第658話 極超音速居合い抜きvsスペツナズナイフ

 正直、僕はこの時起きた事を認識することもできなかった。


 ただ、女性兵士たちが、ナイフのボタンを押すと同時に……


「でやあああぁぁ!」


 橋本晶が目にも止まらない早さで刀を抜いた事だけが分かった。


 カラン! コロン!


 乾いた音を立てて、タイルの上にナイフの刀身が二つ転がる。


「「な!?」」


 刀身を失い、だけになったナイフを握りしめたまま、二人の女性兵士たちは呆気あっけに取られていた。


 何が起きたのか理解できていないようだな。


 僕はタイルの上に落ちている刀身を拾い上げた。


「円筒形の柄内部に備えたスプリングの力で、刀身を時速六十キロの速度で飛ばすナイフか。面白い物を見せてもらったよ」

「な!」「知っていたの?」

「知っているさ。日本では、スペツナズナイフの名前で知られている」


 旧ソ連の特殊任務部隊スペツナズが使っていたと言われているナイフだ。


 このナイフの性能を知らない相手に対してなら、効果的な奇襲ができただろう。


 だが、ソ連崩壊後は通販でも購入可能になっていて、実は地球にいる時に僕も一本持っていた。


 なので、このナイフのことはよく知っている。


 彼女たちのナイフを見た時点で、僕はスペツナズナイフだと気が付いていた。


 ただ、このナイフ。一度、刀身を撃ち出してしまうと、手元には武器にはならない柄しか残らない。


 スプリングも刀身射出時に飛び出してしまうため、再装填には時間がかかり連続しての使用は困難だ。

 

 ナイフは二本でこちらが三人いることから、彼女たちが果たしてこれを使う気があるのか疑問ではあったが『私たちは、飛び道具なんか持っていないわよ』と言った時点で、使う気だなと確信していたのだ。


 おそらく、自分たちは助からなくても、一人ぐらいは道連れにできると考えていたのだろう。


「私たちがこれを使うと分かっていて、なぜヘルメットを外したのよ!?」


 僕は橋本晶を指さす。


 彼女の居合い抜きなら、スペツナズナイフでも、叩き落とせると判断したのだ。


「彼女の居合い抜き速度は、極超音速。時速六十キロ程度のナイフなんて止まっているようなものさ」

「隊長。極超音速はさすがに盛り込み過ぎです。私の居合いはそこまで速くありません」


 そうかな? 橋本晶の刀の速度はマッハ十ぐらいありそうに思えるが……僕の主観だけど……


 まあ、これで彼女たちも完全に戦意喪失したようだ。


「北村さん」


 ん? なんか芽依ちゃんが怒っているみたいだが……


「確かに橋本さんなら、スペツナズナイフの十本や二十本叩き落とせますが……」

「いや、森田さん。私でもさすがに十本は無理ですけど……五~六本なら」


 それだけでも、十分凄いのだが……


「失敗したら、北村さんの命が無かったのですよ!」

「いや……僕は橋本君の腕を信じていたので……」

「私に『命を粗末にするな』と言うなら、まずご自分の命を大切にして下さい」

「悪かった。もう、やらない」

「本当ですよ」


 確かに橋本晶の腕を信じてはいたが、下手したら命を落としていた。


 次からは自重しよう。


 とりあえず、女性兵士たちを縛り上げるのは芽依ちゃんと橋本晶に任せて、僕はミールと連絡を取った。


「ミール。捕虜は確保した。傾斜路の方へ向かうから、君たちも中央広場を離れてそっちへ向かってくれ」

『カイトさん。その事ですけど、傾斜路内に分身体が送り込めないのですよ』

「そうか」


 まあ、それは予想していた。やはりプシトロンパルスが通らないのだな。


「では、傾斜路内の様子は分からないのだね?」

『ええ』

「分かった。では僕たちは一度、中央広場に戻るから、そっちで待っていてくれ」

『はーい』


 傾斜路の扉の向こうから奇襲をかけられる可能性が残っている間は、そこへ行くのは危険だ。


 僕たちはドローンだけを傾斜路へ向かわせてから、中央広場に引き返していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る