のハイチを目指してとぼとぼと歩きだした。
トントン・ノエルやFRAPCにも死傷者は出たが、人間たちのほうが旗色はいい。弱みを突いた作戦が効を奏したのだろう。グランヒータ・シボネイでの戦闘とは真逆の戦局だった。
「よし、なんとかなりそうだぜ!」
アルベルトは一体のゾンビを火炎放射で火達磨にしながら豪語した。
刹那、彼の背後から敵が襲ってきた。隣にいた革命軍兵士がマチェトで切り殺され、アルベルトも肩に一太刀浴びる。傷口を押さえながら反転したキューバ人は、振り向きざまに敵兵へと炎を浴びせた。――が、相手はものともせずに肉迫してくる。
火炎の海を掻き分けて出現したのは、ルビーの如き紅い二つの瞳を宿したバロン・ジェ・ルージュだった。
焦りながらも、死神にさらなる火炎放射を喰らわせたアルベルトは、踵を返して疾走すると倒木の陰に身を伏せた。
そこには先客のホアンが、似たような姿勢で鳴りを潜めていた。どうやら狙撃で戦闘を援護していたらしい。
アルベルトは自らの攻撃によって燃え上がり業火に覆われた森を見据えながら、悲鳴のような声を上げた。
「本物の化け物かよ。あいつ、炎が効きやしねぇ!」
「……ジョルジュはヴードゥーの司祭だったそうだが」ホアンは思案顔で言った。「伝説が真実だとして奴がある程度の地位にあったとしたら、原因は想像できる。ゾンビが実在したんだからな」
「と言うと?」
「ヴードゥーの司祭オウンガンの下にはフーンシという階級があるが、そこでカンゾという段階に達した者は、火で焼くことができなくなるといわれてるんだ」
「笑えねえ冗談だぜ、火葬さえできねえってのかよ」
愕然としてアルベルトが呟いた。
途端、彼は何者かに背後から襟首をつかまれ、持ち上げられ、投げ飛ばされた。大木の幹に叩きつけられると、追い討ちとばかりに襲撃者から一発の銃弾が放たれる。
泡を食ったホアンは、隣人を襲った敵を呆然と見上げてしまった。
さっきまでアルベルトがいた位置には、黒焦げの礼服を纏ったジョルジュが立っていたのだ。衣服はもはや襤褸切れのようで、ところどころで燃え移った火が揺れており、黒く逞しい裸体を晒している。
炎で遮られた視界から逃れ、森の中を迂回して接近したのだろう。生者でないためか、まるで気配がなかった。
我に返ったホアンはAR-10を構えようとしたが、武器はジョルジュに蹴り落とされた。相手はベレッタを構え、ホアンはそれを両手で押さえた。熱せられた銃身に火傷しそうになり、慌てて支点の鉄部分は死神に譲り相手の腕を直接握る。
「こ、ここまでだぞ。おまえの計画は失敗した」
握力を込めているために掠れる声で、ホアンは言った。
「タイプ
「んなものでどうするつもりだ」
「どうにでもなるとも。ハイチを奪還することも、……もしおれがデュバリエに操られているなら、支配を広めることもできるだろう」
まるで、自我を見失っているかのような台詞だった。
「あるいはゲーデなら」ジョルジュは呪文のように言った。「核戦争で人類を滅ぼしたあとに、死者をゾンビにすることで、偉大な王国を築けるかもしれん」
ホアンはかつてない悪感を覚えた。それが真相であるように思えたのだ。
突然、衝撃が走り、拳銃の銃身で火花が散って二人の手元から武器が弾かれた。
ジョルジュは犯人を見定めようと視線を巡らせ、離れたところにコルトを構えたフォックスを見出した。CIAは、発砲しながらこちらに駆けてくる。
ジョルジュは倒木の陰にホアンを押し倒して圧し掛かり、銃弾から身を守った。両手をホアンの首に移動させ、締め上げる。
驚異的な力が、ホアンの酸素を奪いだした。ところが彼は、左手でしか気管を防御していなかった。利き腕である右手は上着のポケットを弄っている。
死神の怪力は絶大で、両手で挑んでも抗いきれそうになかった。故に、最後の手段に出たのである。
彼はまもなく左手をもジョルジュの顔へと移し、頬を挟むようにして口を開かせた。それからキューバ人は、右ストレートを繰り出したのだ。
渾身の一撃がハイチ人の前歯を折り、顎を半ば外しながら口腔へと捻じ込まれる。
ジョルジュは怯まず、目前の生者の命を奪うべく首を絞める腕力を増していく。
薄れつつある意識のなか、ホアンは蒼白になりながらも、苦しげな小声で宣告した。
「ブラーヴ・ゲデ!」
ヴードゥーの儀式で最後に唱えられる言霊だ。死神は、目玉を剥き出しにした。
ホアンは相手の口から腕を抜き、ジョルジュは首から手を放して身を引いた。
バロン・ジェ・ルージュの唇の端から白い粉が溢れ、雪のようにさらさらと零れた。
――塩だった。
赤い目の男爵は武器を捨て、虚ろな目付きとなった瞳孔からは精気が失せた。
いつのまにか日は暮れていた。沈みつつある夕陽へとジョルジュは方向転換し、歩みだした。
行く手にはコルト・ガバメントを構えるフォックスがいたが、死神にはなにも見えていないかのようだった。
引金が引かれ、無情な弾丸が放たれた。
ジョルジュは額から煙を上げて反り返り、仰向けに倒れて、おそらく悠久の眠りについた。
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