第24話


「どうしたのだ?」


 俺はアリアとクロウドに問いかける。


「……サクヤ、その服……どうしたの……?」


 アリアは箱庭で着替えた俺の衣装に、目を丸くして驚いた表情をして言った。


「お前……場を和ませるために仮装しているのか……?」


 クロウドはそう言って、俺の前世の時の格好を仮装と勘違いしたらしく、また笑いを堪えるように下を向く。


「この服は物理防御に特化した魔法具だ」


 俺は言うのと同時に魔剣を鞘から抜き、クロウドの立っている方向へ投げつけた。


「なっ……!」


 クロウドは不意に投げられた魔剣に反応できない。

 魔剣はクロウドの真横を通過して壁に突き刺さった。


「おい! いきなり剣を投げつけて……どういうつもりだ!?」


 クロウドは先ほどの笑いを堪えていた表情から、鬼の形相で目の前に立ち、俺の胸ぐらを掴む。

 どういうも何も……おそらく、クロウドは仮装したと笑った事に、俺が怒って魔剣を投げたとでも思ったのだろう。

 そんな事で投げるわけがないだろ。


「サクヤ……!」


 アリアもいきなりの出来事に驚き、金縛りのごとく動かない。


「……不意に投げたのは悪かった。とりあえず、投げた魔剣を見てくれ」


 俺がそう言うと、クロウドとアリアは魔剣が刺さっている壁に視線を移す。


「「えっ……!」」


 アリアとクロウドは魔剣を見て驚愕した。

 人間のような姿をした生き物、正確には魔族を貫通して壁に突き刺さり、はりつけの状態になっている。


「魔族が隠れていたが……気付いていなかったのか?」


 俺は二人に問う。


「……気付かなかった……」


 アリアはそう言って、首を横に振る。


「私とした事が……不覚だった」


 クロウドは俺の首を掴んでいた手を開放して、悔しそうな表情で言った。

 どうやら二人共気付いていないようだった。


 俺は磔にした魔族に近寄る。

 ほう……。まだ微かに呼吸をしているのか……。

 魔剣は心臓を貫いているので、人間であれば即死なのだが。


「ぐっ……」


 魔剣は磔られた魔族の魔力を容赦無く吸い上げ、付与魔法へ変換して強化されてゆく。

 魔族は魔力を少しずつ吸い取られ、苦しそうにうめき声を漏らす。


「誰に命令されてここに居る?」


 俺は刺された魔族に問う。


 死ぬ前に少しくらい得られる情報があれば良いが……。


「……誰が……貴様に……話すものか……」


「フッ……。お前は所詮使い魔程度の魔族だ。話せないのではなく、知らないのだろう?」


 意外にも口が堅いようなので、俺は磔られた魔族を軽く挑発して尋問する。


「人間ごときに……口は割らん……」


 これもまた意外だな。

 挑発に乗ってこないとは……。


「……使い魔にしては忠誠心がある方か……」


「俺は使い魔などでは────」


 磔られた魔族がそう言いかけた時、魔剣が魔力を全て吸収した。

 魔力が枯渇してしまったため、魔族はそのまま絶命した。



「サクヤ……もう大丈夫……?」


 アリアはそう言って、心配そうに俺に近づく。


「ああ、大丈夫だ。こいつはもう死んでいるようだ」


 俺はありのままの事実を告げながら、魔剣を鞘に収めた。


理事長室ここに魔族の使い魔が現れるとは……」


 クロウドはそう言い、魔族が隠れていた事実に気付かなかった事を、悔やんでいるようだ。


「こいつに気付かないのは、仕方の無い事だ」


 今の人間に探知できるレベルの術式では無い事は、俺が保証する。


「……慰めはいらぬぞ」


 クロウドは俺の言葉に対して、そう言った。

 プライドの高いクロウドらしい言葉だ。


 現世の人間の中では、クロウドはトップクラスの魔力を持っているうえ、それを自在に扱えるだけの技術も持っている。

