第31話 女神様vs聖女様

「やぁ、君たち。久しぶりだな、ちょうど君たちと話しがしたかったんだ」


 ダクネス様がわざわざ私たちの卓に来てくれた。監禁されていたとか、お見合いをしていたとか、魔王軍幹部と激闘していたとか色々噂は聞いたが、とりあえず目の前の聖騎士様は元気そうで安心する。


「お久しぶりですダクネス様、色々大変だったと伺ってますが?」


「お陰様で大過ない。今まで通り冒険者としてよろしく頼む」

そう言って眩しく微笑む。


「それはそうと今回は君たちの方が大変だったみたいじゃないか。おぉいアクア!」


 ダクネス様に呼ばれて水色の髪の少女が、泣きべそをかきながらめぐみんと共にやって来る。頭に漫画でしか見た事の無いような大きなタンコブを作っていた。


「実は君たちを襲った2人組を差し向けたのは彼女だったんだ…」


「うぅ、ひ、ひっく… ご、ごべんなじゃい…」

 水色の髪の少女=アクアが頭を下げる。


「ちょっとしたイタズラ心で悪気は無かったんです。この通りお仕置もされてますので許してはもらえませんか?」

 連れ添って来ためぐみんも共に頭を下げる。


 ダクネス様とめぐみんの2人に頭を下げられては嫌も応も無い。


 まぁ、こちらとしてももう済んだ話だし、死人も出なかったし結果的にはレベルも上がって装備も充実した。


「別に怒ってないから気にしないで下さい。アクアさん、でしたっけ? アクアさんも気になさらず…」


 そこで不意にアクアに抱きつかれる。泣きながら

「許じでくでるの?! ありがどう! あでぃがどう~」

 と言ってくる。ちょっ、涙と鼻水…。


 ひとしきり泣いた後で動きを止めたアクアは不意に顔を上げる、もう泣いてはいない。それどころかケロッとした顔をしていた。


「さて、謝罪も終わったし私たちのテーブルに戻りましょ」

 え? あれ? 変わり身が早過ぎない? 本当に反省してる?


 そう感じたのは私だけでは無かったらしい。


「まてまてアクア、そりゃあまりにも露骨だぞ!」


「そうですよアクア、せめて5分くらいは頑張りましょうよ!」


おいコラめぐみん。


「えー? 本人が良いって言ってんだからもう良いじゃない。ハイこの話はお終いお終いぁあああああああぁぁぁ!」


 アクアの後ろに男が立っていた。アクアの首を後ろから掴んでいる。後から聞いた話では『死の接触ドレインタッチ』と言う触れた相手の体力や魔力を吸い取る技らしい。


「おいコラクソ女神、ちゃんと謝れって言ったよな? 殴られただけじゃ足りないか? せっかく魔王軍疑惑が晴れて自由の身になれたのに厄介事を増やすんじゃねーよ」

 後ろの男(恐らく佐藤カズマ氏)がドスの効いた声を出す。


「まぁまぁ、お仲間と言えど女性をあまりに乱暴に扱わないで下さい。子供の前ですし…」

 あまり気分の良い光景ではないのでカズマ氏をなだめてみる。ヘレンと私は2つしか歳が違わないが私は成年でヘレンは未成年である、うん。


 カズマ氏が不承不承手を離しアクアは解放される。ゼェゼェ言ってるアクア。


「と、とにかく我々は君たちに何かお詫びがしたいんだ。何か出来る事は無いだろうか?」

 ダクネス様が後を続ける。そんな事を言われてもこちらも困ってしまう。特に手伝って欲しい案件がある訳でも…。


「そしたらさぁ…」

 シナモンが話に入ってくる。

「記憶喪失を治す手段って知らないかな? 治らなくてもその人の過去が分かれば良いんだけど…」


 カズマパーティが全員でめぐみんを見る、一同が紅魔族の魔術あるいはテクノロジーに期待を寄せる。


「な、何ですか? 紅魔族でもそんな魔法はありませんよ。せいぜい占いで探る位ですね」


 占いかぁ… 占いはちょっと胡散臭いなぁ…。


「あ、その顔は疑ってますね? そけっとの占いはとてもよく当たると評判で…」


「ごめん、めぐみん。紅魔の里に行ってるほどの暇は無いんだよ」

 シナモンが遮る。相変わらず紅魔族への対応が冷たい。まぁ確かにヘレンを連れて何日も旅するのは厳しいだろう。


「…毒や薬品や呪いが原因の記憶喪失なら神聖魔法で浄化して治せるけど、それ以外の原因は無理ねぇ。ウィズの所に有った『仲良くなれる水晶』なら何があったか位は分かったでしょうけどね」


