第92話 スライムの置き土産

「どうしてですかあぁ!? ダモン様が死んだら、あたし泣きます! あたしが泣いてもいいのですか? 嘘泣きじゃないですよ! 本気で泣きますよ!」


 ダモンさんは、苦笑してから言った。


「女を泣かせるのは、私の主義に反するな」

「では……」

「もうしばらく、生き恥を晒すことにしよう」

「ダモン様! ありがとうございます。それでは、さっそく逃げましょう!」

「待ってくれ。まだ、私にはやる事が残っている」

「やる事って何を?」

「地下空洞を、爆破する事だ」

「なぜ……そこまで?」

「言っておくが、これは復讐のためにやるのではない。どうしても、やらなければならないのだ。ただ、私の魔力で火をつければ、私自身も助からない。しかし……」


 ダモンさんは、僕に視線を向けた。


「君なら離れたところから、爆破できるのではないのか?」

「もちろんできます。任せて下さい」

「では、点火は君に任せよう」

「ダモン様……そこまでして爆破しなければならないなんて……地下に何か、帝国に渡したくない宝物でもあるのですか? それなら、持ち出して逃げましょうよ」

「宝? とんでもない。この地下にあるのは恐ろしい兵器だ。あれは、絶対に帝国軍に渡しては……いや、この世界にはあってはならない物なのだ。だから、私は地下に誰も入れないようにスライムを放った」

「それにしても、大きなスライムでしたね。あんなのどこで手に入れたのですか?」

「ああ。あれには私も驚いている。最初のうちは普通の大きさのスライムだったのだが、しばらくしてから巨大化してしまい。瞬く間に地下に蔓延ってしまった」


 スライムは、本来あの大きさじゃなかった?


「まあ、帝国軍を中に入れなくするのには、丁度よかったのだが。余裕があれば、なぜスライムが巨大化したのか調べてみたいところだ」


 まさか?


「ダモンさん。この地下にあるのは、カルカ国を滅ぼした兵器と同じ物では?」

「ああ。そうだが。私もあまり詳しい事は分からないのだが、カルカ国にも同じ兵器があったそうだ。それが、この地下に隠されているらしい」

「誰が、持ち込んだのです? そんな物騒な物」

「カルカ王に仕えていた地球人だ」


 やはり、カルカ国に地球人が来ていたのか。


「ただ、私がこの国に辿り着いた時には、彼らは全員、重い病に臥せっていた。医者も手の施しようがなかったという。彼らの話によると、この病気は兵器の呪いだそうだ」


 あちゃー! やっぱり、核だ。しかも、放射性物質が漏れている。スライムが巨大化したのも、放射線を浴びたせいだな。


「ダモン様、なんで兵器が人を呪うのですか?」

「分からん。地球人達は、帝国に使わせないために、地下で兵器を解体しようとしたらしい。それに失敗して呪いにかかったというのだ。彼らは死ぬ前に、兵器に近づくと呪いにかかるから、保管場所には絶対近づくなと言っていた」

「カイトさん。地球の兵器って、解体しようとする人を呪ったりするのですか?」


 僕は無言で首を横に振ってから、翻訳機に手入力で『被曝』『放射能』と打ち込んでみた。


 やはり、どちらもナーモ語に該当する単語がない。 当たり前か。


「ナーモ語に該当する単語がないので『呪い』としか説明できなかったのだと思う。呪いというより、毒のような物だね。解体しようとしたらしいけど、おそらくその時に、危険な物質がむき出しになってしまい、毒を放出したのかと」

