第6話 行列
俺たちは竹下通りの人ごみの中に入り、人波にもまれながら、なんとか目的の店へとたどり着いた。
「僕、一度飲んでみたかったんだよね。本場のタピオカ。一人で行くのもなんだしさ。若い子たちと一緒でちょうどよかった」
語尾に音符が付きそうな口調で渡利さんは話す。
俺たちはタピオカミルクティーを売っているドリンクスタンドの長い列に並んでいた。というか、ファストフード店でも並んだけれど、タピオカミルクティー一つ飲むのにも並ばないといけないんだな。事前の打ち合わせで分かっていたことではあるけれども。
俺はいら立ちでトントンと足音を鳴らさないように気を張りながら、すぐそこにある渡利さんの顔を見上げた。
「本場って言ったら台湾だから、中華街とかなんじゃないですか?」
「いやいや、いまタピオカって言ったら女子高生の聖地原宿でしょう。昔すごく流行ったんだよ。未だに結構人気あるし。知らない? 綾森ちゃん」
「タ、タピタピ?」
鳥が鳴くような声を出して綾森は首をかしげた。
「あれ? もしかして知らない? タピオカ」
綾森は素直にこくりと頷く。そういえば綾森の家にはテレビは無かったし、スマホも持っていない。その上、綾森には友達がいないのだ。知らなくても仕方ないかもしれない。
「タピオカって言うのはね。黒くて丸いお団子みたいなのだけど」
「お団子? 私たちお団子の列に並んでいるの?」
「いやいや、お団子って言っても小さくて、ミルクティーの中に入っているんだけど」
とぼけた綾森の質問に渡利さんは丁寧に答えてくれる。
あれだな、と思った。
これ、どう考えても依頼人とサービス提供者との関係じゃないなと思う。なんか久しぶりにあった親戚のお兄ちゃんという感じだ。
「って感じかなぁ」
「なんとなく分かりました。これは小さいお団子入りミルクティーに並ぶ列なんですね」
「うーん。まぁ、そんなとこ! 飲んだら分かるよ!」
やけ気味に渡利さんは親指を立てた。
「あの、渡利さん」
ポケットに手を突っ込んだまま、俺は背の高い彼に話しかけた。
「ん、なんだい、藤垣くん」
「本当に、俺らなんかでよかったんですか?」
え。渡利さんが沈黙する。渡利さんの軽い調子ならもちろんだよって、言われると思ったのに。聞いたのはこちらなのに、やけにドキドキしだした。
「渡利、さん?」
「ああ、うん。えーと、派遣されるのが高校生の君らだって聞いて驚いたよ。だけど、原宿だしね! むしろ、ベストマッチさ!」
俺にはとてもベストマッチだとは思えないが、それまで以上のにこやかさで笑う渡利さん。笑顔をふり絞ったような気がするのは気のせいだろうか。
それから列に並ぶ間、渡利さんは一方的にしゃべった。
「僕が高校生の時はバスケ部だったんだ。この身長だろ。だから、入学した時にバスケ部の先輩にスカウトされてさ! 君たちはなんの部活しているの」
「帰宅部です」
「それでさ、部長のギャグが滑り倒すんだけど、飲み会の席じゃん。だからもうお愛想でも笑うしかなくてさ。君らはまだそういう経験ないでしょ」
「そりゃ、ないですよ」
はははと笑いをくっつけながら、酒の力を借りたいと思ってしまう。別に渡利さんの話がつまらないとかいう訳ではない。ただ適当な返事しか出来ない俺は酔いに任せればするすると言葉が出てくるのではと思った。
まぁ、この場に酒があるわけでもなく、俺は未成年なわけで飲めないわけなのだが。渡利さんがおしゃべりなおかげでこの場は持っていた。
「というか、お前も何か話せよ」
小声で言いながら隣の綾森を肘でつつくも、綾森はだんまりを決め込んでいる。俺だって適当な返事しか出来ないんだからな。
「どうやったら、渡利さんのような大人になれますかね」
俺は割とまじな質問をしてみた。正確には渡利さんのようにポンポン会話が出てくるような大人にだ。
「えー、僕なんて普通、普通。藤垣くんたちみたいな未来のある子の見本になるような人間じゃないよ」
謙遜するように渡利さんは手を振る。
「そんなことないっすよー。なんでもいいんで、教えてください」
「いやいや、本当。普通だから!」
その普通が俺や綾森は出来ないのだ。
しかし、俺が愛想笑いを浮かべて話している場面を、綾森以外のクラスメイトに見られたらと思うと冷や冷やする。
学校ではあれだけ嫌な奴なのに、金を貰うっていうだけで、にこにこしちゃうんだとか! 自分たちには威張っているのに大人にはへこへこするんだとか! クラスメイトたちが口にしそうなことが頭の中を回りだした。
俺は隙を見て人の波の中に見覚えのある影がないか探す。竹下通りが人でにぎわっているからこそ、クラスメイトが遊びに来ている可能性も上がるのだ。
「それでさ。大学の時に行った旅行の話なんだけどさ」
渡利さんのおしゃべりは止まらない。高校時代の話から始まって、勤めている職場の話ときて、今度は大学の時の話になった。渡利さんのトークは俺の曖昧な相づちにも関わらず軽快に繰り広げられる。しかも話せば話すほどご機嫌になっていくような気がした。
もしかしたら、渡利さんはおしゃべりすることでストレスを発散させているのかもしれない。だから友達代行なんて、友達が多そうな渡利さんが利用しているんだ。俺たちには助かるけれど、このペースでしゃべられたら普通の友達は嫌がるのかもしれないもんな。
そうこうしているうちに行列は進んでいく。
