第318話 亜光速宇宙船を送り出した目的は?

 アーニャ・マレンコフはさらに話を続けた。


「レムのコンピューターセンターの残り五つは孤島に作られていました」

「孤島? それで潜水艦隊を……」

「ええ。五つの孤島のうち、四つは大洋、一つは内海の孤島です」

「内海の孤島って、まさか?」

「帝国がベイス島と呼んでいる島です」


 ベイス島! それって、カートリッジが運び込まれた島? ではベイス島の位置は分かっているのか。探す手間が省けた。


「帝国が今でも使っているという事は、ベイス島の破壊には、失敗したのですか?」

「いいえ。私達はベイス島のコンピューターに、電磁パルスEMP攻撃をかけて破壊しました。ただコンピューターは破壊したのですが、建造物や地下施設は丸ごと残ってしまったのです。カートリッジはその施設に運び込まれたのでしょう」


 なるほど、コンピューターは壊れてしまったが、箱物は残っているからそのまま使っておこうということか。


「大洋にある四つのコンピューターセンターのうち、三つまでは破壊しました。しかし、一つだけまだ残っているのです」


 その最後に残った一つから、レムは帝国人をコントロールしているというのか。


「最後の一つは、惑星の反対側にあって《水龍》《海龍》《光龍》の航続距離ではたどり着けません。そこで、補給基地を作っていたのですが、その途中でカルカが核攻撃を受けたのです。その時、建設中の補給基地に私は取り残されてしまいました。カルカに戻って来られたのは十年後になります」


 という事は……帰ってきたら章 白龍は楊 美雨と結婚していたという事か……


 その当たりの事情は、ちょっと聞きにくいな……


「アーニャさん。白龍君とは付き合ってなかったのですか?」


 うわわわ! ミクの奴聞きにくいことを……


 しかし、アーニャは微笑みを浮かべて答えた。


「あなたがミクちゃんね。白龍君から、何度も写真を見せてもらったわ」

「え? そうなの?」

「正直、あの時は自分の気持ちがよく分からなかった。あの時私は、白龍君に恋をしていたのかもしれない。でも、彼の心にはずっとあなたがいたの。だから、私も諦めていたのだけどね。だけど、カルカに戻ったら楊さんと結婚しているじゃない。ちょっと、納得いかなかったな」

「そうだよね。白龍君も、もう少し待っていてあげればよかったのに」

「仕方ないわ。カルカでは、私は死んだと思われていたのよ」


 そう言って、彼女は僕が焼いた肉を口に入れた。


「あら? これレッドドラゴンじゃないの? 珍しい」

「僕がこの惑星に降りた時に、仕留めた奴です。その時は、希少種になっていたとは知らなくて」


 ミールにも聞いてはいたが、レッドドラゴンはかなり数が減っているらしい。


「気にすることはないわよ。レットドラゴンは別にワシントン条約で保護されているわけじゃないし、激減したのは地球人を恐れてニャトラス大陸から逃げ出したからよ。他の大陸では繁殖しているらしいわ」

「そうだったのですか?」

「まあ、プシダー族の探検家の報告だけどね」


 不意にミールが身を乗り出してきた。


「それ本当ですか? あたしも初耳ですけど」

「ああ。そうね。これはリトル東京で仕入れた知識だから」

「そうでしたか。レッドドラゴンがいなくなったら、回復薬が作れなくて困った事になるところでした」


 いなくなってくれた方が、エシャー達ベジドラゴンは助かるのだけどね。


 そういえば、エシャー達とはカルカの町を離れてから会ってないな。


 今頃どうしているかな?


「ところで、北村海斗さん。聞くところによると、あなたは、二十一世紀初頭に取られた生データから作られたそうね」


 え? アーニャは、なぜそんな事を気にするのだ?


「そうですけど」

「では、知らない事が、まだいろいろとあるのじゃないかしら? なぜ地球人が、近隣恒星系に亜光速宇宙船を送るようになったかとか」


 そういえば、聞いてなかったな。


 Pちゃんは、人型筐体に移った時に、その手のデータが無くなってしまったし、ミクにその手の説明をしてもらうのは止めた方がいいと赤目が言っていたし、香子と再会してから、ゆっくり話をする機会がなかったし……


「いい機会だし、教えてもらってもいいですか?」

「良いわよ。何から聞きたいかしら?」

「まず。科学技術について、亜光速宇宙船を使っているという事は、人類は光の速度を超える事は出来なかったのですか?」


 アーニャは首を横にふった。


 という事は光の速度を超える事は出来たのか? じゃあなんで亜光速宇宙船なんか?


「光の速度を超える事は成功しました。ワームホールを使って」

「ワームホール? ワープじゃなくて?」

「ワームホールです。二十一世紀後半に月の溶岩洞窟内で異星人の残した時空穿孔機と、エキゾチック物質が発見されました。これによって、ワームホールの利用が可能になったのです」

「ワームホールが使えるなら、なんで亜光速宇宙船なんか使うのですか?」

「ワームホールは、どこにつながるか分からないという困った問題があります」

「え? そうなんですか?」

「時空穿孔機を使って、量子ワームホールを拡大しても、それがどこにつながっているのか予測する事はできないのです。それともう一つ、距離の問題もあります」

「距離?」

「ワームホールが繋がるのは一光年以内の近距離か、三十五光年以上の遠距離になります。一光年から三十五光年の間の宙域にはなぜか繋がらないのです」


 便利なようで不便だな。


「したがって、太陽系近郊恒星系に行くのにワームホールは使えません。しかし、いつかは他のワームホールを経由して繋がるかもしれない。そこで、ワームホールが繋がる前に、近郊恒星系に亜光速宇宙船を送り込んでコピー人間を入植させてしまえば、その惑星の権利を独占できます。そんな思惑から、各国は近郊恒星系に亜光速宇宙船を送り送むようになったのです。それはタウ・セチに限りません。アルファケンタウリ・プロクシマ、バーナード、ウォルフ359、ラランド21185、シリウスと片っ端から船を出しました」

「ちょっと待って下さい」

「なんでしょう?」

「船を出したはいいけど、宇宙条約では国による天体の領有は禁止されているはずでしょ」

「ええ。だから、国連からの信託統治という形で惑星を統治するのです」

「それって、事実上植民地では?」

「そうなりますね」

「それに、僕がデータを取られた後で、宇宙条約には知的生命体のいる恒星系を侵略する事を禁止する条項が加わったと聞いたけど」

「侵略は禁止されていますが、知性体との交渉は禁じられていません。交渉の末、入植の許可を取れたら入植できます」


 そういえば、章 白龍も似たような事を言っていた。


 しかし、なんか納得いかない。ナーモ族をうまく騙して、禁じられた言葉を言わせて惑星ごと巻き上げようなというメ○ィ○スみたいな事をする奴だっているかも……

 

 そんな話をしている間に料理はかなり減ってきていた。


 不意にレイホーが立ち上がる。


「みんな。そろそろ飲茶にするね」


 飲茶の用意もしていたのか。


「ロンロン。飲茶持ってきて」


 レイホーが《水龍》に向かって叫ぶと返事が返ってきた。


『了解しました。レイホー様』


 この声、確かに《水龍》のAIだな。しかし、どうやって持って来るのだ?


 潜水艦のハッチが開いて、一人の少年が出てくる。その姿を見て、ミクが声を上げた。


「白龍君!?」


 それは、少年時代の章 白龍の姿をしていた。   

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