第10話 (略論)京都学派 西田哲学
「まぁあくまで打ち合わせだから、こんな大袈裟にする事はないんだけれど…」
と義一は、一人で苦笑いを浮かべつつボソボソ言いながら、私と同様にメモ用紙を取り出していたが、それと同時に懐からポケットサイズのレコーダーを引っ張り出した。
それがテーブルの空いてるスペースに置かれたので、興味が惹かれて見てみたのだが、すぐにそれに見覚えがあるのに気づいた。
そう、これは以前に雑誌の座談会に参加させてもらった時に見たのと同じ物だった。
義一は説明を敢えてしなかったが、要は今の打ち合わせと称する議論から良いのが生まれたとしたら、それをこの場限りにしとくのは勿体無いと、あわよくばそれも雑誌に掲載しようという魂胆が見え隠れしていた。
…ふふ、もうすっかり、何もこの手について知らない私の意見ではあるが、一端の編集長らしい行動だと感想を抱いて、実際に一人でに笑みを小さく零すのだった。
義一「では早速ですけれど…ふふ、当初の予定通りですね、最近…でも無いですか、佐々木先生が数年前に出された、”西田幾多郎”の思想についての解説本と言いますか、入門書としてはかなり優れていると、僕如きが言うのはおこがましいですが、その様な感想を以前から抱いていまして、既成の価値観が大きく揺らいで、価値の根源を人間の心理と生理の深みに於いて把握するというのが、まぁ…ふふ、西田幾多郎の名前からそのまま”西田哲学”と呼ばれるものだと、とりあえず大まかには合ってますかね?」
佐々木「ふふ、綺麗に纏めてくれてありがとうございます」
と佐々木もすっかり座談会モードだ。
私はこの間、慌ててなぐり書きになってしまいつつも、今義一が説明してくれたのを、なるべくそのままにメモに書き入れた。
ただまぁ…ふふ、普通な議論をしたいと思っていたので、唐突に座談会形式になってしまったこの展開は、厳密には私の望むのとは若干違っていたのだが、編集長らしい言葉遣いを突然使い始めたのに始まり、これまた突然に前触れもなく”西田幾多郎”、”西田哲学”という名前が出てきて、名前だけどこかで聞いたことがある程度ではあったのだが、それほどに未知であるが故に、すっかりこの段階でワクワクするあまりに笑みを零しつつ、既に自分のメモに二つのテーマを書き入れていた。
あまりにも集中していたせいか、横から師匠が興味深げに覗き込んできているのに気付かずに、その様子は後に美保子に教えて貰って初めて知ったのだった。
義一「ふふ、ありがとうございます。では早速ですね…ふふ、先生には、ここにいる琴音ちゃんや沙恵さんだけのみならず、美保子さんや安田先生、それに勿論、門外漢の僕のためにも、まずはこの西田哲学について、さっきの僕自身の浅い物言いを訂正する意味でも、どうぞ説明をお願いします」
佐々木「アッハッハ。義一くんは本当に、悪意がないのは分かるんだけれど、変に自分を卑下して、その代わりに相手を妙に持ち上げて、それでハードルを高くするんだからなぁ…ふふ、でもまぁ、私自身も理解が決して深いとも思わないですが、話してみましょうか」
義一「ふふ、お願いします。…と、その前にですね、恐らくコレから話に入ったほうが、何かと分かりやすいと思うので、敢えて僕から話を振るんですが…先生はどうして、そもそも西田哲学について関心を抱いたんですか?」
佐々木「そうですねぇ…ふふ、私は先ほど自己紹介した通り、東京生まれなんですが、実家は実はお寺なんですね」
琴音「へぇー、お寺ですか」
佐々木「そう。それのせいでと言いますか、仏教的なものに囲まれた子供時代を過ごしてきまして、ぼんやりとですが、幼い頃から”無常感”と言いますか、『世の中というのは儚いな』、『何だか遣る瀬無いな』と、そういったものに関心を抱く様な、そんな子供ではあったんです」
琴音「あー…なるほど…」
と自分で思い当たる事が今話されてしまったので、思わず口から零れた。
佐々木「ふふ、ただまぁ、関心は抱いても、それを突き詰めようという気は起きずに、親も寺の住職だった割には、自分の息子に寺を継がせたいみたいな考えも希薄だった様で、そのまま普通に一般的な大学生になりました。なので、俗世の中で生活を送っていたんですが、しかしですね、そんな幼少の頃の記憶というのは、不思議なもので意外にずっと深いところで残っていたのか、そこから今触れることになる、いわゆる”無”というものに関心をずっと抱いているという、自分にふとある時に気づいたんです」
琴音「”無”…ですか」
と私が呟くと、義一が私のメモの余白に”無”と書き込んでくれた。それを師匠が隣で眺めていたのは言うまでもない。
佐々木「『何だかこの世の中虚しいな…』、『何だか儚いな…』何か充実しようとして楽しいことをやろうと言うよりも、むしろ、どちらかと言えばLifeという意味での”生”というのは苦しい方向へと傾いていって…」
「あー…」
と、ここでは私だけではなく、何と…と私は強調しておきたいが、師匠も混じって皆で揃って声を漏らした。
佐々木「その苦しいのを、どうやって上手くやり過ごすかっていうのが人生だろうと、昔から、それこそ子供の頃からそんな感覚を、ここまで自覚していなくても持っていた様な気がするんですね」
義一「なるほど…」
佐々木「で、そこで出会ったというか、それこそ昔にも一度は読んでいたはずなんですが、歳とってから西田幾多郎を読み返してみると、西田というのは正にそういった問題意識を持ちながら、当時の時代背景もあり相当苦しい人生を送りながら、やり繰りしつつ、それを哲学まで高めた…というのを再発見しましてね、それで一つ、自分なりに纏めてみたいと思って、本を出したわけです」
義一「なるほど、いや、ありがとうございました。昔から、それこそお釈迦様の昔から、人間には”欲”というものがあって、欲があると苦しみが生じて来るんですね。少しお金を稼いでも、欲があるばかりにもっと稼ぎたいと、もっとお金が欲しいと際限なく欲してしまうと」
琴音「うんうん…」
義一「それが耐えがたい苦しみになる訳だけれど、その苦しみが続くと生きてる事自体が”虚”、虚無の虚だね?虚になると。でまぁ欲から脱するというのが、簡便的に言えばそれが”悟り”って事になろうかと思うん…ですが、そういう事とは違うんですか?」
佐々木「ふふ、いやぁー、決して別の事とは言えないと思います。翻って考えてみると、現代社会というのは、それぞれの人が自分の欲望をどれだけ満たすことが出来るのか…これが人生の充実だという考えが、どこまで自覚してるのかはともかく強いですよね?」
「そうですねぇ」
と、何か思い当たる節があったのか、この座談会の中では静かだった美保子が、シミジミと合いの手を入れた。
佐々木「敢えてカッコ付きで言わせて頂くけれど、”自由”だとかね、幸福の追求の権利だとか…そう、もう軽々しくそれら全てが人間の権利と言ってしまう、軽々しく価値観と照らし合わせる事なく何も考えないままにしておくから、際限なく権利が肥大化していって、それに伴い皆の欲も爆発的に膨れ上がって、結果として、当然皆の欲望が等しくぶつかる事なく解消できる訳もなく争いも起こるし、何で自分だけウダツが上がらないんだと嫉妬も生じるし、そういった非常に窮屈な社会になってしまっているのが、今の近代という時代の一つの姿だと思うんです」
「なるほど…ねぇ」
と、ここで初めて一人で師匠が相槌を、しかも納得してる風に打ったのだが、この時の私はというと、それに気付かずに、ただ必死に話について行こうと集中していた。
義一「そうですねぇ…要は近代人というのは、ここ数年に限らないですが、今もやたらと環境問題が云々カンヌンって言っていますが、彼らの話を聞いてみると、要は今自分たちがいる環境というのは、もっと良くなるはずだと、これはまぁ技術文明に有りがちな典型的な病魔の一つだと思いますが、人間というのは間違いを起こさないんだと、たとえ技術がいくら進んできたとは言え、まだまだ不十分な部分が大きい訳ですけれど、そのような現実を無視した理想だとしても、唱え続けていればいつか叶うはずだと、これも恐らく彼らは自覚はしていなくて、自分たちが如何にも人道的な博愛精神に満ち溢れてると思い込んでるのでしょうが、結局はこれも欲望の一つの形態であって、欲にこだわり続けている限りは、どうしたって苦しみから逃れられないと」
琴音「あー、うん…」
義一「そのことを悟らずに、卑近な例で言えば、巷では政府を含めて小手先の政策論が交わされていると、それについて、佐々木先生は憂いていて、その切り口はどこにあるかを探された結果、”無”に辿り着いた…って解釈は、あまりにも単純過ぎますか?」
佐々木「アッハッハッハ。まぁ私自身はそこまで考えてもいませんけれどね」
義一「ふふ、そんなご謙遜を。でもこの”無”ということなんですが、私自身、これがどんな意味なのか、どういう風に解釈すれば良いのか、よく捉えられないという残念な現実があるんです」
琴音「あ、私もそう…です」
と、ここで佐々木と視線が合ったので、後から付け足したのが丸わかりな調子で丁寧語を足したのだが、佐々木はますます笑みを強めるのみで、目の色も見守る様な、そんな温かみがあった。
義一「ふふ、だって先生、死んでない限り、生きてますよね?欲といえば言い過ぎならば、言い換えれば生きてる限り何かを選びますよね?生きるって事は、何かを選んで、何かを捨てるって事でしょう。それもまた欲ですよね?」
