第24話 相棒


「ごめん、フッキー。せっかくの誕生日だったのに」


 目の前のリコは涙をぬぐう。みんなどう反応していいか分からないと言った様子で俺の反応を待っていた。


「あれから、みんなフッキーのこと無視するようになって……」


「待て待て待て。まず情報を整理しよう。まず、リコお前は誰だ」


「えっ!? そこから!?」


 ルルが声をあげた。だってしょうがないだろ。崎本眞莉子という名前の女子に心当たりがないんだから。


「……デリコ、って言ったら分かる?」


「デリコ? デリコ……、ああ! 小学校の時のクラスメイトのデリバリーサキモトのデリコ!」


「……うん」


 名前を言われたら小四の頃がよみがえってくる。


 しかし、リコがデリコだなんて全然気づかなかった。確かに小学生の時のリコはスポーツが得意だったけれど、率先してリーダーをやるようなタイプじゃなかった。どちらかというと誰かの後の後をついていくような子供だった気がする。


「ごめん、フッキー。あの時謝れなくて」


「な、なんでお前が謝るんだよ」


 正直言って、謝られる理由が分からない。確かに誕生日の時にリコとはひと悶着あった。けれど、あれは配慮が行き届かなかったうちのせいだ。そう、母さんも後から言っていた。


「だって、フッキー。あの後すぐに転校して」


「それは元々、マンションから今の家に引っ越すことになっていたんだよ。誕生日の時に大々的に発表する予定だったんだ」


 未だに涙声で言うリコに俺は視線を逸らす。俺が引っ越したのは一週間後だ。確かにその間、学校に居づらかった。


「お母さんだって忙しそうにしていて、祝ってもらえなかったんじゃないの?」


「そりゃ、母さんはいつも忙しいけど、あの日は盛大に祝ってもらえたぞ。なにせ大量のピザとケーキが余っていたからな!」


 思い返すとあの時ほど両親に祝ってもらった誕生日は無かった。あまりの大量な料理に三人とも返って笑えた。連日、冷凍しておいたピザなのには辟易したけれど。


「というか……」


 そう、思い出すとあの年の誕生日はいい思い出だった。だが、その前のことを考えると、謝るべきなのは俺の方なのではないだろうか。今思い返しても、小学生だったリコを傷つけたことは間違いない。


「ああ、と、その……」


 ゴシゴシと腕で目元をこすって、リコは俺を見つめてくる。


「ごめんね、フッキー。私、たぶん嫉妬していたんだと思う。お金持ちでいつも優しいお父さんお母さんが一緒にいる家庭なんだって、勝手に思っていた。お店もね、あの後、潰れちゃったんだ。元々お父さん経営とか苦手だったし。私がしたのはただの八つ当たり。ごめんね」


