第18話 疲れるお喋り
ラキスの脈絡がない言葉を、頭の中で纏める。
その間も彼は、犬に似ているが犬ではない、犬との違いを延々と説明し続けていた。
「ここ最近、後を付けられている気がしていたんだが……あれは、やはりお前か?」
どうでも良いことが大半の言葉から、重要な部分だけを残す。
「茶色い犬の姿で、わたしを追跡していた、ということか?」
要約し、確認のため問う。
「違う」
「違うのか?」
「茶色い犬のような姿をした、けど犬などではないおれが、お前を追跡していたのだ」
「……そうか」
街中で気配を感じ振り返って、犬しかいなかったら気のせいだと思うだろう。
夜は珍しい金の毛色に気づかない。
(そういえば、犬ならば見た……気がする)
気配の相手がラキスならば、ひとつ悩みが解消されるわけだが、それだと彼が犬の姿になるのを認めなければならない。
「信じがたいな……」
「おれに追跡能力がないと言うのかっ!確かに撒かれはしたが……、それでもお前について行ったろっ!お前は妖獣の血で臭いからな。探しあてるのはちょっと時間は掛かりはするが、さほど難しくない。まあ、おれの鼻が優れているからだ。でもな、建物の中に入るのは卑怯だ。匂いが薄くなる。……でもついにおれはお前の住処を突き止めたっ!寝込みを襲うのは卑怯?でもお前も卑怯なのでお互いさまってやつだ!そう……誘導尋問なのだっ!誘導尋問も追跡能力に含まれるのだっ!馬鹿なお前が住処をばらしたのが悪い。おれはちっとも悪くないっ。むしろおれの頭の良さを褒めるべきだ」
宿の位置を教えたのが、まずかったんだな、と反省する。
そして頭が悪いのに位置だけでよく、宿を特定出来たな、と感心した。
「だが……どの部屋を取っているかまでは、教えていなかったが」
「ひとつひとつ、窓を覗いていったのだ。おれは犬のようだが犬ではない。犬より百倍は身が軽く、目が良い。空は飛べない」
「そうか」
「お前、空を飛べないおれを馬鹿にしたな!飛ぼうと思えば飛べるはずだ。羽があればな。だが羽はない。羽がないのはおれのせいじゃない。そもそもおれは空を飛びたくない。……時々は飛びたくもなる。でも脚か羽を選べって言われたら、脚を選ぶ。脚を選んだから、羽はいらない。だから羽がない。羽がないから飛べない。羽がないのはおれのせいじゃないから、お前が羽がないことでおれを馬鹿にするのは間違ってる……。そもそもお前にだって羽がない。決しておれが羽のある奴らより劣っているわけじゃないし……おいっ、待て!どこに行く」
寝台から離れ、シアはドアへと向かった。
流石に猿轡をするのは可哀想な気がする。
しかし彼のお喋りに付き合うのも、頭が痛い。
「話はまだ終わってない。いや、別にお前と喋りたいわけじゃないっ!けど、どっか行くなら、これ外せ。おれを自由にしろ」
「大人しくしていろよ」
「はずせっ!馬鹿っ!死ねっ!」
罵倒を背中で受け、シアは部屋から出る。部屋から出ても、ラキスは怒鳴り続けていた。
シアは前髪を掻き上げ、深い溜め息を吐いた。
(あれと話をしたところで、答えなんて見つからない。そもそも会話にもならないし、混乱するだけだ)
尻尾が生えてくる。生えてきたら妖獣の姿になれる。
ラキスはそう言っていたが、嘘か誠か定かじゃないのに待ち続けるのは時間の無駄である。
シアはギルドに赴き、レドモンに相談することにした。
足を洗ったといえど賞金稼ぎとして経験豊富で、ギルドでの地位もある。
人型になる妖獣の話を聞けるかもしれないし、そんな妖獣の存在を知らなかったとしても、助言くらいはしてくれるはずだ。
ギルドの一員であるシアの命を狙ったのだ。ラキスの経歴を調べ、処理してくれるかもしれない。
手に余るので、彼のことは全てギルドに任せてしまいたい。
(後味が悪いから、そういうわけにはいかないが……)
殺されかけたというのに、同情するのは……彼がとても馬鹿だからである。
冷酷なだけの殺人者ならば、きっとギルドに一任していた。
人を殺すのは嫌だし、剣を人の血で染めたくもない。
だけども黙って殺されるほどお人好しではない。
自分の命と他人の命では、己の方が重い。
人を斬らなかったのは、どちらかを選択せねばならない状況に陥ったことがないからに過ぎない。
(頭が悪いから……誰かに唆されている可能性もある……。誰かがわからないけれど……?)
……何にしてもラキスの処遇は、レドモンと話をして、それからだ。
その上でシアが決める。
本当に妖獣だった場合も、その時に考えることにした。
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