第55話 せっかくの美人が台無しだよ

 それは、戦いなんてものじゃなかった。


 一方的な殺戮だ。


 ミールの分身は、次々と帝国兵を切りまくった。


 別の分身は矢を撃ちまくり、別の分身は戦斧を振り回し、別の分身がモーニングスターを振り回す。 


 もちろん、帝国軍だって無抵抗なわけではないが、分身は攻撃を受けても、憑代を破壊さるか、身体の半分以上削られなければ死なないので、帝国軍の攻撃はほとんど効果がない。


 それ以前に、ガルキナの分身との戦いで消耗しまくっていた帝国軍に、戦う力などほとんどなかった。


 辛うじて弾の残っていた自動小銃や迫撃砲を使ったが、たちまち弾切れに……


 手榴弾での自爆攻撃で、何とか分身二体が消滅した。


 どうやら、憑代が破壊されたようだ。



 僕のやる事なくなったかな?


 

 ん? なんだ?




 地面の上を、小さな物が動き回っている。


 石ころのような物や、チリの塊のような物、肉塊のような物体が一か所に集まりつつあった。その中心にあるのは……短剣!


「ミール! ガルキナの分身が回復しようとしている」

『なんですって! しぶとい女ですね』

「どうすればいい?」

『動き出す前に、憑代を破壊してください』

「分かった」


 拳銃を抜いた。


 ダメだ。もう短剣が見えないくらい回復している。


 デジカメ画像を、バイザーに表示。


 分身を構成している疑似物質が、消えた瞬間に狙いを定めて撃った。


 ダメだ。疑似物質の層が厚くなってきて銃弾が通らない。


 近くに行って、ザバイバルナイフで切り裂いた。


 切り裂く傍から再生してしまう。


 憑代に手が届かない。


「Pちゃん。AA12の予備弾倉を頼む」

『すみません。バッテリーが残りわずかで、これ以上プリンターを動かせません』


 う……そう言えば、充電途中で、ここへ来たんだっけ。


 その後、ウェアラブルカメラやドローン、ミサイル、AA12をプリントして、さらにコンピューターやドローン、ロボットスーツを使いまくった。


 無駄遣いしすぎた。もっと省エネしないと……


「水素は、どのくらい残ってる?」

『残り八パーセントです』 


 拙い。万が一の時は逃げればいいと思っていたが、これじゃあ逃げるのも無理。


 帝国軍の戦力は、どこまで削れたんだ?


 そっちを見ると壊滅寸前だった。


 どうやら、逃げる必要はなさそうだ。


「隊長。もう弾がありません」

「くそ! 本隊に救援を求めに行ってくる。それまで持ちこたえていろ」

「あ! 隊長」


 ダサエフは、そのまま馬に乗って逃げだした。


「くそ! やってられるか」

「俺達も、逃げるぞ」


 帝国軍は、総崩れとなった。


「Pちゃん。逃げ出した奴は何人いる?」

『二十人です』


 ミールの放った矢が二人を射抜いた。


『十八人に訂正します』

「馬で逃げた奴だけでも、狙撃してくれ。救援とやらに来られてはかなわん」

『了解しました』


 さて。残る問題は……


 ガルキナの分身は、完全に人の形になっていた。


 むっくりと起き上がる。


「や……やあ……気分は、どうだい?」


 無駄だと思うが話しかけてみた。


「非・常・に・悪・い」


 そうだろうな。……てか、話が通じるのか?


「あのさあ、これ以上戦っても、不毛だと思わない?」

「思・わ・な・い」


 そうですか。


「しゃー」


 また、顔が口裂け女になった。


「あのさ、それやめなよ。せっかくの美人が、台無しだよ」


 あれ? 急に顔が急に元に戻った。


 こりゃあ、おだてれば説得できるかも……


「ふ・ざ・け・る・な。私・が・美・人・な・は・ず・な・い・だ・ろ・う」

「なんで、そう思うの?」

「私・は・周・り・の・人・に・疎・ま・れ・て・き・た。・怖・が・ら・れ・て・き・た。こ・の・顔・の・せ・い・だ」


 いや、それはその能力のせいだと思うよ。


「そんな事ない。君は綺麗だよ」

「ま・だ、・言・う・か!・そ・う・や・っ・て、・期・待・を・持・た・せ・て・か・ら・私・を・貶・め・る・気・だ・な!」


 ええ? なんかよけい怒らせてしまったような……


 また、口裂け女になっちゃったよ。


「シャー」


 ガルキナの分身 (以後、分身は省略)が襲い掛かってきた。


「カイトさん!」


 横から、ミールの声と同時に飛んできた矢がガルキナに刺さる。


 そっちに目を向けると、ミールの分身がボーガンを構えていた。


「うおお!」


 ガルキナが苦しみ始めた。


 銃弾をいくら受けても、平気だったのに……


「苦しいでしょ。それは、暴走する分身を鎮圧するために開発された矢です」


 ガルキナに刺さった矢の矢羽から、光の粒子が吹き出していた。


 どうやら分身を動かしているエネルギーのような何かが、矢を通して流失しているようだ。


 こんな、良い物があるならもっと早く出してくれれば……




 パリン!




 え? 矢が粉々になった。


『うーん……まだまだ、改良の余地がありますね』


「試作品だったのか?」


『魔法ギルドから送られてきた試供品です。使ってみて、レポートを提出したら謝礼がもらえるのですけど……強度が足りなかったと、報告しておきましょう』


 話している間に、ガルキナは立ち上がった。


「お・の・れ・騙・し・た・な」


 なんか、事態が余計こじれたような……


「まて、話せばわかる」

「黙・れ」


 ガルキナが飛び掛かってきた。


「ブースト」


 スカ!


 パンチを躱された。


 そのまま、タックルをかけられ、僕は地面に押し倒される。


 その上に、ガルキナが伸し掛かってきた。


 肩に噛みつかれる。


磁性流体装甲リキットアーマー第一層、第二層、貫通されました。最終防衛ラインで食い止めています』 


 最終防衛ラインは、確か単結晶炭素繊維モノクリスタルカーボンファイバー強化プラスチックだったはずだが、持ちこたえられる……よね?


 持ちこたえられなかったら、このままガブリ…… 


 


 くそ! 噛まれてたまるか!





「ブースト」


 ガルキナの脇腹に、パンチを叩き込む。


 ダメだ。離れない。


『最終防衛ライン亀裂発生。間もなく突破されます』




 もうあかん! 噛まれる!




「カイトさんから、離れなさい!」


 ミールの分身が二人飛び掛かってきた。


 それぞれ、左右からガルキナの腕を掴んで強制的に引き離す。


 さらに数人のミールが飛び掛かりガルキナを押さえつけた。


「ありがとう。ミール」

「カイトさん。今です。憑代を!」

「ブースト」


 ガルキナの胸に、パンチを叩き込んだ。


 そのまま、僕の腕はめり込んでいく。


 手ごたえあり!


 短剣を掴み、そのまま引っ張り出した。


「返・せ」


 螺鈿細工を施した宝剣のようだ。


 武器というより、芸術品だな。


 もったいないけど……


「返・せ・返・せ・返・せ」   


 宝剣を地面に叩きつけた。


「ブースト」


 そのまま宝剣を叩き割る。


「うわああああああ!」


 ガルキナの分身は、断末魔の悲鳴を上げ、光の粒子となって消滅した。


 同時に、ミールの分身たちも消えていく。


 周囲には立っている者はいなかった。


 どうやら終わったようだ。

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