 だから、気付けなかった事が余程ショックだったのだろう。


「慰めではないぞ。俺が同じ事をすれば分かるだろう?」


 そう言って俺は、まず不可視魔法を自分自身に発動する。


「「消えた……!」」


 アリアとクロウドが同時に驚きの声を上げる。


「……あれ?……でも、サクヤの気配がする……」


 アリアは魔力探知の魔法を知らない筈だが、おそらく周囲の魔力を敏感に感じ取る感性に優れているのだろう。


「今は不可視魔法だけを使っている。次はどうかな?」


 俺は隠蔽魔法を重ねて発動する。


「……サクヤの気配が……消えた……」


 アリアは気配が消えたことに呆然として言った。


「……これなら確かに、私には見つける事が出来ない筈だ」


 クロウドもそう言って、納得せざるを得ないといった表情で腕組みをした。

 俺は不可視魔法と隠蔽魔法を解除する。


「魔族が侵入する際に使う可能性が非常に高い。クロウド、これを察知できる魔法を覚えたくはないか?」


 俺はクロウドに視線を送り提案する。


「確かに、覚えなくてはならない魔法だが……そんな時間があるのか?」


 クロウドは俺にそう聞き返す。

 探索魔法でも簡単な基本察知なら、二人の実力なら一日あれば覚えられるだろう。


 だが、先程の魔族が使ったレベルの隠蔽魔法に気付くには、早くても一ヶ月以上は見ておくべきだろう。


「いつ魔族が本格的に動き始めるか分からない。今はその時では無いな……」


 俺は小さく呟くように言い、首を横に振った。


 探索魔法を、二人には遅かれ早かれ覚えてもらう必要があるのも事実だが、覚えるには遅過ぎたのだ。


「そういえば、今の魔族はいつの間にここに入ってきていたのだ?」


 クロウドは俺に視線を送って言った。


「俺がこの魔剣や服を取りに行って戻ってくるまでの間、三〇分程の時間だろう」


 俺はクロウドにそう伝えた。

 箱庭に向かうまで、魔族の気配は俺の探索魔法に引っかからなかった。

 それも前世の俺が研究に研究を重ね、改良の限りを尽くした探索魔法だ。

 使い魔程度の使う隠蔽魔法を見つける事など造作もない。


「……足音も無かった……」


 アリアが言う通りだ。

 使い魔程度でも、隠密への適性は人間と比較すれば、魔族の方が圧倒的に優れている。


「隠密適性に優れる魔族なら、不用意に足音を出す事は無いだろう」


 そうなると、二人に探知できる方法を考えなければならない。

 簡単な方法があるではないか……。

 そのために俺は口を開く。


「クロウド……」


「何だサクヤ?」


「この部屋の結界を……少し改変してもいいか?」


 俺はクロウドに提案する。

 手っ取り早い方法は、クロウドが元々この部屋に展開していた結界を、俺の魔法で構築し直す事。


「ああ……なら構わんぞ……」


 クロウドはそう言い、仕方ないかと溜息を吐きながら、渋々承諾した。

 クロウドの展開している結界は、魔力を外部へ漏らさない力に特化しているので、探索魔法に準ずる効果に関しては皆無だ。


「了解した。では、を、この結界に追加構築させてもらうぞ」


 俺はクロウドが構築した結界の魔法陣を読み解く。

 そして、針の穴を通すように慎重に、元々の結界の魔法陣の構成配列を、崩さないように注意して再構築した。


「これで、この部屋に居る間は魔族の侵入はすぐに発見できるぞ……」


 俺はクロウドに視線を送りニヤリと笑った。


「礼を言う。だが……の人間には、魔族を単独で討伐する力が無い。結界を再構築したところで、意味が無いのではないか?」


 クロウドはそう言い、呆れた表情で俺を見ていた。

 俺は人間と魔族の戦闘能力差を完全に忘れていたのだ。



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