安田「あー…」
佐々木「そうなんですよねぇ。ただその場合…ふふ、ここから少し込み入ったというか、小難しくなっていくんですが…」
義一「…あ、ふふ、この子のことなら、前にも言った様に全く大丈夫です。…だよね?」
琴音「え?ん、んー…ふふ、勿論というか、ここまでの時点で、既に中々に難しい事は難しいのですが、しかしそれでも、話を全て理解できるかはともかくとして、ただとても知的好奇心が満たされるというのだけは、その…確かなので、差し支えなければ、このまま議論を続けて下さい…ませんか?」
と、あらゆる方向から話している間は視線を感じていたのだが、特に顔の左側にヒリヒリしたのを覚えつつも、佐々木に頼む様に言った。
すると、佐々木は一瞬真顔になった様に見えたが、しかし直後には「アッハッハ」と朗らかに笑い飛ばしつつ口を開いた。
佐々木「あー、そうかい?ならばお言葉に甘えて…ゴホン、さっき義一くんは”選択”について議題を出してくれたけれど、選ぶというのは、まずこちらに選ぶ”私”がいて、つまり、『私が私の意思で選んでいるんだ』と、今ここに飲み物が置いてあるけれど、『これは私が選んだ飲み物なんだ』と、私が選んだと考えてしまうと厄介なんですよ」
琴音「え?それはどういう…」
佐々木「ふふ、もう少し砕いて言うとね、今君はアイスティーを頼んで…うん、実際に君が選んでそこにあるんだけれど、ここには…ふふ、都合が悪い事に、お酒しかないから例を出し辛いんだけれど…ふふ、例えばさっき君は、沙恵さんの頼まれたリンゴ酒、その入れ物についてだけれど、とても綺麗だと感想を漏らしたよね?」
琴音「はい、そうです」
佐々木「で、これがわかり辛いかも知れないけれど、君が仮にお酒の飲める年齢だとして、しかもお酒が好きだとする…でも君は、まだ沙恵さんが注文したリンゴ酒の存在を知らなかったのもあって、元々好きなアイスティーを頼んだんだけれど、しかし、こうして沙恵さんの注文してきたものが現れたその時、『あ、綺麗だなぁ…私もあれを注文しておけば良かったなぁ…』って、思ったりして、下手したら後悔したりしないかな?」
琴音「あ、あぁー…なるほど」
と私は、馬鹿正直に言われるままに、テーブルに置かれた師匠のリンゴ酒を眺めつつ返した。
佐々木「ふふ、でも仮に、”私”が選んだと思わなかったとしたら?つまり、自分ではなく”選ばされてしまっているんだ”と、何者かによって…そういう風に考えた方が、というか構えていた方が、欲そのまま直接に振り回されるよりも、楽なんじゃないかって思ったりするんです」
義一「楽か苦しむかはともかくですね…ふふ、反対したい訳じゃないんですが、西田幾多郎に戻りますけれど、こんな風に解釈してはいけないんですか?彼が活躍した時代というのは、第二次世界大戦の真っ只中で、日本国家が選んだとかそんなレベルではなく、ある種歴史の歯車の中にいる故の必然として、大戦争へと入って行くと。どこかあの時代の動きには、運命とか、福田恒存風に言えば”宿命”とでも言って差し支えの無いような、必然の真っ只中に入っていった訳ですが、この必然というのも、選択した結果とも言えませんよね?勿論色々と選んではいるんですが、細かい議論は今は置いとくとして、選ぶ、選ばない以前の問題として、”選ばざるを得ない”という状況、つまりは、選択肢が一つしかない状況というのも有り得る訳でして、それは選択とは言いませんよね?…ふふ、これは議論のために、敢えて反論チックな話を振ってるんですが」
佐々木「アッハッハッハ、そうですねぇ…」
琴音「うん…」
義一「あの時代の日本人は、滅びる事しか選択肢せざるべからずと、そういう時代背景の中で生まれたのが、西田哲学と言っても良いんでしょうかね?」
佐々木「それは随分とあると思いますね。今の時代でも、最初に話が出た様に、”自由”というものが決定的な価値となってしまって、どの国も、どの人も自分の自由を拡大したいと。その行き着いた先が、今現在のグローバル社会だとも言えなくも無い訳ですが、その行き着くところがどうなるかと言うと、自衛という名目で、他の国との間で軋轢を生む事になるだろうと、そう思いますね」
安田「あー…」
佐々木「これは今世紀版の帝国主義と言っても、私個人の感覚からすれば、全く言い過ぎでは無いと思うのですが」
義一「僕も同意見ですね」
佐々木「それと同じ状況が、既に今から百年近く前の1920年代から30年代にかけて生じていた歴史的事実なんですね。当時は帝国主義の時代ですし、そもそも帝国主義じゃ無い国は一等国と欧米から見做されない時代背景がありまして、その中で日本は同じ轍を踏むのかなどなど、これは大きな課題だった訳です。初めは欧米に追いつけ追い越せと行くんですが、しかし途中から、その欧米的秩序はやはりおかしいんじゃないかと、そういった考えが政官民同じ様に浸透しまして、それとは別の新しい秩序を作るんだと、その為には何かしらの確固たる対抗するための価値観が必要だというのに気づくんですね」
琴音「あー…うん…」
佐々木「秩序の裏には言うまでもなく価値観が存在する訳ですから。で、その価値の軸になる様なものを何にするかっていうので、まぁ西田は直接にはこの問題を扱った訳ではないのですが、結果として、西田の弟子たち、つまりは一般的にいうところの”京都学派”と呼ばれる人達が扱う事になりましたと。ですから欧州、アメリカ型の秩序、価値観に対抗するには、日本側でも対抗しうる価値観を打ち出さなくてはいけない訳で、それをまぁ右系統は安易に天皇を持ち出したりする訳ですが、京都学派の人達は、そんな単純な話に飛び付かずに、別の視点からどんなものが発見出来るのか、それを探し求めていたんだと思いますね」
義一「なるほど、という事は先ほどの話に引き付けて言うと、”私”が選んでいるんだなどとすると、果てしない苦しみ、果てしない諍いに巻き込まれるだけだと。確かに私は選んでいるんだけれども、私を超えた”何者”かの要求があってのことだと考えて、その何者かがどんな存在かと考えると、僕、佐々木先生、他皆々といるんだけれども、私たちの根源にある、存在を支えている、例えば真理なら真理だと、究極の真理とは一体どういったものなのかと、このことを問い詰めようと、もし仮にある程度の段階まで問い詰める事が出来るとしたら、選択せざるべからず、必然としか言いようの無い状況に対しても、どうにかそれによって状況が好転する事は無いにしても納得する事は出来ると」
琴音「あー、うんうん」
佐々木「そうですね。そういう事だと思います。西田は一方では哲学者として、純粋な哲学的関心として『世の中の究極的実在はなんなんだ?』と、この様なことを問題としていますが、そのまた一方では、今まで議論があった様に、今の日本が置かれている現状を考えてみた場合に、日本人にとっての究極的実在はなんなんだと、その様な問題意識があった様に思いますね」
安田「なるほど」
佐々木「そこで西田は面白いのが、西田は初めは西洋の哲学を学ぶところから始まっていて、マルクスにも手を出してみたりと、立場が良く変わっていきましたが、西田の主著である『善の研究』ですね」
義一「座禅の禅じゃない方ね?」
と義一がふと微笑みつつ、こちらに顔を向けると、私のメモの上に”善”と書いた。
琴音「あー、善の研究…うん、聞いたことある」
佐々木「アッハッハッハ、Goodnessの方ね?」
と続いて佐々木も笑顔で注釈を入れると、話を続けた。
佐々木「1911年だかに西田はこの書を著した後、長い間沈黙するんですが、この間に彼の考え方というものが大分変わっていきます。先ほども軽く触れた通り、この間にマルクスの影響なんかも受けたりして、それによって変化を見せていくんですが、『人間というのは、歴史の中で生まれて、歴史の中で死んでいく。ただそれだけのものだ』と、それ以外のものは何も無いと。与えられた現実の中で、その中で産まれるんだけれども、周りの状況、環境によって自分が作られるのと同時に、本来存在しなかったはずの私がいるというだけで、状況、現実に対して働きかけていると、それを延々と繰り返しているだけだと、それがまぁ基本的な考え方になっているんです」
義一「んー…ふふ、西田にしろ、佐々木先生の話にしても賛成しないでも無いんですが…ふふ、”正し過ぎる意見”の様な気もするんです」
琴音「正し…過ぎる…」
佐々木「アッハッハッハ」
義一「うん。ふふ、というのはね、状況というものがあって、歴史というのは常に一回限りのものとして、第二次世界大戦は第一次世界大戦とは違っているし、そのまた前のクリミア戦争だとかとも当然違うしと、しかし確かにどこか類同というか、共通点も当然無きにしも非ずと…いや、何が言いたいのかというと、僕も先生も、それに…うん、琴音ちゃん、君や他の皆だって、別に頼みもしなかったのに、この世にポンッと産み出されてしまった…でしょ?」
琴音「うん…」
と私がすぐに同意を示す中、美保子や他のいつものメンツが頷くのは勿論の事、ふと右隣でも大きく頷いてるのが気配で分かった。
義一「ふふ、そうやって何の因果かこの世の中に生まれてしまって、今の状況に突如として放り込まれる訳だけれども、依然として人間はその状況の中で究極的な実在がなんであるか、それを考えるんだけれども、この状況自体を歴史と言って済ませられないんじゃ無いですかね?なんせ人間の意志とは関係ないんですから状況は」
