第28話 お父さんからなの

 茫然(ぼうぜん)とモニター画面を見つめる女子アイドル姿の古谷三洋(ふるや みひろ)くん。何だか様子が変だ。八島鈴(やしま れい)は彼の側によって尋ねた。


「古谷くん。どうしたの!」


 彼は私の顔を見ずに画面に向かったまま告げた。


「工藤瑞穂(くどう みずほ)。あの画面の中の女の子は僕の幼なじみだ」


 大音響の中で歌い踊る星宮花蓮(ほしみや かれん)先輩。彼の声が弱々しすぎてまるで聞こえない。


「聴こえないよ!」


 私は長い黒髪のカツラをかぶった古谷くんの耳元で声を張り上げた。彼の横顔がドアップ。ふふっ。きれいな形の耳をしている。長い睫毛が一層長く見える。男の子にはとても見えない。


 ちょっと近いけどしょうがないよね。この部屋、音が響きすぎるんだもの。


 古谷くんは振り向いてチラリと私の顔を見る。一瞬、視線が重なる。彼は私の顔に驚いて、瞬間湯沸かし器みたいに顔を赤らめてうろたえている。古谷くんは画面を指さしてもう一度答える。


「あのアイドルは僕の幼なじみなんだ」


「中学の時に転校して行ったって言う女の子?泣かしてしまったって言う・・・」


「うん」


 彼の答えに驚く。巨大モニターの中で弾けているショートヘアの女の子。活発そうで、大人しい古谷くんとはイメージが重ならない。もっと、繊細な彼女かと思っていた。


 彼と暮らしてすぐに気づいた。彼の瞳が私を素通りして時々遠くを見るような目になることがある。女子の第六感。


 私じゃない誰かを見ているんだと思うと胸がチクリとする。少しだけ語ってくれた幼なじみのことだと何となくわかってしまった。


 私も画面を見つめる。凄い美人と言うわけでもないがキュートで華がある。どこにでもいそうな庶民的な笑顔なのに、自然と人を惹きつける。私とは全然違う。


 アイドルなのだから当たり前か。彼女なら男子も、女子も、大人だって好きになるだろう。『大阪発の国民の妹って売り出し』もうなづける。


 私だって私立開南学園高校では、陰で『神聖ヒロイン』と呼ばれている。本当の私を全然知らない、気に入らない呼び名だけど・・・。


 妹みたいな、かわいらしい女子の方が男子は好きなのだろうか。不安になってくる。負けたくない。生まれて初めての感情にちょっぴり戸惑う。これが嫉妬というものなんだろうか。


 ステージ以外の照明が少しばかり暗いことを良いことに、古谷くんの手をそっと取って私の膝の上に導く。


 ちょっと大胆だったか。女の子の姿をしている古谷くん。今まで以上に気がゆるんでしまう。


 アイドルユニットの衣装を着ているのでスカートが短い。彼の温もりが太ももにじかに伝わる。画面を見つめる古谷くんの横顔がさらに赤くなる。


 オドオドし始めた彼、癒やし系の動物みたいでかわいい。


「彼女のことが忘れられないの?」


「忘れるとかそういうのじゃないからなー。ずっと兄妹みたいに育った。でも、一年半以上も連絡をとっていないから・・・」


 一瞬みせる寂しそうな彼の横顔にドキリとさせられる。


 画面の中のアイドル、工藤瑞穂は私の知らない古谷くんの過去、歴史を全部知っている。心がチクチクとする。


 だけど、今、古谷くんの側にいるのは私だ。過去は変えられないけど未来はつくれる。彼女は大阪、私は今、彼と暮らしている。ちょっとズルいけど・・・、私は頑張れる環境がある。


 気がついたら、私は彼の手をギュッと握りしめていた。


 驚いて私の方に向き直る彼。


 あー。私はこの人の心を癒やしてあげたい。


「大丈夫。私がいるじゃない」


「えっ」


 古谷くん。どこまで顔が赤くなるの。クラスメイトの山根浩二(やまね こうじ)くんと星宮先輩がいなければ、彼の顔を胸に抱いてギュッと抱きしめたい衝動に駆られる。


 はー。せつない。女の子バージョンの古谷くんもかわいい!


 ブー。ブー。


 私のスマホがポケットの中で震える。


 もう、びっくりさせないでよ!


 私はポケットからスマホを取り出して画面を見る。


 父からだ!


 家を飛び出した私の唯一本当の肉親。そろそろ海外出張から帰ってきたころだ。男の子の家に泊まり込んでいることを、今の母が知らせたに違いない。


 どうしよう!古谷くんの家から引き離されてしまう。狼狽(ろうばい)する私の真っ青な顔を古谷くんに見られてしまった。


「電話、出なくていいのか」


「お父さんからなの。私、帰りたくない。古谷くんの家にずっといたい!」


 あっ。山根くんと星宮先輩のいる前で大声で言ってしまった。声を張り上げて歌っている星宮先輩はともかく、聞こえちゃったよね山根くん。


「古谷!俺に何か隠し事をしていないか。あっちで話そう」


 私はパッと彼の手を離した。山根くんの大きな腕が彼の肩をガッシリと取って部屋の隅に引き連れていく。どうしよう。山根くんは私たちの味方になってくれるのだろうか。


 ブー。ブー。プッ。


 父からの電話のコールが切れた。

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