博士と私のSFショートショートシリーズ

坂井ひいろ

物質転送装置

「博士、ついに『物質転送装置』が完成しましたね」


「ああ、人類史上最大の発明だ」


「ところでどんな原理なんですか?」


「しらん!」


「えっ。そんないい加減な!」


「ならキミは『炎』なにか知っていて使っているのか?あれは、気体か?それとも液体か?はたまた固体か?」


「・・・」


「だろう。原理などと言うものはどうでもよいのだ。必要なのはAと言う行為に対してBと言う事象が必ず起きるかどうかだ」


「・・・」


「私はゴキブリが人間が見ていないときに、空間を飛び越えていることを発見した」


「ゴキブリですか」


「そうだ。ゴキブリが降ってわいたように現れるのは、空間を飛び越えているからだ」


「信じられません。とても非科学的な気がします」


「キミはそれがうそだと証明できるのかね」


「・・・」


「事実『物質転送装置』は今、われわれの前にある。そしてこれはゴキブリをベースに作ったものだ」


「生理的に受け付けませんが」


「それはキミの偏見だ。ゴキブリは三億年以上進化していない。つまり完成した生物と言うことだ」


「そうなんですか」


「高等生物が優れていると思うのもキミの偏見だ」


「・・・」


「昆虫は中枢神経に電極を差し込むことで自由に操れる。つまり、生きたメカだ」


「それは知ってます」


「私は、ゴキブリの空間移動能力をつかさどる中枢神経を発見したのだ」


「では、この黒い箱の中にゴキブリがいるのですか?」


「ああ。十万匹いるぞ。見たいか」


「けっこうです」


「そうだな。私も見たくない」


「この発明があれば大金持ちになれますね」


「そうだな。キミに世界経済を破壊する勇気があればな」


「どういう意味ですか?」


「これさえあれば、人類はどこへでも行ける。物も送れる」


「便利ですね」


「ああ、便利だ。便利すぎる。自動車メーカーも、飛行機メーカーも、造船会社も、鉄道会社も、運送会社も、航空会社も、船舶会社も、道路建設会社も、トンネル建設会社も、橋の建設会社も、旅行会社も、ガソリンスタンドも、都市開発企業も、ゴミ処理業者もなにもかも倒産する」


「・・・」


「街は失業者であふれかえる。キミは失業者の家族に合わせる顔があるかね」


「それなら、なぜ博士は『物質転送装置』を発明したのですか」


「原爆を作った科学者と同じだ。作れることを証明するためだ。科学者とはそういうものだ」


「わかります」


「そうか。わかってくれるか。では、ゴキブリ駆除剤を買ってきてくれ」






おしまい。

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