第72話 異世界人だとバレた

「さて、私の話はこれで終わりだ。長い時間、済まなかったな」


 フェルナールがそう切り出し、俺たちは解散する流れになった。

 ザックとイリーナは早々に退散することになり、ジールも「早く着替えてえんだよ、この服」と言いながら、駆け足でフェルナール邸をあとにした。


 だが、俺とリリアが帰ろうとすると、フェルナールは「少し待ってくれ」と声をかけてきた。


「悪いのだが、リリア殿とエイジはもう少し残ってくれないか? 個人的に、伝えておかねばならないことがある」


「個人的に、だって?」


「わたしは構いませんが」


 少しイヤな予感がした。それが顔に出ていたのだろう。フェルナールは俺たちの顔を見て、「悪い話ではない」と言い添えた。


「さて……」


 応接間に戻った俺たちは、再び椅子に腰掛けた。


「話っていうのはなんだ?」


 俺から切り出すと、フェルナールは「二つある」と言ってニヤリと笑った。


「一つはきみについての話だ。ハリモト・エイジ。〈復讐の女神アルザード〉の眷属よ」


「……なんのことだ」


 突然、フェルナールがアルザードの名前を出してきたので、俺は驚いてしまった。とっさにとぼけてみたものの、俺の動揺はフェルナールに伝わったようだ。


「きみのことは少し調べさせてもらった。記憶喪失の行き倒れ。剣の達人。古代語に堪能な男。遺跡の中では、神の奇跡まで行使して見せたそうではないか。そんな無茶が出来る人間はそうそういない。それに、バウバロスがきみのことを〈女神アルザードの眷属〉と呼んだのを、兵士たちが聞いている」


 フェルナールはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。


「隠さなくても良い。私はきみの味方だ、エイジ。私の実家は古い家でな。私の祖先の中には、きみと同じ異世界からの旅人と協力して、功を成した者もいるのだ。アルザードが邪神などではないことは、よく知っている」


 傍らのリリアは、不安そうな目で俺とフェルナールの顔を交互に見た。


 俺は観念して、ため息をつく。

 仕方がなかったとは言え、遺跡の中であれだけ大暴れをしたのだ。不審に思われないほうがおかしいってもんだ。


「それで、俺が異世界の人間だから、どうかするってのか?」


「なにもしないさ。きみはこれまで通り、バロワで暮らしていけば良い。きみが異世界人であることを世に広めるつもりはない。何か困ったことや、私に頼みたいことがあるのなら、可能な限り便宜を図ろう」


「なっ!?」


 どういうことだ?


「言っただろう? 私の先祖の中には、異世界人と協力して功を成した者がいると。私もそのひそみにならいたいというだけだ。ああ、そうだ!」


 フェルナールは名案を思いついたといった様子で、手を打った。


「きみとリリア殿は、無償で街の子供たちに学問を教えているそうだな。堂に入った教師ぶりだと聞いている。そこで、だ。もしきみが望むのなら、いっそ学校を経営してみないか? この屋敷を校舎として提供していい。運営予算は、父に掛け合って出してもらおう」


「おいおいおい、急になにを言い出すんだ! 冗談はやめてくれ」


 突然の申し出に、俺は困惑してしまった。いくらなんでも気前が良すぎるってものだろう。


「私は本気だよ。教育は国の要だ。庶民の教育こそが国を強くすると、国王陛下もよく仰っている」


「いやいや、そういう問題じゃなくて……」


「それに、この屋敷はほとんど使っていない。手入れするだけ面倒と感じていたんだ」


「話が急すぎる! す、少し考えさせてくれ……」


「わっはっは、確かに言われてみれば確かにそうだな! ではその気になったらいつでも言ってくれ」


 フェルナールは楽しそうに笑うと、「きみについての話は、以上だ」と早々に話を打ち切り、今度はリリアに向き合った。


「リリア殿」


「は、はい! なんでしょうか!」


 背筋を伸ばして答えるリリアを見て、フェルナールが少したじろぐ様子を見せた。明朗快活、自信満々なこの男らしからぬ所作だった。


「あの、実は……。あなたに会わせたい人がいるのだ。少し待っていてもらえるだろうか」


 フェルナールはそう言うと、落ち着かない様子で応接間を出て行った。

 いったいなにをそわそわしているのだろう……?


