びゅーという風が吹いた。その風が白い霧を大きく動かしていた。柱の影に座りながら、モノはそんな風の音に耳を澄まし、大地の中でうごめく白い霧の動きをじっと見つめていた。

 モノはほんの束の間の休息の中で、彼女のことを思った。モノは彼女の姿をその頭の中に思い描いていた。彼女はいつものように笑ってはいなかった。感情を押し殺し、まるで人形のような表情のない顔をしていた。モノは彼女に笑ってほしかった。ずっと自分を押し殺していた彼女がほんの束の間の間、まるで雲間から顔を出す一瞬の太陽の光のように、暖かく、輝くように、にっこりとした表情で笑うことをモノは知っていた。

 今にして思えば、彼女が自分を押し殺して生きていたのは、それは自分の運命を、村のために生贄になるという自分の未来の姿を、彼女自身が知っていたからなのだとモノは思った。

 彼女はどんな思いをその心の中に抱きながら、『十五年の歳月』を生きていたのだろうか? そんなことを想像すると、モノの胸は張り裂けそうになるくらいに痛くなった。

 モノは荷物袋を背中に背負い直すとその場に立ち上がった。そしてまた巨大な石造りの古い橋の上をときどき吹く強い風に煽られながら歩き始めた。

 風はとても冷たかった。風はとても痛かった。その風の中で、モノは彼女に会いたいと、切実に思った。

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