 アクアが呟くも即めぐみんが反応する。

「あ、あれは悪魔の発明です! 誰も幸せになりません! …それにアレは私がぶっ壊しました」

 めぐみんの反応を見るに相当辛い目に遭った事が窺われた。


「ウィズのとこならバニルに見せれば良いんじゃねーの? あの変態が素直に教えるとも思えねーけど」

 カズマ氏が冗談めかして言う。詳しく聞く時間は無かったがウィズ魔道具店の新従業員らしい。


 そう言えばウィズさんにも助けてもらったお礼を言って無かった、それも兼ねて近々行かねばならないだろう。


「情報でも力になれないな。申し訳無い…」

 ダクネス様が再び頭を下げる、そんな悲しそうな顔をしないで欲しい。


「事の発端はアクアなのですからアクアがアンジェラに大神官アークプリーストの上級魔法でも手ほどきして上げたらいいんじゃないですか?」

 めぐみんが提案する。あー、いや、私は魔法は既に…


「そしたらさぁ…」

 シナモンパート2。

「噂で聞いたけどアクアさんってすんごいパンチ技有るんでしょ? それアンジェラちゃんに教えてよ」


 私の事情を知ってるシナモンが機転を利かせた。利かせたのは良いが私がパンチキャラなのはシナモンとクリスさんだけにしか公開してないので、正直ありがた迷惑だったりする。


「はぁ? ダメよダメダメ。『ゴッドブロー』は女神専用の必殺技なんだから人間なんかには覚えられないわよ」

 アクアの返答、あくまでも女神だと言い張るつもりらしい。


 それに「なんでエリス教徒なんかの為に…」と小さくこぼすのを私は見逃さなかった。この女、まるで反省してねぇな。


「アクア、そんな意地悪を言わずに見せてやれば良いじゃないか」

 ダクネス様が説得するがアクアはツンとそっぽを向いて無視する。


「おいアクア、ちょっと良いか?」

 今度はカズマ氏がアクアの肩を抱きそのまま奥へと誘ってヒソヒソと話し始める。


 シナモンが『盗聴』のスキルを発動させて2人の会話を実況してくれた。

「いいかアクア、ここでお前が技一つ披露してくれれば今回の事件に対して賠償やら慰謝料やらと言ったしちめんどうくさい案件から無料で解放されるかも知れないんだぞ?」


「そうは言っても本当に人間にはゴッドブローは覚えられないわよ?」


「それはそれで向こうの問題だろ? こっちは知らん顔してれば良いんだよ。お前が動かないなら俺らもこの件から手を引く。お前1人で聖女様とファンクラブ全員を相手にするんだな」


