第42話 エリス教の闇:3

「ヘレン、まさかと思うけど…?」


「はい、私の『魔神』とやらの力でどうにか出来ませんか?」


やはり同じ事を考えていた。あれを発動させるにはヘレン自身がとても傷付かなくてはならない。エリス教神官としては勿論、姉代わりとしてもそんな事を許す訳にはいかない。


「馬鹿な事を言わないでヘレン、自分で何を言っているのか分かってるの?」


「勿論です。お姉様に冒険者になりたい、と伝えた時から覚悟はしていました。遅いか早いかだけです」


実は機械なんじゃないかと思うくらいいつも冷静なヘレンだが、いつも以上に冷たい声で言い放った。それが覚悟なのか自棄なのか私には分からない。


「大体誰にもあれを制御出来ないのだから、仮に出せても私達を攻撃してくる可能性も…」


「ならば俺の出番だな…」

ゲオルグが一歩前に歩み出る。

「俺が『デコイ』でヘレンの攻撃を引き受ける、瓦礫を背にしておけばヘレンの攻撃で瓦礫を掃除してくれるだろう」


「ゲオっち、それは危険じゃない? あのアクシズ教の剣士クンだってヘレンちゃんにはボコボコにされてたんだよ?」

シナモンの意見に私も賛成だ。何が起こるか分からない状態で博打は出来ない。


「だがしかし、現実的に今一番の攻撃力があるのはヘレンの魔神だ。くまぽんの魔法がいくら成長したと言ってもここを崩した『ばくはつまほう』? だかには敵わないんだろう?」

それはそうだ、でも…

「それに俺は防御に優れた聖騎士クルセイダーだ。俺の守りを抜けるものなら抜いてみろ、ってところだな」


またそうやって不安になる事を言う。本人は自覚ゼロで『決まったな!』という顔をしている。


「大丈夫ですお姉様、きっとうまくいきますよ…」

普段無表情なヘレンがぎこちない笑顔を作って言ってくる。気を遣わせているのが分かるぶん、とても辛い。


…ズルいよ、これじゃ私一人で駄々をこねているみたいじゃないか…。


「…分かりましたヘレン、貴女の覚悟、見届けさせてもらうね…」

暴走しても私が絶対止めてあげるから。


「話は決まった? じゃああとはボクの番だね」

シナモンの出番らしいが何をする気なのかは分からない。まさかヘレンを殴りつけたりはしないと思うが…。


「あの、出来ればあまり痛くしないで下さい…」

ヘレンがシナモンに背を向けて目を瞑る。声が微かに震えている、やっぱりあの子も怖いのだ。


「フッフッフ、暗殺者アサシンの腕前、とくと御覧ごろうじろだよ!」


そう言ってシナモンは懐に持っていた革袋の中身をヘレンにぶち撒けた。途端に全身真っ赤に染まるヘレン。血の匂いが辺りに充満し、据えた墳墓の埃の匂いと交じり合う。


何の予備動作も無くいきなり血塗れにされたヘレンは驚きと血の恐怖からか「ヒッ!」と一言小さく叫んで気絶してしまった。シナモンさん手際良すぎるわ。って言うか暗殺者アサシン関係ねぇ!