「おっ。やっと順番が回ってきたよ。他にもいろんな味があるみたいだけど、どれがいいかな?」
「他に違う味があるんですか?」
ミルクティー以外にタピオカの飲み物があることを初めて知った。俺はメニューを覗き込んだ。そこにはミルクティー以外にいちごミルクにマンゴーミルク味がある。
「綾森、どうする?」
「えと、えーと、いちごにしようかな。というか、た、高い」
一杯五百四十円。俺にしたら大した金でもないが、綾森からは高く感じるらしい。
「俺は一番スタンダードなミルクティーで。綾森の分は俺が払います」
「何言っているんだい。二人の分も僕が払うよ。そういう約束だろ」
渡利さんはバッグの中から財布を取り出す。そういえば、俺は前とは逆の立場なのだと改めて感じる。しかし、改めて考えるとすごい仕事だな。飲食代を全部出しておいてもらいながら、最後には報酬までもらうんだから。まぁ、それを雇う側も分かっていて雇っているのだから、いいのだろうけれど。
「タピオカミルクティーを二つといちごミルクを一つお願いします」
「かしこまりました。千六百二十円になります」
黒いエプロンをした店員さんが受け答えをして、渡利さんはスマホで簡単に支払いを済ませた。
「お待たせしました。タピオカミルクティー二つにいちごミルク一つですね」
ほどなくしてタピオカミルクティーは出来上がり、俺たちは行列していたドリンクスタンドからやっと離れることが出来た。座る場所もないので歩きながら飲むことになる。
「あー、やっと飲めるね。それじゃ、いただきましょうか」
渡利さんの合図で三人揃って太いストローに口をつけた。
「……お団子が詰まって、吸えない」
「思った通り甘いっすね。まあ、でも程よい甘さというか」
俺も初めて飲んだのだが、なかなかうまい。タピオカもモチモチしていて、飲み物とは思えない食感が楽しめる。女子高生たちがハマるのも頷けるというものだ。
「んー、美味しい! 並んだかいあったねっ、アヤメ」
「アヤメ?」
綾森ちゃんじゃなくて? 俺は思わずいぶかし気に渡利さんを見てしまった。あ、いやーと言いながら渡利さんの顔はみるみるうちに真っ赤になっていく。
「ち、違った、違った。綾森ちゃん、いちごミルクの方はどう?」
取り繕うように綾森に話しかける渡利さん。頭が同じ『あ』だからと言って、間違うだろうか。
ただ、アヤメと呼んだのは、もしかしたら渡利さんは本当ならその人と来たかったんじゃないだろうかと思う。そのアヤメさんはきっと忙しくて、代打として俺たちが友達代行として呼ばれたのかも。ありうる話だな。まぁ、俺たちには関係のない話だが。
ストローに口をつけながらそんな風に考えていたが、実際はそれどころじゃなかった。
「あれ? 綾森ちゃん??」
渡利さんが立ち止まってキョロキョロと辺りを見回す。俺も立ち止まると、通行人が邪魔くさそうに避けていく。
「綾森?」
俺と渡利さんの間にいたはずの綾森が忽然と姿を消していた。つい二、三分前はいたのに。俺たちは人の邪魔にならないように壁際にはけた。
「あちゃー、はぐれちゃったかな。綾森ちゃん、小さいから。藤垣くん、とりあえず電話鳴らしてみてよ」
「……あいつスマホ持ってないっす」
「え? そうなんだ」
何やっているんだよ、綾森。客と俺を残してはぐれるなよ。お前がいたからタピオカ持っていても不自然じゃないんだぞ! 俺と渡利さんだけじゃ、なんか微妙な関係に見えるじゃないか!
お前がいたから、親戚の女子のタピオカに付き合う二人って感じでよかったんじゃないか!
スマホ持ってない奴がはぐれるとか。この人ごみの中どうやって見つけろと?
「どこかそこら辺にいそうだけれど」
渡利さんは周りを見渡して綾森を探してくれている。しかし、彼は客だ。アミーゴファミリーに友達代行を頼んできた客だ。二人で一人前の仕事をするつもりが、お前がはぐれてどうする、綾森。
「ちょっと、すみません」
俺は渡利さんに断ってスマホを操作し始めた。綾森はもちろん持っていないが、俺は綾森姉にラインを送る。文面はこうだ。
『原宿で、依頼人を置いて綾森が消えた。どうする? 金は貰わずに帰ってもらうか?』
問題は綾森よりも渡利さんだ。サービス提供中だというのに消えた奴は後で探すとして、申し訳ないが渡利さんには帰ってもらうのがベストだ。じゃないと俺一人では、十分な友達代行を行えるとはとても思えなかった。
綾森姉も妹の仕事を心配していたのか、すぐに返事が来た。
『未希はぐれちゃったのか。仕方ない。お客さんには半額払ってもらって、帰ってもらって。半分の時間は付き合ったんでしょう。それから、出来れば未希のこと探してやってね』
『分かった』
さすがにタダとはいかないようだ。まぁ、綾森のほぼ日の丸弁当もここで金を貰わないと無くなってしまうかもしれない。
「渡利さん、すみませんが」
俺はスマホをポケットに入れて、渡利さんを振り返る。
「うん。手分けして探しに行こう!」
「え」
気がついたら渡利さんの背中が人の波に吸い込まれていく。
「ちょ、ちょっと、ま、え?」
俺は自分の額を押さえる。ここで別れようと思っていたのに。なんてお人好しな人なんだ。仕方がない。俺も探しに……。しかし、タピオカ片手にはたと気づく。
俺、渡利さんの連絡先知らないじゃん。
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