舞うが如く11話-3「反撃」


 議事堂のドアを破り、叛乱軍の武装兵士達が大波となってなだれ込んできた。装備や服装は不統一だが、足並みや呼吸は揃っていた。紛れもなく、小さな軍隊として、キチンと機能しているようだ。


 先頭にいた指揮官らしき男が、拳銃で威嚇射撃を始めた。

 逃げ遅れた避難民達が悲鳴をあげながら床に伏せる。散り散りに立っていた自警団員は武器を構える用意も整わず、同じく避難民の群れの中で動きを封じられた。


 ミズチは龍の尾で床を叩いて飛翔。避難民達の集まりを飛び越えて、一気に叛乱軍の眼前に着地する。

 素早く刀を抜き、突きつけられた銃剣の針山を睨む。


「我々はぁ、暗愚なる大公の治世を憂う、決起軍でぇあぁるぅ!」

 指揮官が拳銃片手に名乗った。

「これよりぃ、このイカサの地をぉ、決起軍本拠地として接収するぅ!暗愚なる大公に与しぃ、既得権益を貪り食う役人共を一掃しぃ、真なる自由を与えんとぉ……」

「おい、貴様」

 ミズチは口を開こうとしたが……。

「黙らっしゃい!」

 と、彼女の声を上回る怒号が背後から飛んできた。


 振り返ると、執政主のカナタが佇んでいた。彼は杖をつき、役人のカナタに支えられながら、人垣の中をゆっくり進む。

「ここは議場ぞ。如何なる主義主張も、暴力で通すことは許さぬ。その様な道理も知らぬのなら、即刻、お引き取り願う!」

 老人の表情や声は冷静そのもの、理性に溢れていた。しかし彼の全身からは、ふつふつと激情が湧き上がっていた。


 しん、と場が静まる。勢い付いていた叛乱軍兵士達でさえも、カクハの鬼気迫る迫力に気圧されてしまっていた。

「き、きさま。貴様あぁ! 我々を愚弄するかあぁ!」

 指揮官が拳銃を持った腕を振り回す。手に力が入った弾みで引き金が引かれて、銃弾が飛び出してしまった。


 一同が首を引っ込める中、カクハだけが動じない。彼はまっすぐと指揮官を見て、言葉を繋ぐ。

「老人の戯言に怒る程度では貴様らも未熟だな。その様では、貴様らの治世も暗愚だろうて」

「黙らぬか、下賤な役人め!」

 指揮官は顔を真っ赤にさせて、カクハに銃口を向けた。


 カナタが「ひゃっ」と、声をあげて身を低くする一方、カクハは身じろぎひとつしない。

 慌ててミズチは間に入って、カクハを庇うように立ちはだかる。

「おじ様!」

 と、ミズチは小声で呼ぶ。

「すまんな。歳をとるとな、つい余計なことを言ってしまうのだ」

 カクハは肩を竦めて言う。何十丁もの銃に狙われているというのに、ちっとも恐れを抱いていないようだ。


「ごちゃごちゃ煩い!貴様らは処刑だ、極刑だぁ!銃兵、構えい!」

 指揮官が号令をだす。小銃隊は新旧様々な小銃を構え直して、狙いをミズチ達に定めた。


(ボク一人では……)

