第12話 果てしない塩の平原

 塩湖は、やたらと広かった。


 マジに果てがないんじゃないの? て、思えるくらい広い。


 いくら走っても、光景がまったく変わらない。


 ひょっとして、惑星全体が塩湖に覆われてんじゃないのだろうか?


 地質学的にそんな事ありえないのだが、そんな気がしてくる。


 それとも、走っているつもりでいたら、車輪が空回りしていて、ずっと同じところにいたなんて事はないだろうか?


 バックモニターを見ると、この車が付けた轍が地平……いや、塩平線まで続いている。


 うん。ちゃんと進んでいたんだな。


 カーナビ? もちろん、装備されてるさ、


 しかし、GPS衛星のない系外惑星で、それがなんの役に立つ。


 そもそも、この車のカーナビには、この惑星の地図が入っていない。


 今、助手席に座っているPちゃんの電子頭脳には地図データがあったが、互換性がなくてナビに移せなかった。


 だから、行先はPちゃんに指示してもらうしかない。


 だったら、Pちゃんに運転してもらえばいいのだが、こいつは運転ができない。


 自動運転車が当たり前の時代に作られたアンドロイドなので、そういう技能は必要なかったのだ。




 不意にPちゃんが、懐から懐中時計を取り出した。


「ご主人様。そろそろお食事の時間です」

「そうか」


 車を停止させた。


 ん? なんで、こいつ一々懐中時計なんか出しているんだ?


「なあ、君のコンピューターには、時計機能はないのか?」

「ありますよ」

「じゃあ、なんで懐中時計なんか出すのだ?」

「懐中時計なんて飾りです。エロいご主人様には、それが分からないようですね」

「誰がエロいご主人様だ!!」

「実際、懐中時計は必要ないのです。ですが、時間を告げる時は、こういう動作をするようにプログラムされているのですよ」


 親の……いや、プログラマーの顔が見たい。




 車から降りた僕に、異星の太陽光がギラギラと降り注ぐ。




 熱い。




 この熱を、利用しない手はない。


 僕は、保冷バックを持って車の後ろに回り、牽引しているトレーラーの屋根に上った。


 このトレーラー、最初は車一台だけで行くつもりだったが、荷物が(主にプリンター関連)が積みきれないとPちゃんが言うので、急遽プリンターで作ったのだ。今は、この中にプリンターと元素マテリアルカートリッジと食糧が入っていた。


 トレーラーの屋根には、不時着したシャトルから外したパラボラアンテナに、アルミ箔を貼って作った凹面鏡を設置してある。


 さっそく保冷バックから取り出した肉に、塩湖の塩を塗し、凹面鏡で集めた光で焼いてみた。


 なんの肉かって? レッドドラゴンの肉だよ。


 程よく焼けた肉に、かぶりつく。


 鶏肉のような味がして、なかなか美味。


 これで、冷えたビールがあれば……


「ああ! ご主人様。また、そんな物食べて」


 振り向くと、Pちゃんがトレイを持って屋根に上ってくるところだった。


 トレイの上には、銀色に輝く半球形の金属製の蓋が仰々しく被せてある。ドームカバーとか言うそうだが、その下にあるのはカロリーメイトのような非常食だ。


 最初にこれを出された時は、美少女メイドが持ってきてくれたんだから、中身はオムライスに違いないと期待してしまった。


 その直後、蓋を取った時の脱力感は半端なかった。


「いいじゃないか。肉があるんだから」

「ダメです。それでは、栄養が偏ります。私の料理を食べて下さい」


 いや、おまえ料理してないだろう。


 カロリーメイトをトレイに載せて、ドームカバー被せただけじゃん。


「だって、それ不味いし……」

「ひどいです」


 ロボットのくせに涙流すなよ。


 傍から見たら、僕が苛めてるみたいじゃないか。


 まあ、こんなだだっ広い塩の平原で、傍から見てる奴なんているわけないが……




 バサ! バサ! バサ!




 頭上から羽音が……


 見上げると、ベジドラゴンの姉弟が降りてくる。


「カイト、差シ入レ、モテキタ」

「ありがとう。エシャー」


 一昨日、僕を乗せてくれた日本語を喋れるベジドラゴン。


 名前はエシャーという。


 エシャーの横に降りたチビは、エシャーの弟でロット。


 エシャーは、首に籠を下げていた。


 道具を使えるという事は、やはり知的生命体じゃないのだろうか?


 ロットは、姉の籠に首を突っ込むと、中の物を咥えてきた。


「ピー」


 Pちゃんの足もとに、それを置く。


「まあ、リリアの実ですね」


 リリアの実というのか? 察するところ、現地植物のようだが……


 スイカほどもあるヒョウタンのような形をした赤い実を、Pちゃんは拾い上げた。


「早速、お料理しなくちゃ」


 Pちゃんは、リリアの実を持って屋根から降りた。Pちゃんがあっさり受け取った、という事はリリアの実とやらはPちゃんのデータの中にあって、なおかつ人間に害はないという事なのだろうな。


「カイト」


 エシャーが、僕の肩を軽くつつく。


「なんだい?」

「Pチャン、イジメル、ヨクナイ」


 うわわ! 傍から見てる奴いたのか……


 この場合、空からか……


 鳥類って人間よりもずっと目がいいらしいけど、翼竜も空を飛ぶから目がいいのかな?


「いや……苛めていたのではなくて……」

「Pチャン、オ父サンノ傷、治シテクレタ、イイヒト、優シクシテ」


 あれには驚いた。


 あの時、出血の止まらないベジドラゴンの傷を、Pちゃんは縫い合わせてしまったのだ。


 あんまし役に立たないロボットと思っていたのだが、そういう技能も持っていたんだな。


「エシャー。お父さんの具合はどう?」

「具合、イイ、モウスグ、飛ベルヨウニナル」


 キズを負ったエシャーたちのお父さんは、すぐには飛び立てそうになかったので、あの場所でしばらく養生することになった。


 日差しがきつそうだったので、シャトルから適当な鋼材を引っぺがし、それを柱にしてパラシュートの布 (シャトルが不時着した時に、エアブレーキに使ったもの)を張って簡単な日除けを作ってやった。力仕事だが、ロボットスーツを使えば簡単なことだ。


 そんなわけで、エシャー達は今、交代でお父さんのところへ食糧を運んでいる。


 ここへ、立ち寄ったのはその途中の事だ。


「できました」


 Pちゃんが、トレーを運んできた。


 トレーの上には、やはり仰々しくドームカバーが被せてある。


「さあ、御主人様」


 僕の目の前でドームカバーを外した。


「私の料理を召し上がれ」


 いや、料理って……それ果物の皮剥いて、切り分けて爪楊枝刺しただけだろう。


 カロリーメートよりマシだが……

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