318話 母親

『私、唯ちゃんの振袖姿見てない』


「……送ってないしな」


『写真、撮ったんでしょう?』


「まぁ何枚かは……その、可愛かったし」


『送りなさい』


「母さん、唯に執着しすぎだろ……」


いつでも娘として迎えたいと昔から言っていたが。唯も母さんに懐いてるし、それ以上に母さんは唯にデレデレだったりする。文化祭で唯の接客を受けれず1週間ほど暗かったらしいし。


「昔、何度も見ただろうに」


『年々可愛さが増すんだから毎年見ないといけないでしょ?』


「分かるけどさぁ!?」


俺がキモいのは分かってるが、俺と意見があってしまう母さんも中々にキモいのではと思ってしまった。実の母親であり尊敬もしてるが、あまり関わりがないからか、両親について最近になって気付くこと、知ることも多い。


「おや?私の写真かい?」


ソファに座ってスマホを見ていた唯がこちらの会話に気付いたのか、にひひっと笑いながら近付いてくる。風呂上がりだからか、シャンプーの匂いが香ってくる。

なんで唯さんはそんなに無防備なんですかね。俺、もしかして舐められてる?


『……あら?唯ちゃん、そこにいるの?』


「あ?えっ……」


……一切伝えてなかった。いや連絡がつかないので伝えようがないのだが。しかしこの状況は確かにまずい。やむを得ないとはいえ、やってることは半ば同棲に近い。電話越しでも向こうの温度が下がっていってるような気がする。


『……葵?』


「……あ、あぁ」


『羨ましい……』


「………………………………………………はぁ?」


怒られると思ったが、あまりの違いに困惑する。え?同棲だよ?さすがにおかしいと思わない?もう1回言うけど同棲だよ?いや、怪我治ったら帰らせるけども。


『ま、別に節度さえ守ればいいんじゃない?と私は思うけど。奏さんが何と言うか……真面目に学校も行ってるんでしょ?特に問題が無ければ私は何も言わないけど』


真面目に学校も行かなかったし節度はボロボロだが、それを言ったら今度こそ何してくるのか分からないので黙っておく。親を騙すの、非常に心が痛むな。


「いいじゃん。君の大好きな私の可愛い振袖姿の写真、人に見せたくないのは分かるけどさ?朋恵さんになら見せてもいいんじゃない?もちろん、君の独占欲は嬉しいけれどね」


「お前ちょっと黙ってろ」


「むぅ……」


『女の子には優しくしなさい?葵、蓮さんに似てイケメンに育ったのに、そういうのは良くないと思うわよ?』


「母親に言われると何となく否定しずらいからやめてくれ」


いつまでも仲睦まじい夫婦だこと。夫婦円満すぎて胸焼けしそうになる。胸焼けするほど家にいないが。


「とりあえず写真な。気が向いたら送る。もう少し独占させてくれ」


「やっぱ私のこと大好きじゃん。にっひひひ♪」


『はいはい……じゃ、仕事戻るわね。あ、そうだ。葵』


「んー?」


『避妊はしっかりね?』


「余計なお世話だ!」


ケラケラと笑いながら通話を切られる。唯には聞こえてないそうだが、とんでもない爆弾を置いていきやがった。……してるっての。


「ど、どうしたの……?」


「あ、いや……その、なんでもない。いつもの親バカだよ」


「そう?なら……ふふっ、大好きな私に思いっきり甘える?ぎゅーってしてあげよっか」


「恥ずかしいんだが……」


「誰も見てないからへーき。ね?おいで?」


首を傾げて、腕を広げて。可愛い顔、吸い込まれてしまいそうな美しい真紅の瞳にじっと見つめられている。

表情こそ柔らかい……が、なぜだろう。早く来いと圧を掛けられてる気もする。


「おっ、なーんだ。やっぱり葵は甘えんぼさんだ」


「来なかったら拗ねるだろ……」


「ふふーん!あまり私を子供扱いしないことだね!ちょっと明日の朝まで口聞かないだけさ」


「それ拗ねてんだよ」


やっぱり唯はめんどくさい。ただ、それでも一緒にいたくなるのは好きだからだろう。恋愛とか、正直今でも全く分からない。一人でいる時間が好きだし人に合わせるのは苦手だ。

