第144話 プログラマーからのメッセージ
「んがあ~~!」
「まったく、なんで私が……」
不満そうなPちゃんの声と、ミクの大イビキを背後から浴びながら、僕はステアリングを握っていた。
「私のひざ枕は、ご主人様のためにあるのに……」
バックミラーで後部シートを見ると、ミクがPちゃんのひざ枕の上で爆睡している。
絶え間なく流れる涎を、Pちゃんはイヤそうにふき取っていた。
「ご主人様。叩き起こしていいですか?」
「もう少し寝かしておいてやろうよ」
「でも、私のひざが、この子の涎でベトベトです」
「お人形さん。ひざぐらい我慢なさいな。その子は疲れているのですよ」
「ミールさん、覚えてらっしゃい」
「はいはい。あ! カイトさん。カルカが見えてきました」
ミールが指差す先では、地平線から何か建物らしきものが出ているのが見えた。
「この分身体は、そろそろ限界です。だから、私の本体が迎えに行きますね」
「どうやって?」
返事がなかった。
横を見ると、ミールはいつの間にかいなくなっている。ただ、助手席の上には木札があるだけだった。
ミールは、どうやって迎えにくるつもりだろう?
「ご主人様。ミールさんが戻ってきても置き去りにしましょうよ」
また、そんな事を……まさか?
「Pちゃん。君は本当は、どこまで知っているんだい?」
「なんの事でしょうか?」
「僕が再生された理由だよ。君は事あるごとに、僕とミールを引き離そうとしているな。それは、僕が香子と結婚するために再生されたという事を知っていたからじゃないのか?」
「それに関してデータがないというのは事実です」
「本当かあ?」
「あるいは、撃墜されたシャトルのメインコンピューターにはあったかもしれません。しかし、この人型筐体に移したデータの中にはないのです。ただ、ご主人様が他の女性と仲良くなりそうになったら、私は可能な限り妨害するようにプログラムされているのも事実です」
「なんのために?」
「それは分かりません。しかし、ご主人様が鹿取香子さんと結婚するために再生されたのなら、私がこのようにプログラムされた理由も分かります」
「プログラムだったのか。本当にヤキモチを焼いているように見えたぞ」
「ヤキモチを焼いていたのも事実です。私には感情がありますから。ロボットの私がこんな事を言ったら、気持ち悪いと思われるかも知れませんが、私はご主人様を……北村海斗さんを愛しています」
「お……おい」
「ご安心下さい。私の想いはいつでも消せます。ただ、私がそういう想いを抱いているのは、私のベースとなった人格を提供された方が、ご主人様を愛していたからです」
「な……誰なんだ? それは……」
「鹿取香子さんです」
「なんだって? いや、確かに君と話をしていると、時々香子と話をしているような気がしていたけど……そういう事だったのか」
「でも、勘違いしないでください。ご主人様に、他の女性を近づかせないように行動するプログラムを作ったのは、鹿取香子さんではありません。そもそも、鹿取香子さんにそんなスキルはありません」
「では誰が?」
「実は、このことがご主人様に発覚したときのためのメッセージを、プログラマーからお預かりしていますが、聞いていただけますか?」
「メッセージって? そのプログラマーは、僕の知っている人なのか?」
「直接会った事はないと思います。しかし、ご主人様が見たブレインレターの中でおそらく見ているでしょう」
いったい、誰なんだ?
「分かった。聞かせてくれ」
「では、車を止めて下さい」
車を止めると、メインモニターに大きなメガネをかけた女の子が現れた。
芽衣ちゃん?
ブログラマーって、芽衣ちゃんだったのか?
いや、ロボットスーツの出力調整法を独力で調べ出したぐらいだから、この娘は見かけによらず、そうとう優秀なのかもしれない。
『ゴメンなさい! ゴメンなさい! ゴメンなさい!』
いや、謝らなくていいから事情を……芽衣ちゃんじゃ仕方ないか……
『北村さんは、きっと怒っていると思いますが……』
いや、別に怒ってないけど……
『こんな姑息なプログラムを作ったのは私です。だから、香子さんを悪く思わないでください。北村さんが死んだショックで憔悴した香子さんを見ていられなくて……だから、もう一度北村さんを再生する事になったのに、生データから作るというから……あ! 生データから作られた北村さんは、私を知らないですよね』
いや、ブレインレターで見たから……と今さらどうにもならんな。
しばらく芽衣ちゃんの自己紹介が続いた。
『……そんなわけで、生データからから作られた北村さんに、悪い虫がついてはいけないと思って私が勝手にやったのです。だから、人工知能P0371に、そんなプログラムがあるなんて香子さんは知りません。だから、香子さんを嫌いにならないでください。会ったら慰めてあげてください。できれば、もう一度プロポーズしてあげてください。お願いします』
メッセージは終わった。
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