Operation Tonton Macoute
その後も、ホアンたちは数ヶ月間も待たされることになった。とはいえ、待遇は格段によくなってはいた。
シャワーやトイレの使用も許され、ひげ剃りや散髪、着替えもかなりの頻度で出来るようになり、食事もそれなりのものが用意されるようになった。
時が経つと、見張り付きで収容所の周辺に限るものではあったが、ある程度の外出も許可された。娯楽はといえば時折牢獄を震わせるハリケーンくらいしかなかったが、捕虜としてはなかなか快適な生活だった。
ただし、ゾンビ部隊はいつまでも見つからないようで、ホアンたちにはもとの檻に帰されるのではないかという不安も常にあったが、幸いなことに優遇は長いこと持続した。理由はどうやら、イバンも己の推測に絶対の自信を持っていたことにあったらしい。
彼はホアンたちの見解によって確信をさらに深め、熱心に敵の探索を継続したのである。そうこうしているうちにFRAPCと革命軍の間には、長期に渡る共同生活のなかで奇妙な信頼関係さえ築かれつつあった。
一方、イバンたちによる捜査の範囲も徐々にではあるが絞られていき、あるときついに、彼らは有力な手掛かりを得た。
――スコールが、車軸を流すような豪雨を運んでいた。
軍服の上に雨具を羽織ったイバンの部隊は、二個小隊でグランヒータ・シボネイの養鶏場跡地付近にやってきていた。FRAPCの告白によって本格的に創設された、イバン率いる対ゾンビ部隊〝トントン・ノエル〟の斥候が、この近辺でサングラスの一団を目撃したのである。
そこは往時のカストロらの要所であり、革命の発端ともいうべきモンカダ兵営襲撃の起点でもあったが、近くにある鶏舎の廃墟は彼らが利用したものではなかった。
トントン・ノエルがここに来るのは初めてではない。フォックスの自白に基づいて、何度か足を運んでいた。それでも、対象を見出せた試しはなかったのだ。そして今回も、どうやら結果は変わらないらしかった。
一行はすでにその建物から離れ、マンゴーの森一帯に捜索範囲を広げていた。
「にしても」雨風に顔を顰めながら、イバンが忌々しげにぼやく。「ゾンビだけあって、ずいぶんと大胆な場所に現れたものだな」
相手が人間の生態をものともしないゾンビなら、時間に囚われる必要もないはずだ。事実、ハバナの病院で観察した連中などはそうだった。言動はめちゃくちゃだが、医学的には眠っているので昼夜を問わず活動していられる。しかもジョルジュたちに限っては、秩序ある行動をしているらしいのだから。
よってトントン・ノエルは自分たちも動きやすい昼に任務を進めていたが、今日は生憎の雨天に気力をそがれつつあった。ゾンビ部隊は悪天候も歯牙にもかけないだろうが、イバンたちはそうはいかない。長時間の労働は疲労を呼び、雨水も軍服にまで浸透してきていた。
「なにか聞こえました」
ふいに、誰かが言った。
イバンたちが、一人の兵士を注視する。こぢんまりとした鶏舎の廃墟のそばに声を出した彼はおり、出入り口の扉に張り付いて耳を当てていた。
隠れる用途には目立ちすぎるため、これまであえて無視していたところだった。しかし念のために耳を澄ませてみると、屋内からの物音を感知することができた。あまり接近しなかったのと、豪雨に遮られていたために勘付けなかったのだ。
イバンは周辺に展開していた兵士たちを召集し、廃屋を取り囲んだ。
扉を蹴破る役割を与えられた兵士が建物に近付くと、不気味な歌のような声音がはっきりと彼の聴覚を刺激した。そいつは徐々に音量を増しつつあった。声だけでなく、太鼓などの打楽器の音も混じっている。
「……ブラーヴ・ゲデ」
それが、その兵士が耳にした最後の言葉になった。
かなりの大声で発せられた言霊は、イバンにも届いていた。彼はこの単語に覚えがあった。
ヴードゥーにおいて、神々のメッセンジャーとしての役目を担う〝
鶏舎の扉は内側から蹴破られ、イバンたちは仰天させられた。
出現したのは、青白い顔の男たちだった。サングラスを掛けて帽子を被り、礼服を着用している。
建物内の最深部には、ジョルジュもいた。赤い瞳が片眼鏡越しに輝く。
「トントン・マクートだ!」
イバンが叫んだときにはもう、味方の一人がマチェテで首を刎ねられていた。入り口を蹴破る予定だった兵士である。頭部が血の帯を引いて宙を舞い、首より下の身体が力なく倒れた。
「撃て! 撃つんだ!」
自らも敵へと銃弾を放ちつつ、イバンは命じた。即座にキューバ人たちは自動小銃AR-10を構えたが、ハイチ人たちもアサルトライフルAK-47で武装しており、いっせいに反撃してきた。
急襲によって出端をくじかれたキューバ軍の小隊は浮き足立ち、後退しながらの応戦となった。
トントン・マクートへの銃撃はほとんど効果がなく、戦いは酸鼻を極めた。ゾンビたちは手足のみならず、胴体の一部を損傷してもなお動作が可能な限りは攻めてくるのである。
肉体を破壊されながらも臓物を引きずってにじり寄るゾンビの姿は、それだけで革命軍に強烈な精神的ダメージを負わせた。加えて、死への恐怖どころか疲れる素振りすら見せない機械のような進軍も、イバンたちを圧倒していた。
「隊長、このままでは持ちません!」
部隊は森の中にまで引き下がったが、敵の攻勢が衰えることはなかった。相変わらずの緩慢さでありながら、一定の速度で鈍ることなく進撃してくる。トントン・ノエルが劣勢なのは明白だった。
イバンは血路を開くべく、敵軍に手榴弾を投げながら決断した。
「やむを得ん、撤退だ!」
敵陣での爆発を合図に、人間たちはゾンビたちに背を向けて敗走するしかなかった。
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