ボトルメール 僕が魔法に出会った意味

しーしい

第一章 少年時代

第一節 僕が魔法に出会った時

 僕たちは昭和四十一年の夏、山陰本線の遮断機のない踏切で、まとめて汽車に轢かれた。

 そして地球ではない別の世界で、五体満足で目を覚ました。

 もしかすると日本では、バラバラの肉塊になっているかもしれない。残念ながら、それを知る術はないようだ。

 

 今は三人とも、この世界でそれぞれの人生を送っている。


 『世界』と名付けるしかないこの世界が、死後の世界かどうかは分からない。

 手を尽くしたが、それを観測する手段がなかった。

 だからこの瓶入りの手紙を、使いとして出そうと思う。


 これを動作原理がいまだ不明な魔法で、消滅させる。少なくと『世界』からは、綺麗さっぱり消え去る。

 ゴミやゴミのような人間を破棄するために使っているが、この『ゴミ』が山陰の海岸に漂着するものと、似ている事に気がついた。


 日本から返事が帰ってくる事はないだろうけれども、もし日本に届くならば『世界』は死後の世界ではなく、日本がある世界と並列した世界という事になる。


 後は蛇足だ。


 『世界』で僕が感銘を受けたのは、『魔法』だ。その日本語の訳語が、妥当かは分からない。

 言葉も分からない『世界』で、僕がそう名付けただけの事だ。


 「タカシ、俺ら死んだんじゃないのか? たしか汽車に轢かれて」

 ケンは、縛られた手足を揺すりながらうめいていた。

 三人まとめて汽車に轢かれたから、親が支払う一人当たりの賠償額は、少なくなるかもしれない。

 もっとも、この状況をどうするか考える方が、おそらく有益だと思う。


 幌のついた奴隷商人の荷馬車からは、ほんの少ししか外が見えない。

 今の日本でも、昔の日本でもない事は間違いない。

 まず言葉が違う、そして奴隷商人がいる、荷馬車が使われている。

 昔のアメリカにタイムスリップしたのだろうか。

 西部劇の頃は、インディアンをゴミのように殺したけれども、奴隷はいなかったはずだ。


 「ここどこなの? タカシ」

 「奴隷制がある頃の、アメリカかヨーロッパかもしれない」

 チコは、足を縛られていない。商品に傷をつけたくないのかもしれない。

 奴隷商人は十二歳の少女を、どこに売るつもりだろうか。

 どちらにせよ沢山いる売り物の中から、僕たちだけを選んだという事は、なにか価値があるのだ。


 馬車は石畳の道を走りだし、激しい振動で話どころではなくなった。

 街の中を走っているのだろうか、人のざわめきが四方から聞こえる。

 逃げるとすれば今しかないだろう。まず足が自由なチコを、囮として馬車の外に飛び出させるのが良い。

 チコを呼ぼうとした瞬間、馬がいななき、馬車は蛇行した挙げ句、車輪が外れて横転した。

 僕たちは振り回されて、荷台の後ろから石畳の道に投げ出された。


 敷石で擦りむけた膝を、地面に押し当てて立ち上がる。着せられたズボンは、端々が破れている。

 周囲を見渡した感じでは、通行人の服装は近世のアメリカや、ヨーロッパのものとは異なっているようだ。しかし建物は四階まで伸び、技術的には近世相当に思える。人種的にはヤンキーのような白人と、日本人に近い黄色人種が混じっていた。すぐには、該当する国が思いつかない。

 集まってきた野次馬はこちらに手を差しのべず、馬車から距離をとっている。日本のように、警察が強い国かもしれない。


 その時、奴隷商人の一人が一瞬で石畳の染みになった。頭を失った死体が、人形のように道を転がり側溝に落ちる。

 あとから衝撃音が響いて、街中にこだました。まるで岩国のアメリカ軍戦闘機が、音速を超える時のような音だ。

 瞬間だが、奴隷商人の頭から円錐状の血煙が伸びているのを見た。本でしか知らないが、頭が吹き飛ぶなら大口径の機関銃だろうか。


 「ひぃー、ひ、人が爆発した?」チコは足を縛られていないが、腰が抜けて立てないようだ。

 群衆があまり驚いていないという事は、このような事態はよくある事なのだろうか?

 「タカシ、なに落ち着いてるんだよ。やべーよ、やばいよここ」ケンは道の上で立とうと、必死にもがいていた。

 犯罪者をいきなり機関銃で撃つ国なんて、聞いた事がない。たしかに、なかなか苛烈な警察国家のようだ。


 奴隷商人の片割れが、怯えながらサーベルを抜き、僕を人質にした。

 銃がある時代なのに、サーベルを使うのだろうか? もしかすると銃の一般所持は、今の日本のように認められていないのかもしれない。


 「やめて、タカシを返してよ」チコは立ち上がるものの、自らの尿で滑って、前に転んだ。

 奴隷商人は、発射音がした方向に僕を突き出す。盾にしているつもりだろうか? でも無意味だ、僕なら最低二丁は使う。


 そして僕は、その瞬間、この目で『魔法』を使うところを見た。使い手はなにかを呟きながら、素手のままの腕と指を動かす。刹那、光輪が三重に形成され、白い雲が線状に走った。使い手は、結果を見ると両手を握って勝ち誇った。


 「これは魔法?」

 妹の【りぼん】に載っていた【魔法使いサニー】が使う魔法とは全く違う、暴力的で血生臭い戦闘技術。でもそれは間違いなく、僕にとっての『魔法』だった。

 奴隷商人の首から噴き出す血、首の裂傷、血を流す膝、よく聞こえない耳、目を見開いて怯えるチコとケン、祝福するまわりの人たち。

 その中で僕は、大地を踏みしめて『世界』に感謝した。


 僕は『世界』の『魔法』に魅了された。

 なるほど、これならば生きるのも悪くない、『世界』は退屈だけでは出来ていない。

 「ふふ、神様にお礼を言わなきゃ」僕は独りごちる。

 「もういやー、助けてよ神様」チコは泣きじゃくる。

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