第2話 帰国~始動2

 4年前。尊人が国を出てイギリスへ留学した時、未来と健斗も同時にイギリスへ留学した。初めて対面した時、もちろん未来と健斗は尊人の事をテレビで見て知っていたが、それでも間近で見て、驚いた。

「山縣君と渋谷君ですか。よろしく頼みます。」

見た目は今どきの若者となんら変わらない尊人だが、言葉を発した途端、違和感、いや、オーラをまとってしまう。幸いイギリスではそれほど彼を知っている人もいないし、いや、知っていても、そもそも外国人というのは見分けがつかないものだから、彼を見て尊人だと気づく人はそういない。しかもしゃべるのは英語だし、言葉遣いで気づかれる事もない。が、守れ、と言われた二人には、こんな目立つ人を警護するなんて、と青くなったのだった。

「尊人・・・様、言葉遣いを、その、我々と同じように・・・。」

健斗がしどろもどろになっていると、未来が笑いだした。

「尊人様、これからは尊人、と呼び捨てにしてもよろしいですか?それと、ため口もお許しください。そうしないと目立ちますので。」

高校を卒業したばかりの、一般の男子としては精一杯の尊敬語を使ってそう告げた。尊人はそれを聞いて、目を見開いてしばし動きを止め、

「ため口、とは何ですか?」

と聞いたのだった。

 だが、それからすぐに尊人は「普通の言葉遣い」になった。4人の友人にゆるく守られながらも、母国にいる時とは違って自由があるイギリスで、彼は大きく羽ばたいたのだ。英語も堪能になり、イギリス人の友達もたくさん作った。


 空港を出て、尊人は御所に向かった。久しぶりの我が家。年に2度くらいは帰郷していたので、ざっと半年ぶりである。リムジンを降り、SP3人に守られながら家の中に入った。やれやれだ。外国ではこんなに厳重な警備などなく、普通に外を歩いていたのに。

「尊人さん、お帰りなさい。」

母が出迎えてくれた。上品で穏やかな母、君子(きみこ)は、普通の母だと思っていたけれど、そうではないらしい、と今は尊人にも分かっている。君子の実家は宮家ではないが、当時でも珍しい、テレビの無い家庭だった。父と結婚した当時も珍しがられたが、未だにテレビの無い家だ。なかなか祖父母の家に遊びに行く事はできないけれど、何度か訪れたことはある。

 尊人には姉が二人いる。年の離れた姉だ。長女の調子は32歳、次女の結子は30歳。二人とも結婚して、王族ではなくなっている。

「明日はゆっくりできるのかしら?調子さんと結子さんが、明日いらっしゃるそうよ。」

君子はそう言った。一般家庭では、身内の、しかも自分の子に対して尊敬語は使わない。今は尊人には分かっている。しかし、王族では、お互いをさん付けで呼ぶし、尊敬語も使う。

「明日は家にいますよ。そうだ、聞いていると思いますが、明日からこの家に友人が住むことになりますよ。明日は彼らを紹介しますね。」

尊人はそう言って、そして、母にハグをした。

「ただいま帰りました。母上さま。」

「まあ、大きくなっても子供みたいですね。」

「違いますよ。これは留学先での一般的な挨拶なんです。」

尊人は君子からぱっと離れてそう言った。そうだった、この国ではハグはあまりしないのだった、と尊人は決まり悪い思いをした。最近では友人同士でもいつもハグし合っているので忘れていた。この国では、学校でも決して友人と体を付け合うことはなかった。特に尊人は特別扱いされていて、仲よくしている友人でも、むやみに尊人に触れては来なかった。いつもどこかでSPが見張っていて、必要以上に近寄ると、SPが近寄ってくるのを子供ながらに感じていたのだろう。それは、子供だった尊人にも分かっていた。仕方がない、と何度も何度も思って育ってきたのだった。だから、留学中は本当に楽しかった。自由だった。視野が開けたのはもちろん、体も心も解放されたのだった。

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