佐々木「いやぁー…今義一くん、君が言ったことを含めて”歴史的現実”という言葉を、西田は使っているんだと思いますね」
義一「そうですか」
佐々木「だから、そういう意味では西田は徹底した”現実主義者”というか、”状況主義者”なんですよ」
義一「状況主義者かぁ…なるほど」
佐々木「状況をひとまず全て受け止めて…というよりも受け止めないとどうしようも無いと。だけど、そう受け止めるんだけれども、受け止めればそこから次のステップというか行く訳ですよ」
義一「おっしゃる通りですね」
佐々木「それはただ、選択の問題じゃ無いんですね。先ほど君が言われた通り、どうしようもない状況というのは存在する訳で、それに対する殆ど精神というより身体的な反応と言いますか、人間ならば自然と何も考えずともしてしまう、行為してしまう…という風な事があるだろうと。それを”行為的直感”と言ったりしますが」
義一「この場合の行為はアクションの方ね」
琴音「あー、好きって意味の”好意”じゃなくてね」
佐々木「アッハッハッハ、そうアクション。アクションをどうしても人間はとってしまうと、それによって次のものを作り出していくと。結果として、それが歴史を作っていく。だから歴史というものには”目的”というのも当然無い訳ですが、少し話を喫緊に逸らせてしまいますが、ましてアメリカは『歴史は自由を求めているから、我々は戦っているんだ』という風なことを言ってますが、そんな歴史自体が持つ意思の様なものは何も無いと。歴史というのは繰り返すと、私たちが存在するという状況というのも含めて、その流れの結果として歴史が存在する、それを受け止めてベースにして、私たちが何かアクションをしてしまうと…まぁ、それを”正し過ぎる意見”と言われたら、私も別に反論は無いんですが」
義一「そうですねぇ、西洋というか、歴史の浅い、それ故に歴史的感覚が希薄のアメリカはともかくとして、欧州の人々なんかは、歴史を積み重ねだと、そう捉えていると言って差し支えないと思うのですが、日本というのは、歴史は大河、流れていくものと捉えているんですね」
琴音「積み重ねか、大河か…」
義一「ふふ、そう。大河ってどういう意味かというと、日本というのは今もだけれど、世界的に見て自然災害大国だという現実をずっと引き摺って今まで来てる訳だけれども、欧州の場合なんかは、勿論災害が無かったなんて事はあり得なかったけれども、でも日本と比べれば少なかったのは事実で、そのおかげで今でも古代ローマの遺跡なり、中世の天を突く様な尖塔が特徴的な、絢爛豪華なゴシック様式の教会なりが残っていたり、つまりはそういったモノが現在に至るまで『積み重なって来ている』わけなんだけれども」
琴音・師匠「あー…」
義一「日本の場合は、何か建てたとしても、勿論今まで残っている、残存しているものがあるにはあっても、大体のものは自然災害によって何度も壊されては、そして復元していくと、その繰り返しで来たという、欧州の歴史とは違う類の推移を経験してきたんだけれど、そんな日本のあある種の歴史の特殊性を『大河』、人が一度作った物は未来永劫残るという事はなく、人間の意図とは別の力で無情にも壊されて、しかしまた復元、そしてまた壊されるが、それをまた復元と、それがまるで何か大きな流れの様なものの様に思えてしまってね?それで…ふふ、しつこく繰り返す様だけれども、まるで大河の様だなぁって思うんだよ」
琴音・師匠「なるほどねぇ」
佐々木「うんうん、なるほどだねぇ」
義一「い、いやぁ…ふふ、ありがとうございます。と、ふと今思い出したんですが、スペインの、僕らの間ではよく名前がでる、哲学者にして二十世紀を代表する保守思想家のオルテガが言ってたんですが、イギリス人の事を話している中で、『自由主義が真の歴史主義だというのを発見した最初の民族だ』と。…あ、いや、正確な引用では無いので、逆かもしれません。『真の歴史主義が、真の自由主義だ』と」
「あー」
と佐々木を始めとする、この場の皆が一斉に声を漏らした。
義一「つまり行為的直感…行為ですからね、表面を見れば自由な訳です。自由に振る舞っている様に見えると。しかし何かを選ぶ事によって行為者に齎されているのは、歴史という状況の、歴史という流れの最先端に己がいるってだけの事であって、だから自由主義…ふふ、わざわざカッコをつけなくとも良い、本来の意味での自由主義と歴史主義というのは表裏一体なんだというのを、彼、オルテガは彼独特のレトリックで表現して見せたんですね」
佐々木「そうですねぇ。…ただ、オルテガなんかもそうだけれども、キリスト教圏の者が自由と言う時には、その自由の”主体”があって、オルテガほどの思索家ならば尚一層しっかりと意識されてますよ」
義一「その通り、その問題ですよねぇ」
佐々木「だけれど、勿論私もオルテガには多大なる影響を受けているので、今の意見には反対などしませんが、西田の場合は、行為する時に自分を捨ててしまっているんですよ」
琴音「自分を…捨てる…」
佐々木「そう、『自分というものをなるべく”無”に近づけてしまう』という風に彼は考えているんですね。あるいは、そうすべきだと。私を無くすと書いて”無私”、”私”というものをなるべく無くそう…というよりも、人間は既に捨ててるはずだと彼は言うんです」
琴音「ほぉ」
佐々木「”本当に”行為する時にはですね。行為そのものが直感であり、その事自身が世界の認識となっていくと」
義一「なるほど…と、すんなりと頷かない訳では無いんですが、議論のために敢えて言うと、それもなんだか”正し過ぎる”様な気がしてしまうんですねぇ…ふふ、僕みたいな軽薄な人間からしますとね」
佐々木「いやいや、アッハッハッハ」
琴音「ふふ」
義一「今先生は”直感”と言われたけれども、これはこのお店に集まる僕たちの共通した…っていや、別に僕個人と言っても良いんですが、それはともかく、僕は本当に過去の大戦で数少ない、片手で数えられる程度しか大戦時に日本人が自分で自分に誇れる事象などと言うのは無いと固く信じていますが、その数少ない例の一つに、神風特攻があります。…が、今は別にそれについて議論をしたいのではなくて、一つの例に出すだけなのですが、例えば神風特攻部隊に志願するという実践。これは僕の行為的直感として、あの時代、1940年代、大戦も佳境となっているその時期に、当時の青年諸君が抱えた必然として、爆弾を積んだ特攻機を操縦して、上空何千メートルから敵戦艦目掛けて急降下に突っ込むと、それは分かるんです。ただ、僕が言いたいのは、行為的直感というのも、僕は特攻隊員たちはその様なモノによって志願したものと思いますが、それは私を無くす無私というよりも、否応なく戦争という時代に生まれてしまった宿命を一身に受け入れて、という事は、状況の全体を受け入れるという意味でもあり、それは自分の国家の歴史をも身に引き受けるという事にも繋がると思うんですね」
琴音「うんうん」
義一「んー…って、自分で言っていて、中々遠大な議題であるだけに、短時間には綺麗に纏められないんですが、私個人の感情で言いますと、戦後日本に生まれて生きてるわけですが、僕は安吾じゃ無いですが、それでも同じ様に特攻隊というのは本当に近代日本が唯一と言って良い、世界に誇れる偉業だったと固く信じて疑わないんですが、いくら思慕してもですねぇ…ふふ、残念ながら、未来は確かに不確実なので、予測も不可能だから今後僕が生きている間に無いとも言い切れないのですが、取り敢えず現状を見るに、僕としては行為的直感として…と、当時の青年たちと自分を重ねるのは不遜だと思いつつも、常日頃から、その様な状況が来たなら、いの一番に志願して飛び込みたいと思っているんです」
琴音「…」
義一「ですがねぇ…中々、その状況が巡ってこずに、行為的直感を必要としない様な、非常に断片的な、そういう事が延々に続いていくという中を、戦後日本人は生きていかざるを得ない訳です」
佐々木「うーん…今の義一くんの話と関係するか分かりませんが、西田が『善の研究』の中で提出した、一番有名な言葉に”純粋経験”というのがあります」
琴音「純粋経験…」
佐々木「”純粋経験”というのは、西田の西田哲学を語る時に必ずと言って良いほど出てくるワードですが、『全ての実在の根底にあるのは、純粋経験である』と、ものを考えるという理性、思惟、分析…それらは全て後から出てくるものだというのが、基本的な考えなんです」
義一「そうでしたね」
佐々木「純粋経験というのは、簡単に…って、簡単に言えるかどうかは難しいのですが、まぁしかし試しに話すと、例えば…今は六月なので、時期に合わせて紫陽花を例に出せば、雨にしっぽり濡れつつも咲き誇っている紫陽花を不意に見た時に、その紫陽花の色合い鮮やかさに心を奪われると、見ている対象であるはずの花々と、我を忘れて一体になった様な感覚に…なったことはありませんか?」
と聞かれたので、私と、それに師匠は同時に顔を見合わせたのだが、どちらからともなく同時に顔を佐々木に戻すと、身に覚えがあるのを、それぞれの言葉で伝えた。
