終章 〈竜の娘〉と〈廃棄物〉

第60話 きみの呼ぶ声がした

 俺は何もない真っ白な空間を一人で歩いていた。

 どこまでも果てのない空間に、朝靄のようなものが立ちこめている。

 自分がどこに向かっているのかは分からなかった。ひどく身体が疲れている。だが、前に歩かなければいけない気がした。


「エイジさん……」


 俺を呼ぶ声がした。

 誰だろう? 声質はとても心地よいが、切羽詰まったような口調だった。


「エイジさん……!」


 分かったよ。すぐそちらに行くよ。


 俺は声のするほうへと駆け出す。

 そちらには何か良いものがある気がした。


 そのとき、俺は気がついた。

 ああ、これは夢だ。俺は早く起きなければいけない。誰かは分からないが、あの声の主が、きっと俺を待っている。


 これが夢だと気がついた瞬間、俺はまどろみから解き放たれた。


「……ここは、どこだ……?」


 目を覚ますと、知らない部屋にいた。

 六畳ほどの部屋は、石造りの壁に囲まれていた。俺が寝ていたのは、窓際に置かれた質素なベッド。シーツは真っ白で、とても良い匂いがした。

 窓からは、暖かい日差しが差し込んできている。


 身体がうまく動かない。手足が痺れる感触があった。

 あと、腹のあたりがなんか重い……。


「くっ……!」


 上体を起こそうとしたが、うまく身体が動かなかったので、首を僅かに動かして腹のあたりを見る。


 俺の腹の上に乗っていたのは、金色の毛玉だった。

 絹糸のような金色の毛をもつそれはゴソゴソと動き、俺のほうを見た。金髪の奥から、半開きになったエメラルドグリーンの瞳がこちらを見た。


「おは……よう……」


 かすれる声で起床の挨拶をすると、毛玉——俺の腹の上に突っ伏していたリリアの頭が、びっくりしたように跳ね起きた。


「エイジさん、目が覚めたんですね!」


 ふわりと風が吹き、花のような甘い香りが鼻孔を撫でた。

 リリアが俺の首に抱きついてきたのだと気がついたのは、それから数秒後のことだった。


「なあ、リリア……ここはどこだ?」

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