第269話 脱出

『百十一、百十、百九』


 カウントダウンが進む。


「ミール。縛った人達を、解放してくれ」

「いいのですか?」

「戦いは終わった。これ以上、殺す必要はない」

「そうですね」


 四人の分身達ミールズは、艦橋内で縛り倒されている帝国兵の縄を切っていった。


「俺の手錠も外してくれよ」


 矢納さんの方に視線を向けた。


「あなたはダメです」

「なぜだあ! おまえ、憎悪は捨てたのだろ! あれは嘘か!」

「憎いから殺すのではありません。僕が死にたくないので、僕の命を付け狙うあなたを殺すのです」

「分かった! 俺も、おまえへの憎悪は捨てる」

「それを僕に信じろと」

「信じろ」

「無理です」

「……」


 そうしている間に、残り時間が八十秒に。そろそろ僕らも脱出しないと……


 ショットガンで窓ガラスを割り、脱出口を作った。

 

「芽衣ちゃん。行くよ」

「はい」

「待て! 北村。俺をここに置いていく気か?」


 矢納さんを一瞥した。嫌な人だけど、やはり直接手を下すのは嫌なものがある。


 ここに置き去りにすれば、勝手に死んでくれる。


 情報を聞き出そうかと思ったけど、どうせたいして重要な事は聞き出せそうにないし……


「矢納さん。連れて帰っても、最後はあなたを僕の手で殺す事になります。それなら、ここで死んでも同じでしょう。僕もできれば自分の手は汚したくないので」

「待て待て! 俺は飛び切りの情報を持ってるんだ」

「飛び切りの情報?」

「聞きたくないか?」


 ううむ……そんな事を言って、ガセネタを掴ませるつもりかもしれないし……というか、この人の事だから、九十九%ガセだろうな。


 しかし、もしかすると……そうだ! 連れ帰って、ミールに分身を作ってもらえれば……


「いいでしょう。あなたを殺すのは、情報を聞き出してからです」

「へへ。恩に切るぜ」


 まあ、本音は隙を見て逃げようと言う魂胆だろうけど……

 

 矢納さんの手錠に手を伸ばしたその時。


「うぐ!」


 突然、矢納さんの顔が苦痛に歪む。そのまま、前のめりに倒れた。


「矢納さん」


 返事がない。見ると首の後ろに人形のような物がしがみ付いている。

 

 これは!?


 人形はむくりと起き上がった。いや違う、人形じゃない。人型ドローンだ!


「この船にも、ドローンを数体隠しておいたのよ」


 この声は! 成瀬真須美!


「北村君。約束は守ってもらわないと」

「殺す前に、尋問はしないとは言ってませんよ」

「そうだったわね」

「成瀬さん。矢納さんに何をしたのです?」

「毒針を刺したの。でも、公式には君が殺した事にしておいてね」

「なぜ? エラはともかく、矢納さんは英雄でもないでしょう」

「知っているでしょ。矢納はまだ二人いるの。私に殺されたと知ったら、残りの二人から警戒されちゃうでしょ」

「シンクロニシティで、分かってしまうのでは?」

「だから、背後から刺したの。他の二人がシンクロニシティで、この事を知っても、何が起きたのか分からないでしょうね」


 確かに。


「それより、時間が無いわ。早く脱出して」


 言われなくても脱出するさ。


 僕と芽衣ちゃんは、無言で艦橋ブリッジの窓から飛び出した。


 程なくして、水上航行している《水龍》の姿を見つける。


 その甲板上では、ミールが手を振っていた。


 その足元では、ミクが蹲っている。

 


 《マカロフ》が爆発したのは、僕達が《水龍》の甲板に降りた時。


 一キロぐらい離れたのに、かなり大きな轟音が聞こえてくる。


 《マカロフ》の船体は真っ二つに折れて、瞬く間に水中に没した。


「うええ、気持ち悪かった」


 ミクは、甲板の上で大の字になっていた。


「ミク、大丈夫か?」

「死ぬかと、思った。もう潜水艦はいやだよう」


 ミールの方に目を向けた。


「ミールは大丈夫だったの?」

「あたしは元々、船には強いですから……でも、進路反転百八十度は二度とゴメンです」


 だろうね。


 さてと……


 僕は艦橋から持ってきた人型ドローンを甲板に下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る