第81話 ホロマスク

 今はロボットスーツを着けていないが、僕もミールも鎧の下に単結晶炭素繊維モノクリスタルカーボンファイバー製の防弾服を着込んでいる。だから、首から下を撃たれても大丈夫だが、兜を取ったら首から上が無防備だ。


 しかし、この状況で取らないわけにはいかない。


「分かった。取るから、ちょっと待ってくれ」


 ゆっくりと兜を外した。


「よし! 猫耳はないな。そっちも、早く取れ」


 ミールも、兜をゆっくりと外した。

 兜の中から現れたのは、頭をスキンヘッドにした若い帝国人の男。


「疑ってすまなかった。一応、こうする決まりなんでな」


 兵士たちは、銃を下ろした。


 信用されたようだ。


 それにしてもよかった。


 もし、ミールの頭を直接手で触られていたら、スキンヘッドの下に猫耳があるのがばれていただろう。


 どうなっているのかというと、僕とミールの顔の周辺には立体映像ホログラフィー で他人の顔が投影されているのだ。


 Pちゃんの説明によると、僕の時代から数十年後に発売されたホロマスクという化粧用具らしい。


 スイッチ一つで、どんな顔にでも変われるというので、発売当時は大ヒットしたという。


 しかし、みんながみんな同じ美女やイケメンの顔ばかり使うものだから、街中では同じ顔の人間ばかりがあふれて混乱したというエピソードもあったとか……


 ただ、一般には売り出されていなかったが、僕の時代でもCIAや内調など諜報機関が変装用具として使っていたそうだ。諜報機関だけでなく、テロリストも使っていたらしい。


 僕が会社務めしている時にも、女子中学生がテロリストに拉致される事件があったが、その時の犯人も女の子の父親に変装するのに、これを使ったとか……


 しかし、所詮は立体映像。触られたらアウトだ。


 だから、僕たちはスキンヘッドの顔を使う事にした。


 髪があったら、その中に猫耳を隠していると疑われる恐れがあったからだ。


「いや、本当にすまなかったな。まさか、剥げてるとは思わなかったのでな。なんなら、もう兜は被っていいぞ」

「いや……いいよ」


 なんか、誤解されたみたいだが……この頭は剥げてるのではなく、髪を剃っているだけなのに……


 まあ、そう思わせておいた方が、都合がいいかな。


 男は、僕の耳元へ口をよせて囁いた。


「実は俺もなんだよ。だから、人前で兜や帽子を取らされる辛さは、よく分かるんだ。悪く思わないでくれ」


 何を言っているのかよく分からんが、この男にとって帽子を取ることは、よっぽど辛いらしい。


 やがて、僕たちは詰所の一室に案内された。


 そこで待っていたのは、三十代くらいの帝国人の男。


「私がここの隊長だが、何があったのかね?」


 僕たちは、アンダーの分身を指差した。


「この者が、以前に宮廷魔法使いの妻子を、この施設に連行してきたと言っているのですが、事実ですか?」


「それに関しては答える事はできない。君も軍人なら分かるだろ」

「それは分かりますが、事は急を要しますゆえ……」


 突然、ドアが開いた。


「お茶が入りましたよ」


 ダモン夫人と娘が、ティーセットとお菓子を載せた盆を持って入ってきた。

 隊長は、慌てて振り返る。


「奥さん。ここへ入ってきてはダメですよ」

「いいじゃないですか。お客様なんて、滅多に来ないのだし」

「しかしですね……」


 ミールが、隊長の肩を叩いて振り向かせた。


「いるじゃないですか」


 ミールの声は、翻訳機の設定で男の声になっている。


「いや……待ってくれ。彼女は絶対に逃げたりしないと約束してくれた。だから、施設内では行動の自由を……」


 どうやら、この隊長は自分の一存で、人質の自由行動を認めていたらしい。


 たぶん、その事が上に知られては困るのだろう。


 個人的に、こういう人は嫌いではない。


 だから、余計に困る。


 口封じのために、皆殺しにしようと考えていたのだから……


 ここは面倒だけど、生け捕りにしてベジドラゴンに村へ運んでもらうか?


「それに関して、我々は興味ありません。問題なのは、ここが襲撃されるかもしれないという事です」

「いったい、何者が?」

「魔法使いの妻子を、奪還しようとしている反帝国分子です」


 ここで正体を明かして『我々だよ。バーカ』と言ってみたいのだが、ここは我慢。 

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