 ミズチは歯を食いしばった。

 するとカクハが不意に口を開いた。

「運任せというのも、強ち捨てたものではないようだぞ」

「え?」

 女剣士の疑問の声は、馬のいななきによってかき消された。


 直後に広間の大窓を破って、一頭の白馬が突入してきた。馬には男が跨っていた。

 男は紅白の手綱を握りしめて、馬の腹を蹴った。呼応した馬が鬣を振り乱しながら叛乱兵の塊まで迫る。そして、狼狽える彼らを後退させていった。


 ミズチをはじめ、大勢が突然の事態にア然とする中で、男が馬から悠然と降りた。

 そして、男の容貌を一目見ると、それまでア然としていた一同は、そろってギョッとした。


 髷を結った大きくて扁平な頭、つぶらな眼、二本の長い髭と広い口。それは「まるで」という例え通り越した、正真正銘のナマズ顔。

 いわゆる魚人間だ。

 そんな面妖な男が、皺一つない白い着物に波紋様の袴を身につけて、腰には大小を二本挿している。


 面妖を地で行く姿ではあるが、それも見慣れてしまったミズチにとって、この魚侍は、心強い援軍であった。


 更に馬が破った大窓から、これまた魚面の士族達が、ぞろぞろと入り込んできた。

 鯖に鮪、ハゼ、フグ、タコと、種類様々な魚人間がナマズ男の周りに展開する。


「何奴!?」

 叛乱軍の指揮官が裏返った声で叫ぶ。

「余の顔を知らぬのなら教えてやろう。貴様らの仇敵だ」

「なにぃ?」

 訝る指揮官だったが、正体に気づいた途端、言葉にもならぬ声をあげて、盛大に驚いた。

「まさか……な、ナマズ公!?」


「このお方こそ、元大公家剣術指南役、ルル家ダ権守ヒョウネン様なるぞ。者ども頭が高い、ひかえおろう!」

 ナマズ公の側で、小柄な老魚男が声を張りながら、手のひらほどの印籠を掲げてみせる。


 しいぃん。

 どよめいていた場内が急に静かになった。そればかりか、かしずく者は一人も現れなかった。

「あの、ナマズ……じゃなかった、ダ権守様」

 そっと、ミズチはナマズ公に近付いて、耳打ちする。


「なんだ?」

「今の口上、なんなんです?」

「大公家に代々伝わる名乗り文句だそうな。なんでも、先先代の副将軍が、この印籠の力で数々の悪事を鎮めていたとか何とか……」

 ミズチはチラリと叛乱軍へ目を向ける。

 指揮官を除いた全員が、ギラギラと目を光らせて、殺気だっていた。


「ちっとも鎮まってないんですけど!?」

 と、耐えかねたミズチが声をあげた。

「ふむん。おかしいな」

 ぽりぽりと太い指で頬をかくナマズ公。

「ダゴンちゃん。助けに来たんなら、さっさとそいつら倒しちゃってよぉ!」

 人垣の奥から声があがった。


 声の主はぴょんぴょん跳ねて自らの存在を知らせようとしている。ダ権守の細君、イハだ。

「すまぬ、イハ。もうしばしの辛抱だ」

 と言うと、ナマズ公は腰の刀を引き抜いた。

 普段携帯している刃引きではない。反りの浅い湾刀だ。

「総員、突撃!あのナマズを討ち取れ!」

 叛乱軍指揮官も鞘から刀を抜いた。


 そして、

(デーンデーンデーン♪デデデデデデデーンデーンデーン♪)

 ……などという伴奏を合図に、敵が一斉に突撃を始めた。

(毎度のことだが、どこで演奏しているんだ、この曲は?)

 ミズチはチラリと考えたが、すぐに振り払い、迎撃の態勢をとった。

 敵の多くはダ権守めがけて殺到していた。一気に大物を仕留めてしまおうという心算のようだ。


 そのような敵集団を、ダ権守は真正面から受け止めた。迫り来る銃剣の数々を切り払い、即座に反撃の一太刀を浴びせていく。

 士族風の兵達が、左右から刀片手に突貫を仕掛けた。これも最小限の動きで躱して、バッサバッサと薙ぎ払う。


 最初の勢いを削がれて、叛乱軍の動きが鈍った。ナマズ公が開いた先端を、後続のミズチが暴れて広げる。ナマズ公とは対照的に、女剣士は自ら敵の懐へ飛び込み、反撃の余地を与えぬまま斬り伏せていった。


 こうして、ミズチ達の反撃が始まった。

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