結審 大団円
「判決。主文。被告人、ムーチリチオチョン。通称ムーチョを無罪として釈放する。またデカート州司法は不当拘束により得られるはずだった賃金日当六タレル二十日分百二十タレルを充当する。あわせて弁済金として三百二十タレル別途支払う。証拠品として押収した自転車についての弁済に関しては所有者との協議によって示談が成立した。そのまま返却する。またさらに、デカート州司法庁として被告人ムーチリチオチョンを無頼の者と扱ったことについて不明を述べ謝罪とする。判決主文としては以上である」
いくらかの納得の諦めがあったものの、やはり検察側でざわつきが大きい。
「――以下、無罪理由を述べる。
本件、司法庁各級各段における多くの不手際不行き届きが引き起こされ、誤認逮捕を防げなかった。
幸いにして此度は弁護人殿の尽力を得て中正の理を得たが、当然に司法庁に籍を置く者として深く痛恨の一事であった。
また此度の事例を銘肌鏤骨なして、おろそかな不幸を招かぬように心得ること願い誓う。
一つ、逮捕時身元引受人を名乗る人物が眼前にありながら、身元の照会の協力を得る試みがなかったことがすべての発端である。以降深く反省されたい。
一つ、押収した証拠物品についての簿記登録及び物品管理が杜撰のために事件の証拠として十分な効力を発揮できていない。以後管理徹底されたい。
一つ、資料調査については最新のものを市況調査の上で利用徹底して、証拠資料として価値を担保維持すること。以後管理徹底されたい。
一つ、我らが、市民権のない者達においてもデカート州内治安における協力を期待する立場にあることをゆめ忘れるな。
司法庁に勤務各位らの忠節を疑うものではないが、デカート州の治安の万全と市民の生活の安寧は諸君らの献身の上にのみ支えられている。
無産階級についてのあつかいが複雑であることが今次公判で取り扱った誤認逮捕の根本であることは本職も十分承知しているが、無産階級の多くもまたデカート州を支える柱梁である。
ここに住所不定といえども被告人を有罪とみなす根拠は見いだせない。
以上無罪理由である。
また、次に弁済金の根拠について理由を述べる。
一つ、被告人は伝馬便の配達員として組合名簿登録していた。これにより二十日分の日当百二十タレルが支払われる。
一つ、被告人のもとに六十八件の麦の刈り入れの依頼が来ていた。拘束期間中、二十日分作業として一日二回を通例として認められると判断して四十回分三百二十タレルが支払われる。
これらについてはそれぞれ証人名簿を後に示す。
検察官と弁護人は確認後、署名すること。
以上が弁済金の根拠の理由である。
最後に、被告人の身分である。
被告人は現在、土地資産を保たない、無納税者であるため公証権市民権のない状態である。
だが一方で、伝馬便の配達員として組合員登録をしている。
このことで、労務者としての永続性を担保している。
従ってデカート市内における永住権の最小条件は満足している。
また、被告人は学志館初等部に学費受講料の納付満了している在学生であることが、学志館学生課より身分証明がなされた。
このことは、将来において学士研究者等の公証権の獲得を通じて納税義務を満たすことで市民権を得る可能性があることを示している。
つまり、被告人は現在においてデカート州として公式の市民権を持ってはいないが、将来においては十分な資格を持つ可能性のある人物であると本法廷は認める。
デカート州の伝統的な教育機関に在籍し、また通学をおこなうだけの勤勉さを持った将来の柱梁たる人物を、一時の不遇を理由に遠方に放逐することは、本法廷の望むところではない。
従って、本法廷はデカート州司法庁として被告人ムーチリチオチョンを無頼の者と扱ったことについて不明を述べ謝罪とする。
これらを以て、判決文全文とする」
検察側は騒がしいが、検察官自身は途中で様々に自陣の不手際を自覚していたのか、落ち着いていた。
むしろ、ロゼッタのみたところ、公判の始まる前よりもサバサバしているようにさえ見える。
「ええと、どうすればいいんだろう」
ムーチョがロゼッタに尋ねる。
「落ち着いたら、釈放の手続きをしましょう」
検察側の動きが少し整って、人の流れが切れ始めたところでロゼッタがムーチョを促して立ち上がったところで、検察官が近寄ってきた。
「なにか?」
近寄られると身長差が思ったよりもある。
騎士の鎧でも着ているような体格だった。
武器があればなんでもないが、なにもないと流石に少し怖い。
相手はロゼッタのそういう内心にはお構いなしに自分の用件を切り出した。
「いや、いまさらなにもない。およそこちらの不明の積み重ねであることは、先程の判決のとおりだ。いくらかこちらから言ってみたいこともあったが、時間の無駄だったろう」
「こちらとしては、勉強不足が露呈する前にお手柔らかに切り上げていただいて助かりました」
軽く目礼をする。
「いえいえ。こちらこそ。ところで、どなたに師事をなさっておられるのですか」
相手が公判後に探りを入れてくるのはシナリオ想定外だったので、ロゼッタは対応に困ってしまう。
「師事を、と申せるかどうか、先様がお気を悪くされると困るのですが、イノール弁護士はご存知でしょうか。先般ご指導いただいておりました」
「イノール弁護士というと、証拠は足で稼ぐものだ。というあの方ですか。なるほど、あの方のお弟子さんであれば手強いわけだ」
「はぁ。あの。ありがとうございます」
「ジャスティ・ビリーバーです。よろしく」
力強い大きな手にガッチリと手を握られて振り回されながら挨拶を交わした。
「ロゼッタ・ワズワースです」
ともあれ、公判は結審を迎えた。
セダンで通れる道を使って伝馬便の番屋に足を向けムーチョを届けてから、走りやすい道を使って遠回りをして春風荘に帰ってきた。
すっかり陽は陰っていたが、セダンの灯火は不安を感じさせないまま家路を照らしていた。
「なかなか、かっこよかったですよ。決闘するかって啖呵切った辺り」
アミラは二階から見ていたらしい。
「見てたの?やりすぎかなって思ったけど、あのへんがアタシらが街場のヒトに勝てるほとんど唯一のところだからね」
「いいんじゃないですか。上手くいったんだし。引き時だけわかっていれば」
「難しいこというわね。アンタ。年下のくせにお姉ちゃんみたい」
「ロゼッタのほうがなんでもできてすごいと思いますよ」
「そうかしら。そう言ってくれるの嬉しいんだけど、なんかそうでもないの。自分でもわかってるのよね」
事件の起こりにしたところで、司法庁の人々に日々の怠慢があったとして、具体的な悪意があったというわけではない。
公人としての立場ではないロゼッタの立場では、実は怪しげだったいくつかの手続きについて、主家の名前と公証を私した、という印象と実績もある。
そもそもに彼女の立場では友人を勝手に助けることが実はできない、という単純な事実を法制度上の矛盾として発見しており、リンス判事とはまた別の法制度の懊悩、そしてその法制度哲学の背景をイノール弁護士との数日のやりとりで薄々理解してしまったために、文明の野蛮について悪しざまに語ることはできないと思い知るようになった。
だが、それをアミラに説明したとして、彼女が共感してくれるとはあまり考えにくい、とロゼッタは感じていた。
これは、同じ文明の迷路を駆け抜けた文明ネズミでないとわからない感覚だろうと思ったのだ。
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