筋金入りのドライバー

 ヒロシは、再びホームから地上にあがり改札を出る。

駅前でタクシーが戻ってくるの待ちながら時計を視た。かなり時間をロスしてしまった。

「(昼時にもどるのは難しくなったなぁ・・まずい。)」


そうこうしているうちに先程のタクシーが戻ってきた。ヒロシの前にタクシーは止まり、タクシーの左前ドアの窓が開いた。


「いやー、ごめんごめん、いつもお客さんが降りた後は必ず確認するんだが、さっきは気づかなかった。シートの下に落ちてたよ。」


運転手はスマホを窓越しにヒロシに渡した。

「助かりました。僕も良く忘れるんで気を付けます。わざわざありがとう。」

「どういたしまて。それでは。」

運転手は窓を閉めて再び走り去る準備をした。


ヒロシはちょっと考えて、慌ててタクシーの窓を叩いた。運転手は気が付き、今度は後ろドアを開けた。ヒロシは空いたドアから運転手を覗きこんだ。

運転手、

「どうされました? まだ、忘れ物があるとか?」

「あの、実は仕事に間に合わなくなってしまって。今から横浜まで飛ばすと12時半までに着けますか?」

運転手「高速で行けば十分間に合いますよ。」


ヒロシは少し考えた上で、しかたがない・・。

「また、乗せてもらえますか?」

「どうぞ、どうぞ。」


ヒロシは再びタクシーに乗り込んだ。タクシーは早速走り出した。

もうタクシーで行くと決めたヒロシは、時間に対してなるようになれと開き直った。料金も張るがそういう日もあるだろう・・。


「いやね、実は仕事の時間に十分戻れると思っていたら、スマホ忘れて時間を使っちゃった。」

「そういう時もあるよ。お客さん、さっきのカップルに気を取られていてスマホをカバンにしまい忘れたでしょう?」

「ははは、図星だ。」


ちゃかされて、ヒロシはようやく心的余裕が出てきた。

「話変わるけどさ、運転手さんは個人タクシーだよね。毎日仕事してるの? さっきのカップルのように平日の休みはあるのかい?」

「仕事は月曜~金曜だよ。だから、私も先ほどの平日昼間に遊びに行けるカップルは羨ましいよ。」

ヒロシは同じことを思う人がいてこのタクシー運転手に興味が沸いてきた。


「そうだよね!働いている時間は?夜中も働いているの? タクシーはそのほうが稼ぎがいいって聞くけど。」

「9時から16時半だよ。もう年だし、家内の面倒もみなきゃいけないし、気楽にやっているよ。」


「奥さん? どうかしたの?」

「10年前にね、脳梗塞になって痴ほう症気味なんだ。だから毎朝ね、デイサービスに家内を預けてね、営業終了後に引き取りに行くのが日課なんだよ。ひどい症状じゃないけど介護の毎日だよ。」


ヒロシは、運転手の奥さんを思った。

「それは大変だ・・、奥さんはおいくつ?」

運転手、「家内は、78才だよ。さて、私は何才に見えるかな?」


ヒロシは質問をされて、タクシーの天井を見ながら考えた。

「うーん、もちろん僕よりは随分上だと思うけど・・、奥さんは78才だから80才ぐらいかな? でも、運転手さん若くみえるから、年上女房かな?」

運転手「ははは、そう見えかい?」

運転手は続けた。

「私はね、84才だよ。」


ヒロシ、

「えっ84才って、老人には見えたがそんなにお歳をとっているとはびっくりだよ。昨年亡くなった僕の父が生きていたら同い年だね。」

運転手、

「ほぉー、そうかい。おとっさんと同じか、そりゃぁ、親近感が湧くねえ。」

ヒロシ、

「ほんとうだね。それにしてもそんなお歳でタクシーの営業してるって凄いね。お仲間もたたくさんいるんですか?」


運転手は一間おいておいて話を続けた。

「あのエリアでね、個人タクシーやっている最長老なんだよ。筋金入りのタクシードライバー・・、と言いたいが回りがみんな辞めてしまって・・。」


ヒロシは驚きの表情をした。

「えー!、最長老!、それは凄い! いやー、お元気ゝ々々。そんな貴重な運転手さんの車に乗れたとは。なんかおみくじで特別な大吉を引いたようで嬉しいなぁ。しかも今日は2回も乗った。いや、家によった前後を2回とすれば3回だ!」

運転手「ははは、そうだね、偶然だねぇー。」


運転手とヒロシは談笑しながらタクシーは高速を横浜へと向かった。

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