佐々木「アッハッハ、そうでしょう?その時に、その紫陽花というのは、先ほど義一くん、君が特攻隊の例の中で、歴史という全体があるという風に話してくれた様に、紫陽花にも全体性とでもいうか、纏まり持った全体がある訳です。つまり梅雨が近づくにつれて咲き誇っていくこともあれば、梅雨が終わり夏本番が近づいてくるにつれて、枯れて散ってしまうこともあると、こないだまで目で楽しんでいた紫陽花の花々が散ってしまったのを見た時に感じる寂しさの様なものなどなどと、紫陽花と一口に言っても、美しさもあれば散り際の、少し汚くなった花弁などの姿もあったりと、そういった意味で様々な側面を持ってるという事を含めて、全体性がある訳です。その全体性を一気に感じ取れる事を、西田は純粋経験と言ってるわけです」
琴音「なるほど…」
佐々木「あの当時、若者たちにソレが良く受けた訳です。それは彼らが切迫した状況下にいますから、生と死が今の時代みたいに隠れる事なく表に堂々と容赦ない現実として現れていましたし、今は辛うじて生きてるけれども、次の瞬間にはどうなっているか分からない、死んでるかも分からない時代だった訳ですね」
義一「簡単に言うと、先ほどの私が出した例である神風特攻で言えば、無私、私を無くして神風特攻機に乗ることが出来たと、そういう意味と捉えても構いませんか?」
佐々木「そうですねぇ…断言は控えますが、かなりその様な背景はあったのではないかと思っています」
なるほど…面白い観点だなぁ
義一「一つまた、議論のために質問をしてみるんですが、この西田の純粋経験というもの…英語でいう必要もないですが、複合体って意味のcomplexと言いますか、人間には喜怒哀楽がある訳でして、一つの状況に対しても、それぞれの感情を生じさせられることは、ままある訳ですが、純粋経験、つまりは経験って言葉にこだわると、西田の場合は純粋っていうくらいだから、一つのものに集約、縮約していくと西田は感じていたのではないか、そのきらいがあったのではないですか?」
佐々木「そうなんです。ここから先がまた西田哲学の難しいところでして、私は一応自分なりに分かりやすい例として紫陽花を引き合いに出しましたが、それはかなり斗出した例でありまして、本当に西田が言いたかったのは、そんな事は私たちは普段からしているだろうという意見な訳です。ここに私の升に入った日本酒がありますが、見た瞬間に『飲みたいな』という感情が起こる、喉が渇いたという感覚を覚える、実際に飲んでみたとしたら、アルコールのためにほろ酔いになるだろうと同時に推測も立つと、とまぁそれらの事を想像した時に、『あ、そういえば今お酒を飲みたいな』って事を自覚するんだと」
琴音「んー」
佐々木「こうして升酒を手に持つとか、そういった日常的行為全てが、純粋経験だと言ってるんですね」
義一「それは分かりますね」
佐々木「ただ…ふふ、琴音くん、君の表情と、先ほど漏らした声からも分かってくれた様だけれども、ここまで来るとですね…ふふ、この純粋経験というのが逆に意味を持たなくなってくるんですよね」
琴音「あー、そうですよねぇ」
佐々木「ふふ、何か動作をしてしまうと、それら全ても見ようによっては純粋経験だと言えてしまうんです」
義一「そうなんですよねぇ…というか、これは勿論冗談まじりにいうのですが、私もそうですが、ここには今いらっしゃらない神谷先生にしても、その点で中々受け入れられないんです。納得いかないと言いますか…ふふ、ただ単純に、それだけ私と神谷先生が西洋人よりも西洋的な頭をしているせいだと言われたら、そうだとしか返しようがありませんが」
佐々木「アッハッハッハ」
琴音「ふふ」
と、私としても、今のところというか、この純粋経験についてはまだ、額面通りには受け入れらなかったので、義一と同じと笑みを零した。
佐々木「まぁ、西田哲学を私は”無の思想”と称したんですがね」
義一「そう、また一つというか、大問題はこの”無”をどう捉えるかですよね。ドイツ語でnichtでも良いですし、英語だとnothingnessでも良いんですが、勿論西洋の言葉では”無”というのを表すのに、今述べた単語では表しきれないというのは僕なりに分かった上で敢えて使うんですが、例えば”生きている”ということから話を始めますと、例えば何か買い物に行く時に財布を持っていって、色々と買い物をしていくと、しまいには言うまでもなく気付くと財布の中が空っぽになってしまったと、有であったものが無になったと。んー…あ、また一つ余計な事を思い出しましたけれど、確か二十世紀を代表する偉大な数学者ポアンカレの言葉だったと思いますが、彼はこんな事を言ってますね?『ゼロの発見は偉大であった』と」
琴音「うん」
義一「ゼロは一般的にインドで初めて発見されたと言われていますが、その話はともかく、佐々木先生、あなたがおっしゃる”無”というのは、今私がグダグダと言ってきた事とは別の話ですよね?」
佐々木「アッハッハ、そうですねぇ。私なりに言うと、生が無くなって”無”になってしまうと、財布の中身が無くなって無になってしまうと、ただこの話は逆転させることも出来ますよね?つまり、元々”無”であったのが、いつの間にか…って、まぁ稼いでお金を入れた事にとって”有”になったと、そして買い物に行ったら無に戻ったと」
琴音「ふふ、そうですね」
佐々木「まぁそもそもというか、仏教において”無”と、そして”空”というのは、これまた考え方が似てる様で全く違うんですが、その話、”無”と”空”の仏教的解釈での違いの話までいくと、流石に話が深みに行き過ぎてしまうので、この辺で終えておくと、取り敢えずですね、元々”無”だったところに、たまたま何の因果か”有”として、何も無いところから自分が生まれ出てしまったと、その程度だという風にどこかで考えておきましょうと、そう思うんですね」
義一「ここが佐々木先生と、僕や神谷先生と意見が分かれるところで…ふふ、そう考えておくと、それを自覚的に認識論的に捉えていれば足元もしっかりと立っていられると思うんですが、人間なんていい加減、出鱈目にして不確かにして日々一貫性なんぞ持てないのが普通ですからね。先生はそのつもりじゃなくても、その他大勢大多数の人々が今の話を聞くと、すぐに『じゃあ世の中は虚しいのだから、日々努力をしたり打ち込んだりしなくても良いじゃないか』と、全て無駄なんだと短絡的に受け止められてしまって、僕や神谷先生だけではなく、佐々木先生も常日頃から、近代を病ませる根源の一つであるニヒリズム、虚無主義にどう対抗するのか考え続けられてきた訳ですが、それをむしろ我々側が増長させてしまうんじゃないか…という懸念を持っているあまりに、ついついそこで話がズレるんですが…ふふ、先ほど先生も言われた通り、この話もこれ以上続けるとキリがなくなるので、この辺で終わりにしておきますが」
佐々木「アッハッハッハ」
琴音「…ふふ」
と、確かに私も義一やその周辺に影響を一身に受けてきたせいかも知れないが、今の義一の言った懸念というのは全て分かるところで、今までの佐々木の話、西田幾多郎の議論も理解出来なくもなく、受け入れられない訳でも無かったのだが、しかしやはり、今現在に生きるという現実を背負う私という視点からすると、そのまま”無”というのを真に受けるわけにはいかないと思う、もう一人の自分がそこにいるのだった。
話は続く。
義一「話は変わるというか、代わりに一つ出すと、仏教がどうのとチラッと出たので、少し因んで話すと、色即是空というのがありますよね?般若心経ですが、”色”、つまり現象界の物質的存在、つまりはこの世にある具体的な事象のことですが、因縁という言葉がある様に、因と縁によってそれらは存在するだけで、固有の本質なるものはなく、”空”、つまり空っぽだという教えが、繰り返せば色即是空だと思うんですが」
佐々木「その通りですね」
義一「今先生が言われた”生”を引き合いに出すと、過去に様々な賢人たちが、”生”とは何かについて考えて議論してきたわけですが、結果を見るに結論らしい結論、定義らしき定義は現れず終いに終わっていますと。そうなると、生という確かな意味があると思うのがそもそも錯覚であり、”空”であると、まぁ仏教者はそう言いたいのだろうけれども、先ほどの状況についての議論に戻すと、状況というのは当たり前に具体的に現れるわけですよね?色即是空で言うところの”色”が状況なわけです。選択の対象が要は具体的な事象として目の前に現れるから、だからこそ選択に迫られて選ぶわけですが、確かに、先生がおっしゃる様に、何で数ある選択肢の中からソレを選んだのと聞かれたなら、アレコレと理屈は言えなくも無いですが、そのまま突き詰めていくと、結局は口では説明出来ないところが出てきてしまいますと、という意味では”空”でもあるんですよね。…って、別に何かを言いたいわけでは無いんですが」
佐々木「アッハッハッハ。そう、両方あるんですよね。色であり空だし、空であり色であると。少し話がずれるかも知れませんが、生を充実させたいと、美味しいものを食べたいし、贅沢をしてみたいと、その考え方というのは、これ聞くと短絡的な人は、すぐに共産主義者か何かと、共産主義が何かを知らないくせにレッテルを貼ってくるでしょうが、それはともかく、近代社会での、お金という物差しでだけで計った生の充実というのは、自由主義資本主義原理の考え方ですよね?」
義一「ふふ、確かにこの様に否定的に言うと、共産主義者かとレッテル貼られそうですが、しかしまぁ事実そうですね」
