第22話 有名人も楽じゃない

 俺のもう一つの悩み。それは——


「うおおおおおお、エイジーーーー! リリアさんから離れろおおぉぉぉおおっ!」


 青空学校からの帰り道。

 俺とリリアが市場によって買い物をしていると、悩みの種が向こうから飛び込んできやがった。


「どけオラアァァァアア!」


 通りの向こうから全速力で走り込んできたのは、若草色の短衣チュニックとズボンを身につけた小柄な少年だ。年の頃は十代前半くらい。

 濃い茶色をした癖毛が風にひるがえり、ぱっちりとしたとび色の瞳と、そばかすの浮いた頬が露わになった。


「死ね!」


 少年は俺の手前で跳躍ちょうやくし、回し蹴りを放った。


「やめっ! うおおおおっ!」


 俺は寸前で蹴りをキャッチ——したものの勢いを殺しきれず、少年の体を抱えたままゴロゴロと地面を転がる。


『対象に接触しました。能力値とスキルセットを表示します』


**************************

対象=ジール


▽基礎能力値

器用度=16 敏捷度=17

知力=13 筋力=10

HP=11/12 MP=15/15


▽基本スキル

短剣術=2 盗賊体術=1 パルネリア共通語=2

罠知識=2 隠密=3 宝物知識=1


▽特殊スキル

なし


※スキル【コピー&ペースト】のレベルが足りないため、補正能力値、限界能力値、中級スキル、上級スキルの表示、およびコピーはできません。

**************************



いててててえ……。おい、ジール! いきなり襲いかかってくるなって、いつも言ってんだろ!」


「うるせえ、避けないお前がわりぃんだろうが! ていうか、いつまでもオイラにべたべた触ってんじゃねえ!」


「そりゃこっちの台詞だ。耳元でキャンキャン叫ぶなよ。お前の声は脳に響くんだよ。さっさと立て」


 この少年の名前はジール。一応は冒険者で、いまは斥候せっこう見習いのようなことをやっている。

 なんでも、以前リリアに危ないところを助けてもらったことがあるらしく、リリアに心酔している。

 ジールはこれまで何度も、リリアに自分を仲間に加えてほしいと頼み込んでいたらしい。だが、リリアは例の〈発作〉があるため、誰かとパーティを組むことを断り続けていた。

 そういうことがあったせいで、突然リリアと同居を始め、仲良く街を歩いている俺のことが許せないらしい。で、俺の姿を見つけるたびに、こうやってちょっかいをかけてくるってわけだ。


 俺はジールの体をふりほどくと、立ち上がって衣服の埃を払った。

 ついでにジールの手を取って体を起こしてやる。困ったやつだが、まだ子供だからな。


「フンッ!」


 ジールはそっぽを向きながら俺の手を取って立ち上がり——


「痛ッてええええ!」


 俺の向こうずねを蹴り飛ばしやがった!

 そして俺の手をふりほどき、一目散に逃げていく。


「こら、ジール! エイジさんに謝りなさい!」


「いくらリリアさんの頼みでも、それだけは聞けないね! またな!」


「待ちなさーーーーーーーい!」


 ジールの姿はあっという間に見えなくなってしまった。リリアは「まったくあの子ったら!」とおかんむりである。


 市場のおっちゃんやおばちゃんたちは、そんな俺たちの姿を見てゲラゲラ笑っていた。

 ジールはしょっちゅう俺に喧嘩を売ってくるもんだから、今回のような騒動も、市場の人々にとっては「いつものコント」くらいの認識なのだ。


「まったく、困ったもんだな」


 俺が独りごちると、リリアは「あの子も悪い子じゃないんですけどね」とジールをフォローした。


 いや。

 ジールが悪いやつじゃないのは俺もなんとなく分かるんだが、俺の言う「困ったもん」は、実はあいつのことじゃない。


 俺の悩み事——誤算。

 それは「想像以上に、この街でリリアが有名だったこと」である。

 リリアといっしょに街を歩けば、見知らぬ人たちにしょっちゅう挨拶されるし、市場の人はみんな親切にしてくれるし、衛兵たちも礼儀正しい態度を取ってくれる。


 まぁ要するに、かなりの人気者なのだ。そりゃとんでもない美人で、(少なくとも昼間は)上品で清楚、剣の腕も立つとくれば、目立ちまくるのも無理はない。

 なんでも、冒険者たちの間では「姫様」なんて渾名あだなで呼ばれているらしい。


 そんな「姫様」と並んで歩く俺はどうなるか。当然、目立ちまくるわけである。

 しかも俺の「設定」は、記憶喪失の流れ者で、なぜか古代語が読めて、子供に勉強を教えるのがうまい。さらに、例のゴブリン退治のときの噂がいつの間にか広まっており、リリアと並ぶ剣の達人でだということになっている。噂の出どころは、あの砦の兵士だろうな……。

 ともあれ、俺はあからさまに怪しい存在なのだ。


 いまは幸い、リリアの信用が高いおかげで、露骨に不審者扱いされることはないが、何か変な行動を起こせばどうなるか分からない。

 そう思うと、街中の人に監視されている気がしてきて、どうも居心地が悪いのだった。


「困ったものですね」


 俺の横でリリアが眉をひそめた。


「ジールには、あとでわたしからキツく言っておきます」


「いや、別にいいさ。あのガキ、今度捕まえたら目にもの見せてやるぜ!」


 リリアのせいで目立っているとは言えないので、俺は精一杯おどけて見せるのだった。

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