第28話 アクシズ教の野望:5
「アンジェラって奴はお前か?!」
ここまで長かった、とリョウは思う。エリス教会で空振った後に更に街中聞いて回った。
その中で「アンジェラは聖女を名乗りながら寸借詐欺や置き引きの常習犯だった」という噂も耳にしていた。
魔王に関する情報を聞くだけのつもりだったが、悪党であるのならついでに成敗してやろう、とも思っていた。
「アンジェラって奴はお前か?!」
黒い高級そうな鎧を着た戦士がアンジェラに声を掛ける。
『ピンク頭』というフレーズに若干カチンとしながらも平静を努めてアンジェラは前に出る。
「私がアンジェラです。何か御用でしょうか?」
共に女神エリスに
戦士の方はともかく後ろにいる女はアクシズ教の神官だ。眠っている偽アンジェラを奪回しに来た刺客の可能性も高かった。アンジェラ一行は警戒態勢を取る。戦士が口を開く。
「お前が魔王に関する情報を持っていると聞いてやって来た。大人しく話せば寸借詐欺や置き引きの事は見逃してやる!」
「すみませんが何を仰っているのか全く分かりませんし、諸々の犯罪行為は私じゃありません!」
「素直に話さないなら荒っぽい手を使っても良いんだぞ?」
リョウが神剣を抜く。緊張度が一気に高まる。
「始めから素直に話してます。事件は私を騙った偽者の仕業
だし、私は魔王の情報なんてこれっぽっちも持ってません!」
アンジェラの凛とした態度にリョウの決意が揺らぐ。助け舟を出したのはベラだった。
「リョウさん、騙されないで下さい。相手は邪教のエリス教ですよ? 嘘に決まってます!」
そうだった、危うく言いくるめられる所だった。リョウが剣を構え直す。
「聞き捨てなりませんね! 私はともかくエリス様を侮辱するのは許しませんよ!」
アンジェラがベラに詰め寄る。ベラはリョウの後ろに隠れるかの様に回りアンジェラに向かってイーッという顔をして見せた。
「と に か く !」
アンジェラは胸元からエリス教の聖印を取り出しリョウ達の前にかざす。
「エリス様の名にかけて私は犯罪者じゃないし、魔王の事も知りません! 帰りたいのでそこを退いて貰えますか?」
アンジェラの剣幕に圧される2人、しかしリョウはそこで信じ難い物を見た。
アンジェラが聖印を取り出した時に彼女の首に掛かっているもう1つがローブの外に現れたのだ。
見覚えのあるメリケンサック… 鬼キラの持ち物… 鬼キラ? オニキラ? 魔王?…
「ぐっ、くぅぅっ!」
リョウを激しい頭痛が襲う。よろけるリョウをベラが支えた。
頭を押さえたリョウの頭痛が潮が引くように治まっていく。そしてこの世界に来てからずっと頭の中に掛かっていた様なモヤが晴れていくのを感じた。
とても爽快な気分だ。
「ふ、ふふふっ… ハーハッハッハっ!」
急に笑いだしたリョウに戸惑うアンジェラとベラ。
「ベラよ、遂に見つけたぞ! この女だ、この女こそが魔王だ! 魔王オニキラだ!!」
突然の魔王告発に場の誰もが理解出来ずに固まっていたが、アンジェラだけは違うワードに反応していた。
『鬼キラ』
忘れたはずの過去… 遂に恐れていた時が来てしまった。自分の過去の悪行を知る人物が現れたのだ。
「ど、どこかでお会いしましたか?」
思わず口をついた言葉だったがアンジェラは即座に後悔する。まず魔王を否定しなければならなかった。
「何処で会ったとかどうでもいい。お前はオニキラだ! オニキラは倒す!」
リョウも戦闘態勢に入る、既に半狂乱状態でまともな会話は出来そうに無い。
隣に居るアクシズ神官も困惑した顔をしている。彼女も初めて見る光景なのかもしれない。
ゲオルグはヘレンをゆっくりと下に置き近くの墓にもたれかけさせてアンジェラの前に立つ。
「アンジェラが魔王とか全く笑えない冗談だ、お前は下がれ。こいつとは俺がやる。先にギルドに帰っててくれ、俺も後から行く…」
そう言って剣を抜く。そのゲオルグを仄明るい光が包む、アンジェラの『
「何言ってんですか、私達は仲間でしょ? 皆でやりますよ!」
正直ここでゲオルグの行動が無かったら余計な事を考え過ぎて相手にイニシアチブを許していただろう。
ゲオルグはシンプルな人物故にシンプルな対応が求められる時はとても頼りになる、今がその時だ。
パーティの意思が固まる、シナモンが左右の手に持つ小剣はくまぽんの魔法『
一方リョウ達もベラが戸惑いを残しながらもリョウに
リョウは裂帛の気合と共に神剣をゲオルグに振り下ろす。
ゲオルグはそれを盾で受け止め…られなかった。
リョウの持つ神剣は相手の武器や防具をすり抜けて傷を負わせる。リョウの剣戟はゲオルグの盾をすり抜け、そのままゲオルグの左肘から先を切断した。
一瞬で切られたせいか血管が収縮して出血がかなり抑えられているのは不幸中の幸いと言えた。
「グォッ…」
ゲオルグが傷口を押さえて膝を付く。出血こそ少ないが耐え難い痛みは抑えられてない。激痛に顔を歪めるゲオルグ。
その刹那、リョウの背後にシナモンが現れた。いつも飄々としているシナモンが本気で怒った顔をしている。
「よくもゲオっちを!」
完全にバックを取った! このまま戦士の延髄に剣を刺し込めば終わりだ。
ガキン!