琴音「うんうん」
佐々木「ふふ、まぁ近代社会の原理というのはそういう事として受け入れられていますね。本来なら、別に贅沢を凝らしたり、珍しかったり、世間で流行っている食べ物を食べに行かなくとも、普段から親しんでいる目の前にあるお茶漬け一杯で良いじゃないかと、どこか理想に沿った異性を探し求めに行かないで、自分の身の回りにいる、たまたま知り合ってしまった異性と結婚して良いじゃないかと、そういう生き方もありますよね?私はまだ日本人の、東京に住んでいる人がどの程度残っているのかは知りませんが、少なくとも地方の人々の中には、別に贅沢だからといって、値段が高いからといって、それが特別自分にとって、これまで親しんできたものと比べて良いものなのかどうか、そんな保証なんかは少しも無いと、ここまで意識的では無いにしても、その様な感性は残っていると思いますが、ソレはさておき、無理やり話を戻しますと、何で過去の日本人が、その様な価値観を持ち続けてこられたのかと言えば、それは日本人の共通した底を尋ねて見てみれば、全て”空”で同じだと」
琴音「なるほど…」
義一「そうですねぇ。…ふふ、他人の説を持ってきて卑怯と言えば卑怯ですが、僕がしょっちゅう引き合いに出す、保守思想家のチェスタートンが言ってたのを思い出したんですが、彼は仏教のことなど多分何も知らなかったのでしょう、『お釈迦様とか仏像を見ると、皆が目を閉じてる』と。目を細めていると…要は、半眼について言ってるんですが、あれを見て、勿論ユーモアとして語っていて、こう続けて言うんです。『東洋人が目を細めていたり閉じているのは、外部世界について関心が無いからである』」
琴音「あー…」
佐々木「んー」
義一「これまた正確な引用じゃないからと、それを前提に置きつつ、この後に述べる事も僕の誇張が入っていると言うのを言い置いて続ければ、『東洋人は自分にしか関心がないエゴイストだから目を閉じているのだが、我々西洋人というのは、神の作り給し世界、宇宙というものを、その超越者、絶対者、創造主への尊崇の念を持って、次から次へと目に入ってくる光景に驚きのあまりに、眼をカッと見開かれた目によって外部を見ているのだ』と、まぁそんな事を書いてるのを見たことがあったんです」
琴音「ふーん…正しいかどうかは別にして、考え方が面白いなぁ」
義一「ふふ、でしょ?因みにというか、佐々木先生と同じ大学に勤めておられる、僕らの仲間の一人で数学者の谷新一さん…って、前にチラッとだけだけれど、名前くらいは出したの覚えているかな?」
琴音「えぇ、勿論覚えているわ。あの時は…うん、教育とはって感じの話の中で、小学校では国語教育が第一、第二に算数とこの二科目を何よりも優先して学ばせて、中学からは歴史、高校からは思想哲学を中心に学ばせるのが良いって提言している人のことでしょ?」
佐々木「アッハッハッハ、そう、よく知ってるねぇ」
琴音「い、いやぁ…」
義一「あはは、そう、その人のことだよ。彼がね、大分前だけれど雑談の中で話してくれた事があって、なるほどって思った事があってね、それを今ふと話してみたいなって思ったんだ。というのは、日本でも江戸時代に和算という形で、西洋の名だたる同時代の数学者と肩を並べられる様な数学を、鎖国…とは言っても、勿論出島を引き合いに出すまでもなく、限定的とはいえ西洋との接点はきちんとあった訳だけれど、そんな国内事情にも関わらず、生み出していたんだけれど、それ以上には…そう、つまり、その数学を屈指した、いわゆる天文物理科学の方には、その当時の言い方をすれば和算家達の興味は行かなかったんだけれど、無理もないって話をしていたんだ」
琴音「へぇ、それはまた何で?」
義一「うん、それはね、今僕はチェスタートンの話を出したけれど、それに関係してるんだ。というのもね、日本にはいわゆる創造主って考えが、勿論日本神話に出てくるイザナミ、イザナギが高天原の神々に命ぜられて、天の浮き橋から天沼矛という矛で海を掻き回す事によって島が出来たと、これがまぁ日本だっていう、一般的に『国産み』と呼ばれる神話の一つがあったりするから、厳密には違っても、日本に創造主がいないと断言は出来ないとは思うんだけれど…」
「へぇー」と、美保子と師匠が合いの手を入れた。
ここまで師匠のことをまたもや失念していたが、一応興味を持ってくれている様子の反応を見せてくれていたので、私は心の中でホッと一息ついている中、義一は話を続けた。
義一「で、えぇっと…ふふ、毎度の如く話が外れちゃったけれど、でもね、確かにそんな神話を持っている民族だというのにも関わらず、神話の神が作った日本というか世の中というのを、何故か日本人は西洋の人と違って、これといって関心を持たなかった…うん、持たなかったとしか言いようが無い民族性を持つ様になったんだ。それの証拠として挙げられるのが、ようやく少し話が戻るけれど、さっきの数学者の谷さんが言われた通り、日本で数学は目覚ましい発展を遂げたというのにも関わらず、一応暦を作るためって事で、日本を代表する江戸時代の大数学者、関孝和が研究したり、幕府自体にも”天文方”という役職があったにはあったけれど、これといった功績は出していなかったし、そんな点から、明治に入るまで天文学に始まる物理化学も、その数学と比べると桁が違うくらいに発展しなかった事から分かる。んー…西洋人の例から話すのが分かりやすいと思うから話すと、西洋人は世界が創造主、神によって作られたものだと、そう考えてきた訳だよね?で、中世までは、聖書というのはラテン語でしか書かれていなかったから、教会でラテン語の読める神父さんの話を聞かないと、神の意思というのが分からなかった。だけれど、ルターなどに代表される宗教革命によって、自国の言葉で聖書が翻訳されていって、自分の国の言語を読める人に当然限るけれど、それでも一気に広まっていく中で、当時はルネサンス期というのもあり、科学というものが攻勢を増していっていたんだ」
琴音「うん」
義一「だけれど、これが結構世間的には勘違いされがちなんだけれど、そんな風に科学というか啓蒙の時代に入ったからと言って、現代みたいに急に変な意味での合理的になって、神の存在を信じなくなったのかと言えば、そうではなかったんだ。むしろ、後世に名を残す偉大な科学者というのは、今の時代も実はそうだけれど、功績が偉大であるほど熱心なキリスト教徒である場合がよくあるよね?」
師匠「へぇー、そうなんですか」
琴音「…ふふ」
義一「えぇ、いくらでも例は挙げられますが、時間の関係上…ふふ、ちょっと僕が一人で長く話し過ぎなので、少し端折って話しますが」
佐々木「アッハッハッハ、面白いから良いよ」
義一「いやぁ、あはは…って、それでね、ある意味対照的だから二人の偉大な僕の大好きな科学者の名前を挙げると、まず一人はニュートン。万有引力なり、これはライプニッツと論争があったりするけれど、その宇宙論を編み出す過程で発見した微分積分、後は光が七色からなる、『天上の和声』とニュートンが言ったという逸話で有名な光学の理論などと、まだまだ科学以外にも功績があるから挙げていくのはキリが無いけれど」
師匠「あー、和声は確かに七つの音ですものね。ふふ、良い例えですね」
義一「ふふ、その通りですね。僕もニュートンのこの言葉は、例の引力を発見したキッカケが、リンゴの木から実が落ちるのを見たからというジョークよりも、センスが良いなと思います。…っと、でですね、ニュートンは三十代に入った頃から、途端に物理化学の研究を、それまでののめり込み具合から見てって意味でだけれど、パタっとやめて、次に何を始めたのかと言うと、今度は聖書の研究に入るんです」
師匠「へぇー、ニュートンって聖書の研究もしてたんですね」
義一「ふふ、そうなんです。ただまぁ、これがこの後で話すもう一人の偉大な物理学者とは動機の部分で違ってくるんですが、ニュートンは生まれてすぐくらいに父親を亡くしまして、それから二、三年後に母親が村の牧師と再婚したんです。ですが、この牧師というのが中々の生臭坊主でして…」
琴音「ふふ」
義一「再婚した直後、この牧師はニュートンと母親を引き離して、母親だけを自分の教会に引き取ったんです。『息子は祖母の家に暮らしていた方が幸せなんだ』といった感じで、母親が渋るのをそう説き伏せてですね」
師匠「それはひどいですね…」
義一「ふふ、とまぁ、細かい話は端折りますが、それ以来ニュートンはいわゆる牧師だとか、教会については一切信用をおかないというか、むしろ敵意を持っていたんです」
師匠「それは当然だと思いますね…って、でも、それならば何故ニュートンは、聖書の研究なんかを三十代になって始めたんでしょう?」
義一「ふふ、よく聞いてくれました。ここが面白いところ…というか、日本人にはもしかしたら分かり辛いところだと思いますが、ニュートンは確かに牧師なり教会なりの事は一切信用していなかったんですが、しかしキリストだとか神という創造主に対しては、それとは全く別物として捉えていたらしく、むしろ敬虔深かったんですよ」
師匠「へぇー」
義一「これが先ほどの話に絡むのですが、要は神のことは信じているけれど、神の言葉を伝えるという役割を持っている牧師や神父は信用できないと。ならばどうすれば良いか…そう、自分自身で聖書を研究して、聖職者達がどう言っていようが、本当は神なりキリストは何をおっしゃっていたのか、それが知りたくて、その想いのままに研究を始めたんです」