「そんなぁ、見捨てないでよカズマさぁん。…もう、分かったわよ!」


 男女の会話とは思えないなかなかに腹黒いやり取りを経てアクアが戻ってきた。


「じゃあ実際にやってみせるからちゃんと見てるのよ? とりあえず外に出ましょ」


 私、『技を覚えたい』とか一言も言って無いんですけどね…。


 私とアクアは10メートルほど離れて向かい合う。


「おいアクア、まさか本当にアンジェラに技を撃ち込むつもりじゃないよな? ど、どうしても実演したいのなら私がアンジェラの代わりに…!」

 ダクネス様が顔を赤らめながら言う。私の為に我が身を盾にしようとしてくれている、なんて高貴な人なんだろう。


「やぁねぇダクネス、これは雰囲気作りの演出よ、演出。ちゃんと寸止めするわよ」

 無邪気な顔でそう言ったアクアは私の方に向き直り真面目な顔になる。


「いい? 今から見せる『ゴッドブロー』は女神の愛と怒りと悲しみを拳に乗せた必殺拳なの。受けた相手は死ぬわ」


 私は無言で首肯する。それを合図にアクアが腰を落としこちらに走り寄る。

 溢れる殺気を隠そうともしていない。邪悪な笑みを浮かべ右手を振りかぶり

「死ぃねぇぇぇっ! ゴッドブローぉぉぉぉっ!!」

 と叫びながら私に拳を撃ち込んだ。


 私の顔面を直撃するかと思われた燃える拳は直前で見えない壁に阻まれた。


 勿論毎度お馴染みディバイン・ガードだ。こんな見え見えの事態に備えてない訳が無いだろう。

 尤もる気マンマンで必殺技を繰り出したアクアには想定外だったようで、これ以上無いくらい目と口を大きく見開いていた。


 私は落ち着いたまま懐から冒険者カードを取り出す。うん、『ゴッドブロー』が習得可能になっている。女神じゃなくても良いみたい。すかさずポイントを使い技を習得した。


 アクアの言葉が嘘でないのなら、恐らく私が習得できたのは、『エリス様(女神)の持つ力を使える』という転生特典が機能したものだと思われる。


「さて」

 アクアにスマイルで向き直る。

「お陰様で素敵な技を習得出来ました、ありがとうございます」

 アクアは怪物でも見る様な目で私を見ておののいている、失礼だなぁ。


「えーと、こうやるんでしたっけ?」

 右手を握り気を集中させる、集まった気が炎の様に拳に纒わり付く。

 熱くは無いが気持ちは盛り上がる、私も何か叫びたくなる。


「私のこの手が真っ赤に燃えるぅ! 邪神を倒せと轟き叫ぶぅ!」

 アクアは涙目で動きを止めている。

爆熱ぶぁぁぁくねつっ!! ゴぉッド!  ブローぉぉぉぉっ!!!」


 アクアに向けて燃えた拳を撃ち込んだ。アクアは覚悟を決めたのか目を閉じて頭を抱える。周囲の全員が固唾を呑んでいるのが感じられる。

 拳は直撃する寸前に止められた。拳圧でアクアの前髪が大きく揺れる、ちょっと焦げたかも知れない。


「うふっ、寸止めです」


 にっこりと笑ってそう言ってやった。心の中では私もちょっとだけ『死ねぇ!』って思ったけどもこれは秘密。


 アクアはその場にへたりこんで子供みたいに泣き出した。怪我はさせてないから怖いだけだろう、これだけビビらせればもう嫌がらせとかしてこないと思いたい。


 アクアは介抱に向かったダクネス様に抱きついて

ごわがっだ、ごわがっだよぉぉぉ!」

 と泣いていた。


「だからあの娘には関わるなって散々言ったろうが!」

 泣きじゃくるアクアにカズマ氏はゲンコツをもう1発くらわせていた。


 あれ? 私そんなにカズマに嫌われる様な事してたかなぁ? んー、まぁいっか。


 カズマパーティと別れて私とシナモンはギルドの酒場の卓で話していた。


「バニルとか言ったっけ? ウィズさんの所でヘレンちゃんの手掛かりが掴めると良いね」


「そうですね、まぁ何も無くてもウィズさんには先日のお礼を言いに行かないといけませんね、この後お土産買って行きましょう」


「そうだねー」


「そう言えはシナモンは女神アクアに導かれてこの世界に来たんですよね?」


「うん? そうだよ」


「さっきのアクアさんと、女神アクアって同じ人ですか?」


「えー? どうだろ? 考えた事無いや。確かに良く似てるけど、仮にも神様が地上に来て酔いつぶれたり宴会芸やったりしないでしょ? あれはよく出来たなりきり系のコスプレだよ」


「…ですよねー」

 エリス様の事もあるから『もしかしたら?』とも思ったけど考えすぎだったか…。


「うん、えーとそれは良いんだけどアンジェラちゃん…」


「なんですか?」


「ヘレンちゃんどこ行った?」


 …あれ???

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