シナモンの剣は直前で光の壁に阻まれた。ベラの
リョウは背後のシナモンを屠ろうと剣を薙ぎ払う。シナモンが後方ジャンプで間合いを取ろうとした所で光の剣が伸びた。シナモンは超感覚で体を捻り致命傷を避けるが脇腹に軽傷を負う。
「っ!」
無言でリョウを睨みつける、いつもの軽口が出てこない辺りシナモンの本気が窺える。
シナモンがリョウの気を引いているうちにアンジェラはゲオルグの治療に向かう。アンジェラには
くまぽんは攻撃魔法でベラを牽制する。リョウにダメージを与えても治されてしまっては元も子もない、防御に秀でた神官を倒せないまでも足止め、妨害するのが今のくまぽんの任務だ。
リョウはシナモンと距離を取ったまま伸びた剣を振り上げ真下に切り下ろす。
咄嗟に両手の剣を交叉して防御の構えを取るシナモンだが、
「マズい、ゲオっちみたいに受けられなかったらボク死ぬじゃん…」
と思い恐怖する。リョウの剣がシナモンの剣を透過してシナモンを袈裟斬りするかと思われたが、シナモンの燃える剣はリョウの剣戟をガッシリと受け止めた。
『へぇ、魔法の武器だと受けられるのか、こりゃ暫くくまぴーに頭が上がらないねぇ』と考えつつニヤリとするシナモン。
ベラはくまぽんからの妨害を受けリョウの支援が出来ないでいた。
ゲオルグは意識はあるもののダメージが深く立ち上がる事も出来ない。
アンジェラは「動かずに休んでて下さい」とゲオルグに告げリョウに向き直る。
その瞬間標的をアンジェラに定めたリョウの剣がアンジェラを突き刺すべく伸びてきた。
「!」
捻りのない一直線の攻撃だ、恐らく避けようと思えば難なく避けられただろう。
しかし今、アンジェラの背中から腹部にかけてリョウの剣が貫通していた。
避けた延長線上にヘレンが居るのを認識してしまった為だ。アンジェラはヘレンを庇う様に抱きしめ剣の軌道から彼女の体をずらした。
しかし、ずらしきれずに光の剣の切っ先はヘレンをかすめた。ヘレンが無傷で済んだのはアンジェラの咄嗟の
アンジェラの右側の腎臓が潰れたのだろう、激痛で「痛い」とすら言えない。
意識が飛びそうになるが、そうなると恐らく二度と目を覚まさないに違いない。アンジェラは歯を食いしばり、必死で意識を繋ぎ止める。
ヘレンが
『何なの? 人が気持ちよく寝てるのに…』と思いながら瞼を持ち上げる。
目の前には苦痛に歪むアンジェラの顔、しかも彼女に抱き締められているらしい。
「は、離せ邪教徒! 私を誘惑しようとしても…」
そこでヘレンは左手に違和感を感じる。そこにはアンジェラの腹に開いた穴から流れ出る大量の血が付いていた。
血を認識してヘレンの呼吸が乱れる。
「ち、血っ! 嫌っ、お父さんっ! お母さんっ! 死ぬのはイヤぁっ!!」
何も無い筈のヘレンの記憶に優しそうに微笑む両親の顔が蘇る。次の瞬間、その両親は激しく燃え上がりヘレンの前で白骨化する。アンジェラの血を浴びたヘレンの左手も燃え上がり、激しい熱さと痛みを与えながらやがて白骨化していった。
勿論現実では無い、ヘレンだけに見えた幻覚だ。ヘレンはアンジェラを振り払い後ずさる。
「イヤっ! イヤぁぁっ!!」
ヘレンは頭を抱えて髪を掻き毟る。やがて気を失ったのか糸の切れた
アンジェラはヘレンを介抱しようとしたが自身の指一本動かす力も残って無かった。
勢力図はシナモンvsリョウとくまぽんvsベラと数的には等しいが、シナモンは素早さで、くまぽんはベラの攻撃力の低さから持ち堪えているだけで実力差は明らかだった。
ゲオルグが負傷を押して立ち上がりリョウに切り付けようとするも、高速移動で隣に現れたシナモンに足払いを受け転倒する。
「怪我人が出張っちゃダメだよ! 近くにウィズさんの店が有るから助っ人呼んできて!」
シナモンに言われゲオルグはのろのろと立ち上がる。正直立っているのもやっとの状態で役に立つ方法は他に無いだろう。
剣を杖代わりにしてゲオルグは戦線を離脱した。
シナモンもくまぽんも相手の厚い防御を抜く力が無い。このままではジリ貧で死を待つだけだ。
『せめてアンジェラちゃんに治癒魔法をかけないと。あの傷は内臓までやられてる、早くしないとアンジェラちゃんが死んじゃう… この戦士クンの注意を一瞬でも逸らせたら…』
シナモンの想いは予期せぬ形で叶う事になる。
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