師匠「あー、なるほど…」
義一「これは、僕の知る限りにおいてって意味で、ニュートンがハッキリと文章として書き残していないとは断言は出来ないですが、あくまで単純に出来る推測を述べさせて貰うと、ニュートンはまず天文物理科学を学び始めて、その過程で微分積分を発見し、天と地を数学によって関係づけた、それ以前にもガリレオなりケプラーなりが仕事をしてきていたんですが、それを受け継いだニュートンによって一つの完成を見ました。でですね、これはニュートンに限らないのですが、凡百の凡庸な科学者とは別の、数少ないどの偉大な物理科学者も、その偉大な発見の中に、そのきっちりとした綺麗な法則性の中に、まるで何者かが仕組んだ様な、そんな形跡を見てとっているんです」
琴音「うん」
師匠「何者かの形跡…ですか」
義一「はい。ニュートンの場合は、その形跡を見た時に、まず何者かの気配を察知し、そしてその後で創造主から神という風に連想したのは、想像に難く無いと思うんです」
師匠「なるほど…私もそうだと思います」
義一「ふふ、同意してくれてありがとうございます。ですから、ニュートンはペストが流行って自分が通っていたケンブリッジが閉鎖となった時に、1666年という年に、年齢二十四、五歳の頃に万有引力を発見する訳ですが、その偉大な仕事の後でふと落ち着いて、ふと自分の人生を振り返ったその時に、幼少の頃の事を思い出すのは普通のことでしょう」
師匠「そうですね」
義一「で、当然自分と母親の間を割いた牧師の事を同時に思い出すのも必然で、そのまま義父に対する反発心もあったでしょう、科学によって創造主の気配を感じてもいたのも手伝って、そのまま聖書の研究に入っていった…という、これは聞く人が聞けば反論もあるだろうと思いますが、私はそう思えてならないんです」
師匠「ふふ、私は今初めて聞いた話ばかりで、しかし私なりに面白く話を聞かせていただきましたが…ふふ、聞いてその直後なので、口が軽く思われるかも知れませんが、私も義一さんと同じ意見です」
と師匠が微笑みつつ言うのを見て聞いて、
私「あ…」
と、嬉しさのあまりに声が出なかったのだが、代わりに義一が照れ臭そうに笑いながら話を続けた。
義一「あ、あはは、いやぁ…ふふ、ありがとうございます。で、ですね、えぇっと…ふふ、このまま話を切り上げて戻しても良いんですが、一応自分で口にしてしまった責任を身勝手に取りたいので、すぐに終わるのを約束してもう一人の科学者についても触れさせてください」
師匠「うふふ、えぇ、ぜひお願いします」
美保子「あはは」
義一「ではお言葉に甘えて…もう一人というのは、ニュートンと比べると世間一般には知られてないでしょうが、マイケル・ファラデーについてです」
琴音「あー」
師匠「マイケル…ファラデー…」
義一「えぇ。彼の功績としては、電気と磁気の関係についてで、電流が磁場を形成するという発見はエルステッドという別の人ですが、そこからファラデーは発展させて、今は細かい話を端折りますが、要は現在で言うモーターの原型を生み出し、それはつまり発電機の発明という事にも繋がっていて、電気を基本とする現代社会、現代文明に於いて偉大すぎる功績を残した科学者なんです」
師匠「へぇー、凄いですね」
義一「えぇ、で、話の流れで彼を引っ張ってきたのはですね、そんな偉大な科学者でありながら彼は敬虔なキリスト教徒でして、スコットランド国教会の分派である、サンデマン派という、宗派とも言えなくらいに少数の派に属していました。このサンデルマン派というのは、神羅万象全ての物は神によって統一して作られているので、その一部を紐解けば全てが関連しているので、神の考えに少しでも近付けるのではないかと、そう信じている一派でもあったんです」
師匠「へぇー、面白いですねぇ」
琴音「ふふふ」
義一「とまぁ…ふふ、あまりにも長い時間を割きすぎましたが、要は僕が言いたかったのは、世の中この世界が創造主が作り上げたものだと、それを解明する事が神の意思に近付く最善の方法だという考えが、近代科学の原動力の大きな部分を占めてきた訳ですが、繰り返せば、日本ではその様な考えが希薄であったために、チェスタートンじゃないですが、目の前の事象というか現象には西洋人ほどには関心を抱かず、数学もいわゆるパズルみたいなものとして、娯楽として庶民レベルでも楽しんでいたんです。もちろん、一つの見方からすれば、庶民レベルで数学が広まっていたというのは世界的に驚くべきことではあるにしても、こと物理の方まで延長していかなかったという、その事実だけは最後に言い置いて、えぇ…っと、ふふ、佐々木先生に譲りたいと思います」
…私は勿論というか、義一からニュートンの話を聞いたり、その伝記なり何なりの本を貸して貰って読んでいたりしたので、こう言ってはなんだが、これまでの義一の話す中身に新鮮味は無かったのだが、しかし、これも『義一が好きだと言ってるからだろ?』と思われると困るのだが、私もそれらの資料なり話を聞くうちに、一般にニュートンは性格が世間的にはかなり気難しくて取っ付きにくく、いわゆる”嫌な奴”と一言で片付けられてしまう様な、そんな性格の持ち主であったのだが、しかしそんな点を含めて、私自身もニュートンの事が大好きなのだった。
ついでみたいな言い方になって、語弊が生まれそうだが、勿論今義一が触れたファラデーにしてもそうだ。だが、流石にファラデーについても触れると、ただでさえ脱線しすぎていると言うのに、これ以上長引かせてしまうのも何だと思うので、義一に倣う形で、この辺で切り上げさせて頂いて、もしどこかで機会があれば、何も私じゃなくても、誰かが話してくれたその時にでも触れたいと思う。
今は…ふふ、いつの間にか、師匠が自然な様子で議論に加わり、義一と和かに打ち解けた様子で会話しているという現実が、何とも言えないくらいに嬉しく、この間の私は終始微笑みを絶やすことが出来なかったという事実だけ述べて、話に戻るとしよう。
佐々木「アッハッハッハ、いやぁ、毎度のごとく面白い話を聞かせてもらいました。と、ここで一応話を戻させてもらいますと…ふふ、何で西洋人は目が開かれてて、東洋人は目が細いか閉じられているのかという、チェスタートンなりのイギリス人らしい皮肉のこもったユーモラスな意見に関してですが、まぁヨーロッパにも国によって色んな見方があるので、一概には言えませんが、今の義一くんと同じ様な事を、実は西田も似た様な事を言っていて」
義一「あ、そうでしたか」
佐々木「結局、ヨーロッパ社会の論理というのは”対象の論理”だと」
琴音「対象の論理…」
佐々木「ふふ、そう。『世界には一体何があるのか?』…ふふ、義一くんが具体的な例を出してくれた通り、彼らは凄く関心を持っていて、対象を分割して分析して、まぁそれらを収集するという中から、近代科学というのは出てきてるんですが、だけどその時には、見てる側の自分がいるはずなのに、それについては彼らは分析しないと。アリストテレスの論理学、”主語の論理学”と西田は言ってみたりしてますが、それから始まる西洋の考え方みたいなものを、勿論西田はヘーゲルなどに影響を受けてたりするので、それは理解しているのですが、問題は、『じゃあこちら側にいる”私”というのは、どういう風に考えれば良いのか…?』、この”私”とは一体何なのかを突き詰めていくと、その”私”というのは結局無になってしまうと彼は言うんですね」
義一「あー」
佐々木「私なりに解釈するとですね、例えば今私は目の前のテーブルを見ていますが、まず見ていると自分で認識する前は、取り敢えず意識してないんですね。初めからテーブルを見ようと思って見ていたのではなく、テーブルは私が見ていようがどうしようが、ここにあった訳で、元からあったのを意識せぬままに目に入れていたのだけれど、『あれ?ここにテーブルがある。何でここにテーブルがあるのだろう?』とテーブルの存在を意識したその時に、時を同じくして、ここに見ている自分という形で”私”が出てくるんです」
琴音「ふんふん」
佐々木「で、そう認識する様になると、次の段階では、自分とテーブルとの関係というか、それだけが残る訳ですね。自分らしきものがいて、テーブルらしきものがあって、この二つの物体らしきものの間に関係らしき物が出来てるのが分かると。で、問題は、自分らしきものと、テーブルらしきものに関係が生まれているというのを、そう判断しているもう一つの”何か”があるだろうとなる」
琴音「あ、あー…」
佐々木「と、ここまで来ると、その”何か”について、それが何なのかは言表できない、言葉に表せないと。要は今色々と、無駄にややこしい事を話してしまったけれど、要は今確実に言えるのは、何かしらの関係が生まれているらしい”この場”だけだと、それがまぁ本当に言う意味での”実在”なんだと、全ては”場”に映し出される形で出てくるんだと」
義一「ほぉ…なるほど」
佐々木「東洋の論理というのは、自分というものを突き詰めるもので、確かにチェスタートンが言った通り、自分にしか関心がないと言っても、私個人で言えば別に否定しませんし反論もしません。”心の論理”とかって西田は言ったりしますが、ただ内に向かって突き詰めていくと、先程来言ってる”場”という、聞いてきた通りかなり抽象的で、捉え所のないものではあるけれども、それ故にむしろ世界を包括するものものが現れてくる…。『だから私の考える”無”の場というのは、西洋的な論理よりも遥かに一般的で、客観的なものだ』という風に西田は言うんですよね」
