第489話 吸血虫

 微かなローター音が聞こえてきた。


 ドローンのようだ。


「Pちゃん。この音はドローンかい?」


 僕の質問に、胸ポケットから半身を出しているPちゃんが答える。


「飛行船タイプドローンの音と一致します。音の方向は樹木に遮られていて、音源を視認できません」

「マイクロ波は?」

「キャッチできません」


 とりあえず一安心だな。向こうも逆探知を警戒してレーダーを使っていないようだが、僕たちの方は使われたら一発でアウトな状況。


 どんな状況かと言うと、浮き島に偽装した小舟で川を下っている途中。

 本物の浮島は泥炭などからできていて、その上に草や木が生えていたりするものだが、これは舟の屋根に草を積み重ねて浮島に見せかけたもの。

 上から見たらただの浮き島が川に流されているようにしか見えないから、ドローンから見られても安心だが、横から見たら小さな舟に僕とミール、ライサ、ナージャが乗っていてほとんど身動きもとれない状況が丸見え。この状況でレーダーを使われると非常にまずい。


 もちろん、木造の舟や草の集まりがレーダーに映るはずはないが、その後に隠れている銃器などの金属製装備は確実にレーダーに映ってしまう。


「後、どのくらいで到着する?」


 僕の質問にライサが時計を見て答える。


「一時間ほどです」


 一時間か。長いなあ。


「長いですねえ」


 そう言って、ミールが僕の背後から両腕を回してくる。


「ミール……その、背中に胸が当たっているのだけど……」

「ですからカイトさん。これは当たっているのではなく、当てているのですから、何も問題はありません」


 そ……そうなの……


「ミールさん。ご主人様に、必要以上に密着しないで下さい」

「狭い舟の中なのだから、しょうがないじゃないですか」

「密着するほど、狭くはありません。それに人目というものもあるのですよ。ナージャさんやライサさんも見ているのに……」

「ああ、私は気にしないから好きにやっていて」


 そう言って、ナージャはそっぽを向く。


 一方ライサは、目を皿のようにしてこっちを見ていた。


「私の事は気にせず、続きをどうぞ。私はここでしっかり見守っていますから」

「それではお言葉に甘えて」


 ミールは僕の前に回り込んで抱きついてきた。


「ミ……ミール、今はこんな事をしている時では……」

「カイトさーん。どうせ現地に着くまでは、することはないし……キャ!」


 不意にミールが悲鳴をあげた。


「Pちゃん! あたしの背中で、何をやっているのですか!?」

「え? 私は何もしていませんよ。まだ」


 って事は、これから何かやるつもりだったのか?


「じゃあ、今あたしの背中に乗っかっているのは?」

「ミールさん。じっとしていて下さい」


 Pちゃんがミールの背中に回り込む。


「ミールさん。捕まえました」

「捕まえたって? 何を捕まえたのですか?」

「大きな虫です。種類は私のデータにありませんが、念のため電撃で殺しておきました」


 Pちゃんが持ってきた虫の死骸は、長さ十センチほどの角のないカブトムシのような姿をしていた。


「これは!?」

「ミール。知っているの?」

「吸血虫です! 他にもいるかもしれません!」

「きゃ!」


 ライサが悲鳴を上げる。


 見ると彼女は手にしていたアーミーナイフを、床を這っている吸血虫に突き立てていたところだった。


「こっちにもいた!」


 舟の天井を這っていた虫を、ナージャがナイフで突き刺す。


 どうやら舟は、吸血虫の群が飛んでいるところを横切ってしまったらしい。虫は次々と進入してくる。


「この! この!」


 僕もアーミーナイフやスタンガンを使って虫を駆除していった。


 だが、退治しても後から後から入ってくる。切りがない。


「ミール! こいつらに噛まれたらどうなるんだ?」

「死ぬほど痒くなります」

「それはイヤだな」


 僕もミールも夢中でナイフをふり続けた。


 Pちゃんも十二体総動員で、進入する虫を電撃で倒していく。


 三十分ほどして、ようやく虫の進入は止まった。


 舟の底には虫の死骸が貯まっている。


 幸いな事に誰も噛まれる事はなかったが、全員へとへとだった。


「虫の死骸は私が片づけておきますから、みなさんは休んでいて下さい」

 

 疲れを知らないミニPちゃんたちは、せっせと虫の死骸を運び出して川に捨てていく。


 途中、虫の死骸を餌に魚を釣ったりしているうちにベイス湾の基地に到着した。


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