第274話 太陽圏(ヘリオポーズ)祭 (天竜過去編)
観測ドームから見える光景は、一面の星空。大気がないから、瞬く事もない。
さっきからそんな星空を見つめているが、僕の目当ての光は見あたらない。
懐から写真を取り出して眺めた。
その写真の中で、浴衣姿の可愛い女の子が微笑んでいる。
いくら遅れたとは言っても、《イサナ》だって、そろそろ減速を始めるはず。プラズマコア対消滅エンジンの輝きが見えたっていいと思うけどなあ。いや、光は届いているのかもしれない。でも、無数の星の光に紛れているのかな?
宇宙は広すぎるんだよ。
「はあ。無限に広がる大宇宙か」
何気ない呟きを、隣で星空を眺めていたお姉さんは聞き逃してくれなかった。
「どうした?
「な……なんでもないです。……太陽は、どっちかなと……」
馬鹿だった。闇雲に空を探すのではなくて、太陽を探せばよかったんだ。《イサナ》はそっちにいるはずだから。
「太陽なら、あれよ」
このお姉さん、
十二光年先にある、僕らの故郷。
太陽……しかし、近くに《イサナ》らしき光は見えない。また光が届かないのかな?
「僕達、あんな小さな星から来たのですね」
「ホームシック?」
「違います」
「ん? これは」
「あ!」 と言う間もなく、僕が持っていた写真を揚さんに取られてしまった。
「未来ちゃんの写真か。もう、あきらめたらどう? 君はふられたのだよ」
「ま……まだ、ふられたと決まったわけじゃ」
「いやいや。『お友達でいましょう』は、『お断りします』と同じ意味だよ。君はふられたのだ」
「自分だって、逆ナンしようとしてふられたくせに」
あ! しまった!
と、思う間もなく、揚さんにヘッドロックをかけられてしまった。
「私の傷を抉るとはいい度胸だ」
「先に僕の傷を抉ったくせに」
揚さんのヘッドロックはますます強くなる。
いや、マジに痛い。手加減してよ!
「やめてよ! 揚さん! 痛いよ!」
「どうだ。まいったか」
「やめて! ここは
楊さんの手が緩んだ。やっぱり、肉体を持った事を忘れていたな。
「ゴメン、ゴメン。今の私達って、生身だったのよね」
「もう……」
つい一ヶ月前まで、僕達は
ところがプリンターから出力されてからも、その気分が抜けないで無茶をする人が多い。
そもそも、僕達の肉体が出力されるのは、もっと後だったはずなのに……
亜光速宇宙船 《天竜》。東アジア宇宙開発連合が送り出した二隻目の亜光速宇宙船。今、僕はその展望室にいた。
本来なら、僕達はまだ出力されるはずではなかった。
タウ・セチ恒星系の地球類似惑星に到着して、現地住民と交渉して入植許可をもらってから僕達は出力されるはずだったのだ。でも、《天竜》がタウ・セチのオールト雲を通過中に、デブリとの衝突事故が起きてしまい船体が破損してしまった。
自動修復システムだけでは対応できなくて、修理要員の技師を数名出力して対応することになったのだ。
ところが、この時オペレーターがミスをして、技師とは関係のない人達を百人近く出力してしまったのだ。
僕も楊さんもその中にいた。
一度出力してしまった人間は、もう元には戻せない。出力した時点で人権も生じる。
おかげで急遽、居住区を増やさなければならなくなった。
どうせ作るなら、大気圏突入能力のある大型シャトルにしようという事になって、プリンターでシャトルが出力された。それ以来、僕らはシャトル内で寝起きしている。
ところで、普段はシャトル内で生活している僕達も、今日は特別な事があるので本船の観測ドームに集まっていた。
僕はカウントダウンを刻んでいるスクリーンを指差す。
「楊さん。後、三分だよ」
「よし。乾杯の準備ね」
楊さんの持ったグラスに、僕は紹興酒を注いだ。
「白龍君も、一杯やるかい」
楊さんは、僕のグラスに紹興酒の瓶を向ける。
「お巡りさん。未成年に、お酒を勧める人がいます」
「冗談よ! 人聞きの悪い」
楊さんは紹興酒を引っ込めて、ジンジャーエールを注いでくれた。
「楊さん。宇宙の色、変わるのかな?」
「変わらないって。肉眼ではね。でも、ここを通り過ぎれば《天竜》は、タウ・セチの太陽風に包まれるのだよ」
その時、カウントダウンがゼロになった。
スクリーンに花火の映像が現れる。《天竜》は今、タウ・セチの太陽風と銀河放射線がせめぎあう
アナウンスが流れる。
『《天竜》はたった今、タウ・セチ星系に入りました。それでは皆様、到着を祝ってかんぱーい!』
ドーム内の人達が一斉に『カンパーイ』と叫んだ。
それから、ドーム内はお祭りムード。
僕も、これから起きる事への期待と不安に胸を躍らせていた。
恒星間宇宙船が
実際に恒星間宇宙船が実用化されてからは、そのアニメを見た人達が真似してこういう祭りをやるようになったんだって。
やらない船もあるけど、お祭り好きな《天竜》の人達がやらないはずがない。
ただ、ここでお祭り騒ぎに興じている人達も、本当は心に不安を抱えていた。
「楊さん。ここの惑星には、どんな人達がいるかな? 友達になれるかな?」
本来、現地住民と交渉して入植を許可してもらえなければ、僕達は最初から出力されなかった。しかし、一度出力されてしまった以上、僕達は入植するしかない。
「大丈夫よ。白龍君。無人機での調査では、現地住民の文明程度は低いみたいだけど、大らかな人達みたいだし。それに人口が少ないので、無人の土地も一杯あるから」
「でも、それって五十年前のデータだよね。《天竜》から送ったプローブは、行方不明になっているし……」
「大丈夫よ。五十年程度では、そんなに変化はないから……」
「もし、住民が許可してくれなかった時はどうするの?」
「その時は、現地住民に気づかれないように、無人地帯に入植する事になっているのよ」
「それって、宇宙条約で禁止されているのでは?」
「私達がプリンターで出力されたのは事故だから。無人地帯に入植するだけなら、緊急避難として認められているのよ。現地人の土地を、侵略さえしなけければ問題はないのよ」
この時、僕達は知らなかった。《天竜》の行く手に、恐ろしい敵が待ち構えているなんて……
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