義一「なるほど…でも、あれは哲学者のカントだったと思いましたが、Apperzeption、これはカントがプロイセン、今のドイツ生まれなのでドイツ語でして、 訳語では”統覚”と言うんですが…」
と義一は話しながら、いつもの様に私のメモの白地に書き込んでくれた。
義一「私はドイツ語は分かるというと嘘になる程度にしか分からないので、敢えて英語訳の方から話をしてみますが、英語ではApperceptionだったか、Perceptionは感覚とか知覚くらいの意味ですが、その前についている”A”というのは否定の意味ではなく、原語のApperzeptionはラテン語のadpercipereから来てたはずで、最初の”ad”は『〜の方へ向かって』くらいの意味ですが、感覚を際立たせている究極の感覚みたいなもの、統覚、統一的感覚、これを僕は今先生の話を聞きながら、純粋経験に近いんじゃないかと思ったんですが、この様に少なくとも欧州人も統覚という風な事は言う訳です」
佐々木「なるほど」
義一「問題は、この統覚がどこからくるのかという事になると、カントはまずライプニッツを代表とする、以前の超越論的統覚から経験的統覚とを区別しました。今はその違いについて話すほどのゆとりが無いので、また脱線しかけたので話を戻すと、誤解を恐れずに言えば、簡単に言って神という絶対者がいて、その絶対者が統覚の有り様を示してくれたんだと、そういう風な事を言うのに、佐々木先生が反対するのは、僕も分からないでも無いんです」
佐々木「ふふ…」
義一「神なんか簡単に持ち出すなよと」
琴音「んー」
義一「水戸黄門の印籠みたいなもので、神を持ち出せば、日本でも右翼みたいに何も考えないまま取り敢えず天皇を持ち出すみたいな、そんな思索的怠惰は僕は一切受け入れられないんです」
琴音「うんうん」
義一「…って、そんな僕個人のことはともかく、西田が言ってる”場”というものが、ギリシャ語で言う意味のtoposなのか、fieldなのか何なのか、それはよく分からないんですが、その”場”とは何なのかって話になると、西洋的な説明も可能なんじゃないんですか?一方では神という絶対者を持ち出す、これは今言った通り、僕は駄目だと思いますが、まぁそれは文化民族の違いであって、西洋的にはそのやり方もあるだろうし、我々の考える保守的な立場から言えば、統覚というものが形成されてきたのが、我々に手渡される歴史の経緯というのか…」
佐々木「なるほど…。いや、今君の話を聞いていて、西田が伝統について言っていたのを思い出したんですが、『伝統というのは、昔から今にあるものではない』と。そんなものは何もないんですね」
琴音「あ、あー、うんうん」
義一「ふふ、そうですね」
と、この様に同じ様なリアクションを取った私たち二人は、恐らくこの時、全く同じ事を考えていた事だろう。
佐々木「『今ここにしか伝統がない』と」
義一「ふふ、僕も賛成ですね」
琴音「ふふ、私もです」
師匠「へぇ…」
と師匠がまた興味深げに私の横顔を眺めているのをヒシヒシと感じていた。
佐々木「今ここで必要なもので、過去を想い起して、その何かを伝統と呼ぶんだと、そういう形で現代に過去のものが入ってきてるんだと」
義一「いやぁ、面白いですねぇ。今西田幾多郎が言った事を、もう何度も僕は好きだから引用しているのですが、まぁ久しぶりなんで良いでしょう…ふふ、同じ事を小林秀雄が戦前にどっかの新聞に、百字くらいの短い文章を書いてまして、そこに彼は伝統についてこう書いてるんですね。『伝統と習慣は違う』」
琴音「あー…」
と、ここで初めてではないが、やはり義一と私が同じ事を考えていたのがハッキリと分かった瞬間だった。
義一「習慣慣習というものは、無意識に受け継いでるものだと。それに対して伝統というのは、受け継いだんだけれど、自分でそれを何なんだと意識したところで初めて生まれるものだと、まぁそう言ってるんですね」
琴音「うんうん」
私がこの話を初めて義一から聞いた時は、ここ数寄屋で、現代の日本に溢れかえっている俄仕立ての自称保守と称する人間たちへの批判の流れの中で聞いた事だった。
だが、小林秀雄がフランス文学に精通していて、それがまず文壇に出てきたきっかけだったのもあり、恐らく小林秀雄も影響されたのだろうと義一は推測を立てたらしく、その時はポール・ヴァレリーから引用したのだった。
義一「…っと、急に話を逸らすというか、最初の方に戻る様ですが、この様に議論を重ねてきて、改めて思うのですが、当時の戦前の日本人というのは、いつ死ぬか分からないという極限状態下のためか、皆真剣に自分の感覚とは何なのか、意識とはなんぞやについて、根源的に真剣に考えた事は確かですね」
佐々木「その通りですね」
琴音「うんうん」
佐々木「西田にとって哲学というのは、別に世界を知るための道具でもなければ、彼にとって究極的真理というのは大事なんだけれども、その真理は別にどこか向こう側にある、神を発見するみたいな話でもない訳です。今、あの状況の中で自分が生きていく、特にこれも初めの方で言いましたが、彼は八人の子供が出来たんですが、そのうちの五人に先立たれてるんですね」
師匠「え…」
美保子「キツイねぇ…」
佐々木「奥さんも西田が五十代の頃くらいに脳梗塞で倒れて亡くなってると、相当苦難な人生であったのは間違い無いんですね。彼は自分のその苦難な人生を元にして、『哲学というのは、悲哀から始まる』といった名言を残してます」
琴音「…あ、あー…」
義一「そっか…」
佐々木「だから、哲学というのは人生の問題であって、自分の人生をどう処するかって事を言ってるんですね。これは先ほど義一くん、君が取り上げた小林秀雄の文芸評論なんかも、同じ様な事ですよね?」
義一「そうですねぇ…僕も、哀しみの感情が無い、哀しみの感覚を知らない人とは付き合いたく無いというのは、賛成ですね」
琴音「あ、私も…」
『私も賛成です」と本当は言い切りたかったのだが、すんでのところで思い止まった。
何だかあまりにも、私程度の人間が、そう易々と同意をしてしまうと、同時に義一の意見を下げてしまうんじゃないかと、今更だろうと思われる方もおられるだろうが、この時の私はそう強く思った為だった。
が、そんな私の思いとどまりも効果が薄かった様で、左右から見守る様な視線を浴びてるのに気づいて、わざわざ見て確認するまでもないと、一人肩を窄めてしまっていた。
義一「ふふ、結局、先ほどもチラッと出た喜怒哀楽というのがありますが、これについても少し考えてみると面白いと思うんです。『喜』はまぁ一瞬ですよね?『怒』もまぁいつまでも続きません」
師匠「そうですねぇ」
義一「で…『楽』の感覚というのは、今述べた二つよりかは続くけれども、いつも楽だと、楽でも何でもなくなってしまいますよね?」
美保子「あはは、そうねぇ」
師匠「ふふ」
義一「ふふふ、そうすると、一番根源的な感情というのは、やはり『哀』だと思いますねぇ」
師匠「えぇ…そうですねぇ」
琴音「うん…」
義一「あ、ふとまた…ふふ、またしつこく、チェスタートンが言ってた事を思い出したんですが、神と、それに人間がいるとして、人間は真面目に真剣に生きてる限りにおいて、神…というと少し抵抗があれば、”絶対的なナニカ”と言い換えると、当然ながら絶対に近づきたいと思うものだと」
琴音「うん」
義一「ところが、絶対なるものを考えながら、絶対なるものには近づけないという、絶対から自分たちまでの距離を自覚すればするほど、いわゆる不在感に苛まれると、それが”哀しみ”と言うんですよね」
佐々木「あー、なるほどねぇ」
義一「あと彼、チェスタートンは、ユーモアとは何かって所でも哀しみについて言ってまして、これまた正確な引用では無いですが、『人間とは滑稽を感じる動物ではあるが、本当のユーモア、本当の滑稽味の中には、哀しみの感情感覚がなければならない』」
琴音「あー、うんうん」
師匠「あー」
義一「人間なんて不完全に決まってるんですからねぇ…ふふ、だからこそというのか、完璧なものへの憧憬も、
自分の至らなさを知ってれば知ってる程に、その様なものを想定しないわけにはいかないと。そしてその絶対なるものへと近付きたいと足掻くんだけれども、近付きたくとも近づけないというこの距離感に、繰り返しになっちゃったけれど、それ故の不在感、欠落感、悲哀感を伴うのだと」
琴音「なるほどねぇ…ふふ、前にシェイクスピアで最初に見たけれども、後でチャップリンが、恐らく彼もシェイクスピアをしていたというか、本人は読んでないと言ってたけれど、恐らく引用したであろう言葉を思い出したけれども…」
と、先程と同じ様に、自分が今この話の中で口を挟んで良いのか迷ってしまったために、この様に次から次へと言葉もバラバラなまま口から吐き出してしまったが、もったが病で、ここまで来たら腹を括ろうと、右側からまたもや熱い視線を感じつつも、左隣からは義一が柔和な笑みを浮かべてこちらを見てきてくれていたのもあり、そのまま続けて言った。
