第15話 ボーイズプライド:後編

 ギルドの受付で転職を申請し、アンジェラとシナモンは『冒険者』になった。

 新たなスキル習得だが、尾行の為に否応なしに『潜伏』と潜伏した状態で移動出来る『忍び足』を取らされた。


 残りのポイントを半分ほど残して本来は魔術師用のスキル『魔法拡大マジックブラスト』と『催眠スリープ』を以前組んだパーティの魔術師に伝授を頼み習得する。

 魔法拡大は本来対象を単独とする魔法を複数の対象に投射するスキルだ。上手く使えばパーティの全員を一度に回復や支援出来る様になる。


『催眠』は抵抗に失敗した相手を強制的に眠らせる魔法で、生かしたまま相手を無力化出来る。生物の殺生を戒めているエリス教に於いて、とても強力な武器になるであろう。


 シナモンは『治癒』と弓手アーチャースキルの『追跡』、そして魔術師用の初級属性魔法を覚えていた。


「あの、転職して神官では無くなった私はもう教会には戻れないんでしょうかね?」


 大事な事だがすっかり失念していた。場合によっては今夜の宿探しから始めねばならない。


「それはアンジェラちゃんの気持ち次第じゃないの? 心が神官ならアンジェラちゃんは神官だよ。」

「大体冒険者カードを見せなきゃ本当のクラスなんて分からないんだしさ。雰囲気が少し変わるかも知れないけど『髪切った?』程度のもんだよ」

「ギルドのカウンターでいつも意味ありげな事を言ってるモヒカンのオジサン知ってるでしょ?」


 知ってる、初めてのギルドでいきなり声をかけてきた人だ。


「あの人なんて本当は機織り職人で、冒険者ですら無いんだからね」


 いま衝撃の事実を知ったが妙に得心した。ずっとエリス様と共に在りたいと思う気持ちは不変だ。この気持ちがある限り自分は神官でいられる、とアンジェラは思う。


 翌朝、男2人はアンジェラ達に黙ってクエストに出ていった。しかし受付嬢のルナは前もってホットココアで買収されており、彼らの受けたクエスト内容をアンジェラ達に密告する。