「そ、そりゃ、そんな幸せな家庭? とかじゃないけど、これはこれで自由で悪くない。それよりリコ、何年前の話をしてんだ。いまさらそんなの気にしてねぇよ」


「そ、そうだよね。フッキーって昔から人気者で友達もいっぱいで……」


「藤垣くん、友達いないよ」


「おい、綾森! 今はそれを言う場面じゃねぇだろう!」


 上手く丸め込めそうだったリコが目を見開く。


「やっぱり、フッキー」


「いいんだよ! 友達なんていなくたって! ちょっと仲のいいクラスメイトや友達候補が何人かいればいいんだ!」


「それってほぼ友達なんじゃ」


 メグがポツリと言う。


「いや友達っていうのはな。何でも話せて、何でも許せるような間柄なんだ。つまり、こんな表面的な会話じゃなくて、もっと何でも話せるような人の事だ」


「フッキーの友達設定って重い」


 タツが言うので俺は睨む。いや、自分でも友達っていうかこれ親友の域だろって思うけど。


「それよりー、お腹空いた! 早くファミレス行こうよ! リコも泣いていないでさ!」


 ルルがその場の空気を吹き飛ばすかのように言った。メグもリコの手を握って言う。


「そうだよ。リコちゃん、今日はがんばったんだからデザートたくさん頼もう!」


「おう。頼め頼め、俺がおごってやる」


「みんな……、ありがとう」


「それじゃ、みんな、あんまり遅くならないうちに帰るんだよ」


 ネット越しに綾森父が手を振りながら歩いていった。




 ……結局、謝れなかった。


 俺たちは運動着から着替えて、ファミレスへと向かう。雨に濡れた道を歩きながら、リコたちの後ろ姿を見つめた。四人はつかず離れずいい距離感で歩いている。


 しかし、まさかリコがあのデリコだったなんて。五年も経つと女子はずいぶん変わるな。俺は変わっているだろうか。変わっていないからリコは俺が俺だと分かったのかもな。


「ねぇ、藤垣くん」


「なんだ、綾森」


 黙って横を歩いていた綾森が話しかけてくる。


「リコちゃん、ずっと謝りたかったんだろうね。よかったね」


「よかったのか?」


「よかったよ」


 俺はさっぱり忘れていて謝られても、すぐには理解できなかったのに。俺も謝らないといけない。この後、どこかのタイミングで言おう。


「リコちゃんの言っていた件があったから、藤垣くん友達を作れなくなったの?」


「いや。転校先では前みたいには相手にされなかったんだ。俺がわがままで鼻持ちならない奴だってすぐにバレたんだろうな。そう思うとリコたちクラスメイトは転校する時まで、よく付き合ってくれたもんだ。いまも友達がいないのはそのせいだろうな」


 もしあの時、すぐにリコに謝ることが出来ていたら、友達がいただろうか。


「言質とった」


「は?」


 思わずポカンとする。綾森は人差し指を立ててトクトクと言う。


「今の言葉を解析すると藤垣くんは友達がいないのは自分のせいだと思っている。でも友達が欲しい。でも近づきすぎて傷つくのが怖い」


「こ、こんなの言質になるかよ。大体、誰が怖いだなんて」


「でも、そうだよね」


「なんだよ。いきなり精神分析? なんて始めて」


「私なら大丈夫だよ。藤垣くんのこと大分分かってきたつもりだし、元々打たれ強いし」


 打たれ強いか? ストレートに打ってもそこにいないから打たれないだけじゃないのか?


「つまり?」


「つまり、そろそろ友達候補じゃなくて友達になろう」


 綾森がキラキラした目で俺を見上げた。


「お前は最初からいきなり近づきすぎなんだよ」


 俺は綾森のおでこに手を当てて遠ざける。全く友達が四人もできたからって、はしゃぎやがって。


「でも、ほら。藤垣くんと一緒にいたらたくさん友達出来たし。島田くんともちょっとは話すようになったし。私の予感当たっていたよ」


 俺と一緒にいたら友達が出来る気がするって言っていた、あれか。別に俺と一緒にいたから友達が出来たわけじゃないだろう。自分の口で友達になるって言っていたじゃないか。


「あとは藤垣くんに友達候補から友達に格上げしてもらうだけ」


「お前は友達候補じゃないだろ」


「えー。まだ、ちょっと仲のいいクラスメイト止まりなの」


「いや、それも違うな」


 俺は腕を組んで考える。綾森とリコは接し方もどこか違うと自覚している。


 友達はまずない。クラスメイト? 仕事仲間? 


 おかしな発言もあるけれど、そのおかげで上手くいくこともある。放っておけなくて、一緒じゃないと仕事はまず不安。というと……。


「うーん、相棒とか?」


「……つまりパートナー」


 微妙な沈黙が二人の身長差分流れる。


「……それはないな」


「おーい、フッキー! 綾森ちゃん!」


 ファミレスの明るい店内の前でリコたちが手招きしている。俺と綾森は急ぐことなく、みんなの元に向かった。

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