琴音「『人生はクローズアップで見れば…』って、これはシェイクスピアではなくてチャップリンなりの言い方で、シェイクスピアとは少し違っていたと思うけれど、それはともかく、今回はチャップリンから引用すれば、『人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ』って言っていたのを思い出したわ」
美保子「へぇー」
師匠「…」
と師匠が無言なのが気になったが、しかしまぁ息遣いを聞く限り、若輩の私が出しゃばったことで不機嫌になっている気配は一切感じなかったので、そのまま顔を右側に向けつついると、義一がふと微笑みながら言った。
義一「”Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot”ってやつだね」
琴音「ふふ、えぇ、その通り」
佐々木「アッハッハッハ、いやぁ、面白い引用をしてくれたねぇ。なるほどねぇ…うん、今の話にズバリだったね」
琴音「い、いやまぁ…」
佐々木「ふふふ、…あ、そうだ、急にまた話を逆戻りさせる様だけれども、西田は五人の子に先立たれたと言ったけれど、で、最後の子供を亡くした後で半年後くらいに西田自身も亡くなるんですが、最後の晩年に西田が書いたのは宗教論なんですね」
義一「あー…」
佐々木「で、ここで彼が言ってる宗教論というのはですね、人間というのは今議論があった様に、絶対的なものに対して憧憬をしてしまうという事は、自分は絶対的な存在ではないと何処かで自覚してる訳で、という事はつまり、絶対の反対である”相対”的な存在である訳です」
琴音「相対…うん」
佐々木「で、絶対的である神と、相対的である人間とは、どんな関係にあるかというと、相対的なものがある為には、絶対的なものが無ければならないと」
義一「…あ、あぁー…ふふ、なるほど」
佐々木「ところが絶対的なものが相対的なものに対して出てきた場合には、これ自体が相対になってしまうんですね」
琴音「…あ、あぁ、そういう事かぁ」
佐々木「ふふ、つまり、絶対が絶対で無くなってしまうんだと」
師匠「なるほど…」
佐々木「だから、絶対が全面的に自分を否定した形で、相対に現れるんだと。相対は全面的に自分を否定して絶対に帰依するというか、そうして絶対に向かうと」
琴音「うーん、そっかぁ…」
佐々木「そうすると結局、我々人間の考え方からすると、全面的に自己を否定して、神に帰依するという形になる訳です。で、神の方は、全面的に自分の絶対性を否定する形で、それぞれの人間の中に入ってくると。そう、それぞれの中に入っていく時点で、絶対では無くなっているのですからね」
師匠「あー…そういう考え方なんですね」
佐々木「そうなんです。で、その時に、西洋の場合の”絶対”は、神というある種の形のあるものだったが、しかし形あるものだと、それ自体が普通の人々に分かりやすいというのもあって、形がはっきりしてればしてる程に相対的な関係になり易いと言ってるんですね。という事で、”絶対”というのは形を持ってはならない、つまりは”無”でなければならないと西田は言う訳です」
義一「んー、なるほど…ふふ、ここにきてようやく、先生と西田が言っている”無”というのが一体どういったものなのか、何となく分かってきた気がしてきました」
琴音「ふふ、私も」
師匠「…ふふ」
義一「でも…ふふ、これまたしつこい様ですが、議論のために敢えて言えば、やはり”正し過ぎる”という感想はどうしても出てきてしまうんです」
佐々木「アッハッハッハ」
義一「ふふ、確かに、勿論不完全な人間の考える事ですからね、絶対なるものを想定しても、結局は相対的なものでしか無くなると。…しかし、では相対的で良いのかというと、これまた今現代の先進国に蔓延っている、僕からしたら新しい病魔としか言いようが無い代物ですが、日本も含めてどの国でも相対的なものがいきすぎて、しかも今やそれが社会正義まで祭り上げられてしまっているという、相対主義が蔓延してると思うんですね」
琴音「相対主義…」
義一「うん。『あなたはそんな意見を言ってくるけれども、私はこれこれこういう立場だから、違う意見を持っているんだ』と、価値観が多様化したと言えば聞こえがいいけれども、今現状はただ共通の価値観の様なものが消え失せた為に、個人個人が好き勝手に自分の思い込んでいる正義の様なものを振りかざしあって、お互いに罵り合ってるという、そういう意味での相対主義なんだけれど」
琴音「あー、うんうん」
義一「僕らは保守とは何かを考える上で、20世期最大の保守思想家の一人であるオークショットから引用というか発展させた神谷先生の説に同意しているんだけれども、『可謬主義』、『社会有機体論』、『漸進主義』という保守の三大原則の一つ、社会は有機体の様なものだと捉える『社会有機体論』から言えば、要は社会を植物や木に例えた時に、枝葉の部分では確かに多様な違いがあっても良いんだし、それが当然ではあるんですが、その幹の部分というか、根っこの部分、つまりは人々が共有しているはずの価値観があるというのを誰も意識しなくなってしまい、その為だと思うのですが、相手の意見なんかは一切聞こうとはせずに、どこまで真剣に考えたのか、僕の個人的な感想ですが、結局はただの思いつきでしかない裏付けのない意見に自ら埋没してる風にしか見えないんです」
佐々木「うんうん、その意見には勿論私も賛成ですよ」
琴音「私も」
師匠「…私もです」
義一「ふふ、あ、それで何が言いたかったのかと言うとですね、それぞれの人間で意見が違うのは良いんですが、重要なのは、その違いというのが、果たしてどれほど違うのか?それを測る為には”基準”が必要な訳ですよね?」
琴音「うんうん」
義一「基準というのは、差し当たり、これまでの議論に沿わせれば、それが”絶対”なわけで、確かに相対か絶対かという堂々巡りの中に放り込まれるんですけれども、さて、そこでですよ?西田幾多郎、佐々木先生の様に、人間というのはどうしたって相対的なもので、欲からは抜け出せないんだと、そう言い切ってしまうのも一つの態度であり考え方だと思うんですが」
佐々木「アッハッハッハ」
義一「ふふ、しかしですよ、もう一つの態度の表し方として、さっき言った堂々巡りから突破するのは、”生の実践”であると」
佐々木「うんうん」
義一「アクションの中にあるとも言える訳ですよね?確かに相対的なものなんだけれども、かなり絶対的なものに近づく”決断”というものがあるんじゃないかと。先程特攻隊の事を例に出したのも、その様な考えがあってでもあったんですが、その特攻隊に志願して、自ら命を賭すという決断ですら、それが絶対とは僕も言い切れないと分かっているんですけれども、でも”仮の絶対”とでも言うのか…うん、行為だ決断となったら、どうしても表現としては”無”ではなく”有”の方に近づくでしょう?」
佐々木「ふふ、でもその”有”を決断する為には、”無”がなければ駄目でしょう?」
義一「ふふ、それもそうなんですよねぇ」
佐々木「アッハッハッハ」
琴音「ふふふ」
佐々木「だからまぁ…ふふ、これこそ堂々巡りと言うか、ついさっき出た話に戻るけれども、やはり両方が張り付いているんですね」
義一「そういう事なんですね。えぇっと…」
と義一はここで不意に口を止めると、私含む一同に一旦顔を向けると、照れ笑いを浮かべつつ言った。
「とまぁ、予期せずに打ち合わせと称して議論が白熱してしまい、皆さんには退屈な思いをさせてしまったかも知れませんが」
「あはは、いやいや面白かったよ。ね、沙恵さん?」
と美保子が声をかけたのを聞いて、私も恐る恐る顔を左に向けると、ちょうど師匠もこちらに顔を少し傾けていたが、ふと視線が合ったかと思うと、ゆっくりとしたペースで目を細めていき、「えぇ…ふふ、そうでしたね」と、終いには柔らかな微笑みを浮かべつつ返した。
その微笑の意味が何なのか、途端に疑問に思い解消したくなったが、しかしこの場は義一の進行のもとに流れていった。
「我々の間で本当に議論したかったのはですね…ふふ、佐々木先生も同じでしょうが、西田哲学について俄仕立ての解説をしたかったのではなくてですね、そろそろ日本人は、戦前の人間が、自分たち民族はどんな価値観を、欧米とは違う価値観を持って生きてきたのか、そしてそれはまだ残っているのか、もしくは、失ったとしたら取り戻す、復活させることが出来るのかどうか…という事を悩んだ様にですね、当時と同じく現代も状況としては、戦争が無いだけで変わってないんですから、現代人も折に触れて議論したりしないとですね、経済問題だろうと何だろうと、ただ表面上の、上っ面だけの上滑りな非生産的な議論しか出来ずに終わるぞ?…って結論で良いですかね?」
「アッハッハッハ。流石編集長、綺麗に纏めてくれました」
と佐々木が朗らかに笑い飛ばしながら答えた後は、他の私たちも釣られるように一斉に笑い合ったのだが、ふとそんな和やかにして緩やかな雰囲気が場に流れ始めたその時、ドアの開く音がしたので、いつだかと同じ様に、皆で一斉に音のした方向に顔を向けると、そこには、ニヤケ顔で顔だけ覗かせたママの姿があった。
「ふふ、熱い議論は終わりましたか?かれこれ十分くらい前に既に到着されている、他の客人方をお待ちさせているんですが、そろそろ入室して頂いても良いですかね?」
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