「いやぁ、こんな事もあろうかと市場で豚の血を貰って来てたんだよねぇ。さて、うまく行くと良いけど…」

死ぬまでに一度は言ってみたい台詞だよね『こんな事もあろうかと』。


倒れたヘレンを見守る、やがてヘレンの体からモノクロの炎が立ち昇る。魔神化の前兆だ。そのまま浮き上がるように立ち上がるヘレン、予定の第一段階は成功である。


デコイ!」

ゲオルグが瓦礫を背にしてスキルを発動させた。


聖護ホーリー・アーマー! 祝福ブレッシング!」

私はゲオルグを支援する魔法を掛けていく、


ヘレンの視線がゲオルグを捉えた。

ゲオルグが盾を前面に構えて防御態勢を取る。

ヘレンの、いや魔神の怒濤の攻撃がゲオルグを襲い始める。


私達より遥かに強かった、あのアクシズ教のチンピラでもまるで相手にならなかった魔神、その凄まじい衝撃波攻撃にゲオルグは耐えていた。


ヘレンの攻撃の度にふらつきながら少しずつ後退していくゲオルグだが、効率的に瓦礫の撤去に繋がる位置取りをしているようだ。


魔神が攻撃する度にゲオルグの傷は増えていく、と同時に彼の後ろの瓦礫も面白い様に削られていく。

私はゲオルグに適度に治癒ヒールの魔法を掛ける。


辺りは通路いっぱいに噴煙が立ち込めているが、くまぽんの魔法で風の結界が作られ、私達の周囲は煙から守られていた。


『ン… ラン… フラン… フラン…』

声を感じた。いや、これは声ではなくて魔神の思念だ。不死アンデッドの未練にとても良く似た思念、一歩間違えば簡単に怨念へと変わってしまうであろう危うい思念…。


うなされるようにフラン、フランと呟き続けている。私が感じたのは強い未練と軽い怨念、そしてとめどない慈愛の心…


分かってしまった…。


ヘレンの魔神の正体は有り体に言えば不死アンデッドモンスターだ。恐らくは自分の娘を守ろうとして守れなかった悲しい親の未練が形を成したもの。

或いは転生(?)した際に選んだチート能力が『娘の守護霊的な存在になる事』だったのか。


思考能力は既になく、ただ娘を災厄から守ろうと機械的に反応しているだけの存在。

父親か母親かも分からない。その『想い』の強さから、もしかしたら夫婦2人の魂が合一して魔神という1つの魂を形成したのかも知れない。


フランとはヘレンの本名であるフランソワーズの愛称だろう。


魔神の正体は、ヘレンの両親だった…。


私にはこの不死アンデッドは祓えない。心情的には勿論、相手の『想い』の強さから能力的にも恐らくは無理だ。


ちょうど力を使い果たしたのだろう、ヘレンが静かに倒れる。ゲオルグも深刻な被害は受けていない。ずっと最前線で頑張っていた盾だけは買い替えが必要かも知れない程に歪み、元の形を成していなかった。


私はヘレンに治癒ヒールをかける。魔神化は体力の消耗なので、これで程無く目を覚ますはずだ。


瓦礫の壁の破壊は想像以上に進み、向こう側から外の明かりが差しこむ程にまで削る事に成功していた。外に出られるまであと一歩だ。

とは言うものの壁そのものは無くなるに至ってない。ヘレンクラスの攻撃をもう一撃当てられれば崩れそうに思えるが…。



「ねぇねぇ、あとはくまぴーの魔法でドカーンって出来ない? ボクのビームと同時にやったら何とか出来ないかな?」


「…やってみようか…」

シナモンとくまぽんの2人が並んで立つ。くまぽんが目を閉じて詠唱を始める。そしてシナモンは泣きそうな顔をして私を見つめ眼鏡を外した。


「ビーム撃ったら目が潰れちゃうから治癒ヒールしてね…」

私は指でOKマークを作りシナモンに答える。しかしなんでそんな厄介なスキルを習得したのよ全く…。


「タイミングを合わせろよ! 『竜巻トルネーっド』!!」

「シナモンビーム!!」


竜巻に吹き上げられた瓦礫の中央にビームが炸裂し、更に深い穴を穿つ。そしてゲオルグはさり気なく私とヘレンを瓦礫の流れ弾から守る位置取りをする。あ、シナモンに治癒ヒール


そして壁が爆ぜた。


再びの噴煙が激しくて視界が効かない。ゴホッゴホッ、先程からのここの空気の悪さで本当に段々胸が痛くなってきた。早く帰りたい。


今までは壁の隙間から指していた外の光が、今は全面から入り込んできている。煙の奥に光ってまるで天国の門の様に見える。大成功だ!


魔法とビームによる擬似爆発の轟音でヘレンも目を覚ましたようだ。

「…お姉様、作戦は…?」


「大成功だよ! ヘレンも頑張ったね!」

まだ少し朦朧としているであろう血塗れのヘレンを強く抱きしめた。


「お役に立てて良かったです…」

ヘレンの声も震えている。そうだよね、怖かったよね。…でも頑張ってくれたね。今日の一等賞は文句なしにヘレンだよ。


くまぽんの魔法で煙を散らす。視界が晴れたその先、墳墓の入り口には、鎧の騎士が1人立っていた。昨日裁判所で見た聖堂騎士団だ。左肩には6と描かれている。

昨日の様な荘厳な雰囲気では無く、両手剣を肩に担ぎガニ股歩きでこちらに歩み寄る様は騎士と言うよりゴロツキのそれに近かった。


「驚いたな、どうやってあの瓦礫の山をどけたんだ?」

それは兜を被ってくぐもってはいるが間違いなくゴルーザさんの声だった…。

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