ただ唯だけは……こいつのわがままには付き合っていたくなる。どこか頭がおかしいのかもしれない。いや、実際おかしいのだが。俺も唯も。だから一緒にいられるのかもしれないし、好きでいられるのだろう。


☆☆☆


「暇」


「葵、そんな運動大好きっ子だっけ」


いや別に好き好んで運動はしないが、こうして突っ立ってるのは暇だ。当然ながら見学のため50分間は暇を持て余す状態となる。

遊んでると怒られるし、かと言って何もすることがない。あぁ、暇だ。本当に暇。暇すぎてひまわりになったわね。


「他の授業はいつも通りだからいいけどさぁ……体育好きじゃないけど、見てるだけなのは暇すぎる」


かと言って動けないので見てるしかないが。ちなみにマラソン大会も終わったので残りはほぼ遊ぶだけだ。ドッヂボールだったりバスケだったり各々自由にやってる。玲も加わって楽しんでいたが、少し疲れたのか隣に立っている。


「でもいいよね。こういう馬鹿騒ぎって言うのかな。縛るものが無いから自由にやってる感じ。楽しいもん」


「それは思うな。見てるだけだとクソ暇だが」


「僕、葵とも遊びたいなぁ」


「おう全治が長引きそうだな」


「そ、そうじゃなくて!休日とか……僕と全然遊んでくれないじゃん」


「俺と遊んでもそんな楽しくないと思うけどなぁ……」


「そんなことないもん!」


自虐気味に言うと玲が大声でそれを否定する。なんだなんだと視線を集めるが、それには気付いていないらしい。

ただまぁ実際、面白い話は出来ないし人を楽しませる特技があるわけでもないので退屈させてしまってるかもしれない……と言うのはよく思ってしまう。

ただ玲はそれにご不満らしい。理由は分からないが。


「自分を卑下するの、良くないと思う」


「いや、でもな……」


「僕、葵に憧れてるって言ったよね?」


「あ、あー……そういやそんなことを言ってた気がしなくもないな」


正直忘れていた。理由もしっかり語ってた記憶はあるが、それでも「俺に憧れてるって大丈夫か?」と思ってしまって完全に頭から消えてしまっていた。

憧れる要素がどこにあるかも分からない。少なくとも俺はそんな立派な人間じゃない。

……悪い気はしないが、なんだか恥ずかしい。


「……ま、まぁ遊ぶんなら誘ってくれ。ついてくから」


「あ、顔赤くなってる」


「うっせ」


「じゃあ怪我治ったら遊びに行こうね!僕、楽しみにしてるから!」


「おう。まぁそんときな」


「うん!そんときそんとき」


……なんか、懐かれてる気がする。どことなく犬っぽいなと思ってしまった。いや犬飼ったことないし分からないが。

雄二と茜が玲を呼ぶ。適当に遊ぼうとのこと。少し休んで遊びたくなったのだろう。それに笑顔で玲は応えた。


「玲」


「ん?どうしたの?」


「その、だな……まぁ、頑張れ」


何を頑張るのか。言ってしまえば今、この体育館で行われてるのは遊びみたいなもんだ。それを頑張るって……今日俺頭おかしいな。

ただ玲は笑って拳を突き出す。


「……?」


「あ、あれ?そういうのじゃない……?頑張ろって思ったのになぁ……」


「あ、あぁ……そういうことか」


その拳に自分の拳を合わせる。それを見た玲がまた満足気に笑顔を見せた。何だか照れくさい。


「じゃ、行ってきます」


「ん、行ってら」

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