第26話 可愛い顔をして八島鈴は小悪魔か

「ジャ、ジャーン」


 衣装部屋のカーテンが引かれる。


 古谷三洋(ふるや みひろ)と山根浩二(やまね こうじ)は息を飲む。


 アイドルユニットの衣装に着替えた二人。どんな衣装だって着こなしてしまうと思っていた学園の神聖ヒロイン八島鈴(やしま れい)と、学園のマドンナ星宮花蓮(ほしみや かれん)。


 アイドルそのものだ。いやっ、アイドル以上だ。ムチャかわいい。不覚にも、心がとろけてしまいそうだぞ。短いスカートからのぞく太ももから目が離せない。


「コウちゃん。どうかな。似合っているかなー」


 顔を赤らめてうつむき、上目遣いで感想を求める星宮先輩。山根は完全に意識を失っている。デブ!死んでんじゃねーよ。


「古谷くん!私はどうかな?」


 ばっ、バカ。近寄るな。僕の理性は今、削りにけずられて糸ほどもない。プツンと切れそうだ。


「二人とも、とっ、とても似合っている。なあ山根」


 俺は固まって微動だにしない山根の野獣のような巨体を揺り起こす。我にかえったクマ体形のデフキャラ、山根。


「おっ、おう」


 頼りない。こんなんで星宮先輩に告白できんのか?先が思いやられるぞ。


「ねっ。コウちゃん一緒に歌おうよ」


 山根にマイクを差し出すアイドル化した星宮花蓮。


「俺、今どきの歌はちょっと・・・」


 巨体を丸めて消え入りそうな姿の山根。だから、可愛くないから。それ!


「大丈夫。コウちゃんも知っている歌だから。『森のくまさん』。あと、この衣装に着替えてね」


 星宮先輩が山根に差し出したものは、本物のクマの毛皮でできた着ぐるみだった。先輩・・・。やり過ぎです。リアルすぎます。ってか、幾らするんですかそれ。


 猛獣の着ぐるみに身を包んだ山根と学園きっての美少女がステージで『森のくまさん』を歌っている。歌詞の内容がリアルすぎる!この選曲、ハマり過ぎだぞ。


 僕はサーカスでも見ているのだろうか。猛獣使いとリアルに凶暴な顔をしたたくましいクマ。


 が、二人とも歌は上手い。メチャ、ギャップが・・・。今晩、うなされるかも知れない。


 歌い終えて二人は衣装部屋へと消えた。残像が脳に刻み込まれて消えない。トラウマになったじゃないか。とんでもないものを見た時、人は声が出なくなるって本当だった。


「つぎは古谷くんと私の番だよ。ねっ、古谷くんも着替えようよ」


 目の前で僕を覗き込む八島さんの顔で我にかえる。


「ぼっ、僕もか。歌はあまり得意じゃないんだけど」


「上手か下手は気にしないよ。楽しまなきゃね。古谷くんの衣装はもう決めてあるから」


 ここまで来てしまった以上断れないよな。勢いで山根にあんなことを言ってしまった手前、男を見せろと山根に迫られるのは目に見えている。


 衣装部屋での古谷三洋は八島鈴の為(な)すがままだ。彼はコスプレなんて生涯したこともない。言われるままに用意された衣装を身に着けていく。


「はい。カツラ」


 んっ?ロックバンドか何かか。手渡されたものを渋々かぶる。


「はい、スカート」


「えっ!」


「古谷くんって女の子みたいに整った顔しているよね。ほら」


 鏡を向けられてカツラをかぶった自分の顔を見る。


 だ、誰だよ、この子。


 古谷三洋は八島鈴の手によって、またもや変身させられていた。イケメンから美少女へ。自分が自分じゃない。言葉も出ない。


「ねっ、凄いでしょ。私の見立てに間違いないんだから」


 フフフと笑う美少女に押し切られる。山根に男を見せるはずだった古谷三洋の願いはかなうことはなかった。


 生まれて初めてはくスカート。またの辺りがスースーして落ち着かない。女子はいつもこんな気持ちでいるのか。


 なんとか口パクで一曲を終える。山根の驚きようが半端ない。してやったり。って、違うよな。こんなの僕じゃない!


「ねっ!星宮先輩。ビデオ取れました」


「もうバッチリ。アイドルのオーディションに応募できるよ」


 死んだ。僕の人生はここで終わった。なんでこんなことをしてしまったのか。魔法でもかけられたに違いない。可愛い顔をして八島鈴は小悪魔か。


「次は私の番だ」


 立ち上がって星宮花蓮が告げる。


「よし、工藤瑞穂(くどう みずほ)の歌、いっちゃうぞ!」


「工藤瑞穂って????」


 僕の幼なじみと同じ名前。連絡先も告げずに大阪に転校していった彼女の顔が思い浮かぶ。偶然だよな。


「あれれ。古谷くん、知らないんだ。今、人気上昇中の花丸アイドル、工藤瑞穂ちゃん。大阪発の国民の妹って売り出しの美少女だぞ」


「古谷はテレビとか見ないからな。こいつが見るのは癒やし系のネット動画だけだ」


 山根が解説をしてくれる。大阪発と聞いて気が気じゃない僕。


「ふーん。遅れているんだね」


「花蓮。キャラが違ってないか。工藤瑞穂ちゃんは美少女だけど、花蓮のような大人っぽい感じじゃないぞ」


「いいの!可愛い姿をコウちゃんに見せたいの。そうだ、工藤瑞穂のカラオケビデオは本人出演なんだよ。私、負けてないから」


 星宮花蓮がステージで歌いだす。百インチ越えの巨大モニターに映し出された少女は僕の幼なじみ、工藤瑞穂だった。


 うっそだろー!


 僕はスカートのままのけ反った。信じられない。僕は夢でも見ているのだろうか。


「古谷、トランクスが丸見えだぞ」


 山根の言葉で自分を取り戻す。忘れようとしていた彼女、幼なじみの工藤瑞穂がビデオの中で歌い踊っているのだった。

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