第十六章

第551話 森の中

 鬱蒼うっそうとした森に中に、テニスコートほどの面積をもつ広場。その広場の真ん中に、一台のトラクターが駐車していた。


 時刻は朝を迎えたが、日の光は周囲の木々に阻まれて広場にはまだ射し込まない。


 そんな薄暗い広場に、馬に乗った二人組の帝国軍兵士が入ってきた。


「おい。あれか?」


 一人の兵士が、トラクターを指さす。


「あれだろう。他に、それらしい物は見あたらないし……」

「それにしても、なぜこんな簡単な任務をみんなは嫌がるのだろうな?」

「まったくだ。基地からそんな離れているわけでもない場所に、ただ荷物を届けるだけ。さわやかな朝の散歩のようなものだろう」


 他愛のない会話をしながら、兵士たちはトラクターに近づき、ドアをノックした。


「ヤナ様。食料をお届けに参りました」


 トラクターの中から、ゴソゴソと音がしてから返事が聞こえてくる。


「おお! 今、開ける」


 扉が開き、東洋人の中年男……矢納が顔を出す。


「ゴホ! ゴホ!」


 扉が開くと同時に、大量の煙が車内からあふれ出てきて、若い帝国軍兵士がせかえった。


 一瞬火事かと思ったが、すぐにタバコの煙と分かる。しかし、帝国ではタバコは禁止されているはず。


 こっそり吸っている者も少なくはないが、この兵士は吸ったことなどない。


 せっかく朝の清々しい気分を台無しにされ、一言文句を言いたくなった。


「あの……ヤナ様」

「ああ?」

「タバコは、法律で禁止されています」


 矢納は顔をしかめる。


「ああ!? なんか文句あるか!?」


 帝国内で喫煙は確かに違法だが、こんな辺鄙へんぴなところで吸っても、たいてい黙認されている。しかし、帝都から着任したばかりのこの兵士に、そんな暗黙の了解など分かるわけがなかった。


「いえ……その……」


 もう一人の兵士が空気を読み、とにかくこの面倒な状況を早く終わらせようと書類を差し出す。


「受け取りのサインをお願いします」


 サインをもらって、さっさと逃げようと思ったのだが……


「ヤダ」


 逃がす気はないらしい。この男は、喫煙をとがめられると徹底的に不機嫌になるのだ。


「サインをしてもらわないと、困るのですが……」

「俺は困らん」

「……」

「サインをして欲しければ、何か芸をやれ」

「ええ! そんな」

「そっちの男は、タバコを吸え」


 受け取りのサインをもらえなければ、二人の兵士は帰れない。しかし、この男……矢納の機嫌を損ねてもならないとも厳命されている。


 それをいいことに、矢納は二人の兵士に次々と嫌がる事を強要した。


 この時になって、二人の哀れな兵士たちは悟る。


 この男に食料を届けるだけという簡単な任務を、なぜみんなが嫌がるのかを……


 結局、二人の兵士が矢納からサインをしてもらうまで一時間を要した。


 その間に、芸をさせられたり、歌を歌わされたり、タバコを吸わされたりと散々な目に……


 へとへとになって帰る道すがら、兵士の一人がつぶやく。


「あのおっさん、あそこで何をしているんだ?」

「なんでも、フーファイターとかいうドローンを操作しているらしい」

「フーファイター!? あの空飛ぶ円盤か。しかし、なぜこんなところで一人で……基地でやればいいだろ」

「さあ? 隔離されているのじゃないのか?」

「確かに……あんな性格の悪いおっさんがいたら、基地内の雰囲気が悪くなるな」

「あるいは、フーファイターのコントロールをしているなら、敵から狙われる危険がある。だから、基地から離れた、見つかりにくい場所にいるのじゃないかな?」

「なるほど……」


 それからしばらく、二人は無言で進む。


 茂みの近くまで来たとき、片方の兵士が言った。


「俺さあ、利敵行為は良くないことだと思うんだな」

「は? いきなり何を? 良くないも何も、下手したら銃殺刑だぞ」

「そうだな。でも、あのおっさんの居場所だけは、カイト・キタムラに教えてやりたい気分だな」

「奇遇だな。俺もだよ」


 そう言って兵士は馬を止め、茂みに向かって叫ぶ。


「おい! カイト・キタムラ。フーファイターの操縦者なら、森の広場にいるぞ」

「ワハハ! 茂みの中に、カイト・キタムラのドローンが隠れていたりしてな」


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