「やはりそうなのか。実は日本人にも相談したのだが、危険すぎて近づくこともできないと言っていた」


 という事は、今でも放射線が……


 まずい! このままだと地下に戻るのも危険だ。


 僕は通信機のスイッチを入れた。


「Pちゃん。地下が放射能に汚染されているらしい。至急ガイガーカウンター付のドローンを送り込んでくれ」

『了解しました。調査が終了するまで、地下には戻らないで下さい。ホールボディカウンターも用意しますか?』

「それも頼む」


 もしかすると、ここへ来る途中で被曝したかも……


 Pちゃんからの報告を待っている間に、僕とミールは帝国軍兵士に成りすましてダモンさんと一緒に部屋から出た。


 顔はホロマスクを使って、変装している。


 途中で何人かの兵士とすれ違ったが怪しまれる事はなかった。


「カイトさん。アジトに残してきた分身からの報告です」


 ミールが言ってるアジトというのは、アンダーを監禁していた場所の事。今はテント一つとミールの分身三体を残しただけで、ほぼもぬけの空だ。


「ネクラーソフの部隊が、やってきました」

「分身たちは、どうしてる?」

「森の中を逃げ回っています。しばらくは、時間が稼げるでしょう」

「あいつら、デジカメは?」

「持っています。かなりの量ですね」


 それなら、こっちで分身を使っても大丈夫だな。


 しばらく歩き続けて、僕たちは一つの部屋に着いた。


 部屋の中では、数名の兵士が眠っている。


 ダモンさんが言うには仮眠室らしい。


 夜中に警備に着いていた兵士たちが寝ているのだ。


 念のため、ダモンさんは兵士たちに眠りの魔法をかけた。


 眠っている兵士たちの中から、ミールは三人の兵士を選び、その上に木札を置いていく。


 ミールは、そのまま床で結跏趺坐して呪文を詠唱。


 やがて、木札を置かれた兵士たちから、まるで幽体離脱するかのように分身が起き上がった。起き上がった分身たちに、僕はカメラとマイクを装着した。


「お前たち、城内を適当に歩き回ってきなさい。ベジドラゴンが監禁されている場所を見つけたら報告するのですよ」


 ミールに命令された分身たちは、無言で部屋から出ていく。


 この城には、近くの村から強制連行されてきたナーモ族や、拉致されたベジドラゴンがいる。ダモンさんは、爆破する前に彼らを逃したかったのだ。


 今まで、ダモンさんはネクラーソフと交渉して彼らを解放しようとしていた。


 その結果、ナーモ族は近々解放されることになっていた。


 元々、城の修復のために集められたのだから、必要なくなったという事もある。


 だが、『ベジドラゴンは皇帝陛下の許可がないと解放できない。今、伺いを立てているから少し待ってくれ』と言ってダモンさんの要求をのらりくらりと躱していた。


 本気で解放する気があるとは思えない。


 つい最近まで、ベジドラゴンを野生動物と思い込んでいたぐらいだから……


 ダモンさんの妻子に関しては、ネクラーソフは本気で解放する気だったようだ。


 ただ、奥さん自身が解放される事を断ったらしい。


 自分を解放すると、主人が自殺するかもしれないから、主人の気が変わるまで解放は待ってほしい、と……以前、ネクラーソフに手紙を書いたそうだ。


 もちろん、爆破計画の事は伏せてある。


 そのあたりの事情は、さっきミールが手渡した手紙に書いてあったらしい。


 部屋に戻った僕らは、変装を解いて、テーブルの上にPCを置いた。


 分身達から送られてくる映像を表示してみたが、今のところベジドラゴンは見つかっていない。


 通信機の呼び出し音が鳴ったのはその時。


 Pちゃんからだ。


『ご主人様とミールさんの通ったルートの調査だけ終わりましたので、報告させていただきます』

「放射性物質は?」

『一か所だけありました』

「なに?」


 やはり被曝していた!?


『地下道そのものは、汚染されていなかったのですが、最後に倒した特大スライムの死骸から、放射線が検出されました』


 スライムめ! とんでもない置き土産を残してくれたな。


『スライムに触れてさえいなければ、お二人は被曝していないと推測されます』


 問題は帰りのルートか。


「スライムの死骸を、避けて通れるかい?」

『難しいと思います。地下道の床にスライムの死骸が散らばっていました。ここを通るだけで放射線を浴びます。それと、スライムの死骸から飛び散ったと思われる放射性物質が周辺に漂っています』

「それじゃあ、もう通れないか」

『いえ、簡単な防護服があれば被曝を避けられます』

「防護服はプリンターで作れるかい?」

『作れますが、ロボットスーツも外気を完全に遮断すれば被曝は避けられます。ただ、戻ってきたら、ロボットスーツを除染する必要があります』

「よし。ミールとダモンさんの防護服だけ作ってくれ。僕がそっちへ取りに行く」

『了解しました』


 ミールとダモンさんに事情を説明して、僕は地下道へ戻っていった。

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