 更にゲオルグが冒険者に転職して『治癒』と『敵感知』を覚えていった事も教えてくれた。くまぽんはギルドには顔を出さなかった、とも。


「ゲオっちは真面目だねぇ、くまぴーはまだイジけてるのかな?」


「どうでしょうね? そこまでナイーブじゃないと思いますけど…」


 クエストは、最近付近の村でゴブリンの仕業と思しき農作物や家畜の盗難被害が出ており、その調査と解決を依頼されていったらしい。


「ゴブリンも油断してると怖いよ。頭は良くないけど抜け目ないって言うからね」

『追跡』のスキルで2人を追いながらシナモンが呟く。


「2人とも強いからふざけて馬鹿な事しなければ大丈夫だとは思いますが…」

 2人とも妙にカッコつける所があるからなぁ。


 くまぽんとゲオルグは村で聞き込みをした後にゴブリンの物と思われる足跡を見つけて巣穴を特定した。

 ここまでは良い感じだ、今まで情報収集系の仕事はシナモンに任せきりだったが、自分達でやってみてその大変さも実感した。

 村人相手では剣も魔法も有効な手段では無い。まぁ、有効に出来ないことも無いが、それは冒険者では無く犯罪者の領分だろう。


 巣穴の入り口には見張りのゴブリンが2匹、1匹をくまぽんの『催眠スリープ』で眠らせ、残った1匹を2人がかりで瞬殺する。寝ている奴も始末して中へと進む。


「妙な仕掛けは無いと思うが、暗がりからの奇襲は気を付けろ」

 くまぽんがゲオルグに声を掛ける。ゲオルグも「承知」と答える。


 その瞬間、頭上からゴブリンが奇襲をかける。しかしそれはゲオルグの『敵感知』で察知されていた。


 持ち上げた盾でゴブリンの攻撃を難なく受け止め、バランスを崩したゴブリンが地面に接地する前に剣で2つに割いた。


「この『敵感知』って凄いな、世界が違って見えるぞ!」


 いつも冷静なゲオルグが珍しく興奮する。まるで買ってもらった玩具を友達に自慢する子供の様だ。


「役に立っているなら何よりだ、その調子で頼むぞ」

 素っ気なく返すくまぽん。正直自慢されて面白くないのはある、しかしそこにムキになって反論するほど子供でもない。

 何より転職しないと決めたのはくまぽん自身なのだ。


 一方女子チームは走っていた。巣穴を目前にテノヒラバチの巣にシナモンが背負っていた弓の端を引っ掛けたのだ。

 文字通り手のひら大の蜂が巣から大量に溢れ出る、「逃げて!」シナモンの悲痛な叫びが森に響き、逃走が始まった。


 小部屋には3匹のゴブリンが待ち構えていた。こちらを見つけると彼ら独自の言語で何やらやり取りして包囲しようと躙り寄る。


 奇襲されなければ、ゴブリンなど大した戦力では無い。そう、奇襲されなければ。


 入ってきた通路に1匹のゴブリンが潜んでいたのだ。くまぽんが後ろからの不意打ちを受け負傷する、しかし負傷しつつもくまぽんは冷静に風刃の魔法でゴブリンを屠る。

 程なく4匹のゴブリンは全滅した。


「大丈夫か? 『敵感知』も俺を狙ってない敵には反応しないようだな」


 ゲオルグがそう言ってくまぽんに治癒を掛ける。「助かる」くまぽんが礼を言う。


 一方女子チームは疲労困憊していた。テノヒラバチの群れを何とかやり過ごしたのものの、息が乱れてまともに喋れない


「はぁ、はぁ、アンジェラちゃん、大丈夫?…」


「はぁ、はぁ、はい…まさか、こんな所で、『潜伏』を使うとは、思いません、でしたよ…」


「はぁ…覚えて、おいて、良かったでしょう?」

 シナモンが恩着せがましく微笑む、そもそもシナモンがミスをしなければこんな事態になってないのだが。


「…」

 アンジェラは無言で抗議し、シナモンもそれを察したのか

「よ、よし、次行こう!」

 と慌てて方向を指し示す。そして横になって休憩していた森狼フォレストウルフの尾を踏んだ。


「あ…」女2人の目が合う、そして「逃げて!」というシナモンの悲痛な叫びが森に響いた。


 巣穴の奥で盗まれていた家畜を見つける、羊が2頭、豚が1頭。足元には1頭か2頭の動物の残骸が散らばっていた。


「全てを取り戻す事は無理だったか、まぁこれだけ助けられたなら御の字だろ」

 盗まれていた家畜を紐で繋ぐ、一旦村に帰還した方が良いだろう。


 一方女子チームは体力の限界だった。走っても走っても森狼との距離は離せず縮まって行く、このままでは後ろから食いつかれる。


「もう、無理…」


 アンジェラが足をもつらせ転倒する、倒れたアンジェラ目掛けて狼が飛び込んで来る。

 ガキン! 超感覚で二者の間に割り込んだシナモンが盾で狼の牙を受ける。


「セーフ、盾を持ってきてて正解だったねぇ」

 もうそういうのいいですから。


 巣穴の洞窟を戻り、出口が見えた辺りで複数のゴブリンが待ち構えていた。恐らく略奪に出ていた別働隊だろう。数は4匹、それで打ち止めのはずだ。

 正面から戦えば最早4匹のゴブリンなど敵では無かった。傷を負いながらも彼らはゴブリンを屠る事に成功した。


 ゲオルグは己の受けた傷に治癒魔法を掛けようとしたが、その際に鋭い頭痛を感じた。


「それは魔力切れだ。調子に乗って治癒を使ってたから、いつかそうなると思っていたぞ」

 くまぽんが鞄から飲み薬ポーションを取り出しながら言う。


「分かってたのなら忠告してくれよ…」

 ゲオルグが頭を押さえながら言う、そこに差し出されるポーション。


「こんな事も有ろうかと魔力回復の薬を朝早くに買いに行っていたのだよ。それにこう言う事は人に聞くより、己で実践する方が身に付く」


 ゲオルグはポーションを一気に喉に流し込む。

「ありがとう、楽になったよ。でもこれって結構な値段するんじゃないのか? 只で貰うわけには…」


「今日の仕事料だ。体で払うつもりは無いのでな」

 互いにニヤリと笑って立ち上がる。さぁ、クエストクリアの報告に行こうではないか。


 一方女子チームは狼との死闘を制しつつあった。アンジェラの魔法でブーストされたシナモンの機動力は格上のモンスター相手でも存分に発揮され、致命打を与えられないまでも、徐々に相手の体力を削る事には成功していた。


 やがて根負けした狼が逃走に移る、下手に追い詰めて狂暴化されても厄介なので、このまま見逃す事にする。

 地形を確認すると、ほど近い所にくまぽん達が向かったとされる洞窟があるようで、走り回ったのも結果オーライと言えるかもしれない。


「ようやく追いつきましたね。何だったんですかね、今日は…」


「いやー、散々な目にあったね、でもまぁ男の子達の頑張りを見る為なら、たとえ火の中水の中…ん?」


 シナモンの『敵感知』に大きな反応があった。背後に巨大な殺気、闇から生まれた様に真っ黒い獣だ。

 ゴブリン等の弱いモンスターの巣の周りに住み着き、モンスターを狩りに来た冒険者を狙う『初心者殺し』と呼ばれるモンスターだ。


 殺気に振り向いたシナモンと初心者殺しの目が合う。

「『潜伏』」

 アンジェラが呟くとアンジェラの体が影で覆われた様に周囲に溶け込み見えなくなる。


「そんなっ! アンジェラちゃん酷い! お願い見捨てないでぇ!」

 シナモンはそう言って一目散に逃げ出した。まぁシナモン1人だけならあんな怪物相手でも逃げ切れるだろう。多分…。


 ギルドに戻って来た。パーティ全員集合している。『生きて帰るのも冒険者』の提言が守られている。素敵な事だ。


 傷だらけのシナモンが卓に伏してさめざめと泣いている。隣に座るアンジェラは泥だらけで、怒ったようにツンとそっぽを向いていた。


 くまぽんとゲオルグは呆気に取られたまま、何があったのか最後まで聞くことが出来なかった。

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