「わたしに会わせたい人って、いったい誰なのでしょう?」


「さあな……」


 リリアに心当たりがないなら、俺に分かろうはずもない。

 俺たちが黙って待っていると、五分ほどして、応接間の扉がノックされた。


「失礼する」


 扉が開き、フェルナールが姿を現した。


「どうぞこちらへ」


 フェルナールに促されるようにして、一人の老人が応接間へと足を踏み入れた。

 年の頃は六十歳を過ぎているだろうか。髪や眉はすっかり白く染まっている。背が高く、痩せていた。反り上がるような眉を持つ鋭い顔つきは、まるで鷹のようだった。よく日に焼けた肌には深い皺が刻まれているが、背筋はピンと伸び、足取りも矍鑠かくしゃくとしたものである。

 身につけた衣服は上等な仕立てで、老人が高い地位にあることを物語っていた。


「……あっ!」


 老人の姿を目にしたリリアが小さな叫びをあげ、椅子を蹴るようにして立ち上がった。リリアは興奮した様子で、目を丸くして老人の顔を凝視している。


「あなたは……」


「お久しぶりでございます、リリア様。よくぞご無事で」


 老人は、震える声でリリアに語りかけた。硬質な外見と正反対の、慈愛に満ちた声色だった。


「ジーヴェン!」


「え、この人が?」


 リリアは俺の間抜けなセリフに頷くと、興奮で顔を紅潮させながら老人——ジーヴェンさんに駆け寄った。そして、胸に飛び込むようにジーヴェンさんに抱きついた。


「ジーヴェン、ごめんなさい……。あのとき、勝手に出て行って……」


「いえ、リリア様が出奔なされたのは、ひとえに我が不甲斐なさゆえ。どうか顔をお上げください」


 俺は感動の再会を果たす二人の邪魔をしないように気を付けながら、そっと立ち上がり、フェルナールの側まで歩み寄った。


「おい、どういうことだ。説明しろ」


「ジーヴェン殿とは以前、国の任務の途中で知り合ってな。行方不明のご息女を探しておられるとのことで、気にかけていたのだ」


 フェルナールは少し困ったような微笑を浮かべた。


「昨日、遺跡の件を考えているとき、ジーヴェン殿から聞いていた人相風体が、あまりにもリリア殿にそっくりだと思いあたったのだ」


「フェルナール殿には、リリア様の名前をお伝えしておりませんでしたからな」


「灯台もと暗しとはこのことだよ。慌てて飛竜を駆って、北方に住むジーヴェン殿に会いに行き、ご同行願ったというわけだ。バロワに帰る途中で、ジーヴェン殿に詳しい事情を伺ったときは、肝が潰れるかと思いましたよ、リリア殿。いや——」


 そう言うとフェルナールは姿勢を低くし、その場に片膝をついた。


「リリア様。これまでのご無礼、どうかお許しください」


 フェルナールは右手を胸に当て、こうべを深く垂れた。


「おい、どういうことだフェルナール! ちゃんと説明しろ!」


 何が起きているか分からず、俺は驚くばかりだが、それ以上に困惑しているのがリリアだった。

 突然目の前で跪かれ、様付けで呼ばれ、リリアは目を白黒させるばかりだった。


「私からご説明いたしましょう」


 困惑する俺たちを見て、ジーヴェンさんが口を挟んだ。


「リリア様の本当のお名前は、リリアーネ・フローネア・ハリア。このお名前は十八年間、リリア様ご自身にも秘密にしてきたものでございます」


 ジーヴェンさんから告げられた、リリアの真名。そこには、俺たちにとって馴染みの深い名称が刻まれていた。


「ハリア王国……」


「左様。リリア様のお父上は、十七年前に亡くなられたハリア王国の先王、グローデル・ザイシャル・ハリア様でございます」


「つ、つまり、リリアは、その、いまの国王の……」


 あまりにも展開が早すぎて、言葉が追いつかない。


「現国王陛下の、妹君にあらせられます」

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