光は眩しく暗く

明智 颯茄

閉鎖病棟

 この話は、双極性障害を患い、精神障害者二級を持つ人間の本音を書いている。


 双極性障害、ご存知だろうか?

 鬱状態と躁状態が交互にやってくる病気である。


 私は長い間、鬱病だと診断されていたが、双極性障害だと二年前に判明した。この病気は鬱病と誤診されやすく、適切な治療を受けないと、症状はひどくなっていくそうだ。


 鬱状態は、最近鬱病がYouTubeなどで表にも出るようになり、症状が知られていると思う。


 やる気がなくなる。

 疲れやすくなる。

 気分が落ち込む。

 死ぬことを考える。


 躁状態とは、これとは症状が反対のことが多い。


 頭の回転が速くなる。

 爽快な気分が続く。

 眠らなくても平気で活動できるようになる。

 イライラするようになり、突然会社を辞めたりする。

 散財する。


 私もそうだったが、躁状態の時は病気のせいだという自覚症状がない。調子がいいのだと思い込み、鬱状態が治ったのだと思い、薬なしで平気で過ごしてしまう。


 病気を放置すると、ラビットサイクルというものが起き、鬱状態と躁状態のサイクルが短くなってゆくそうだ。


 はたから見ると、喜怒哀楽が非常に激しい人間となる。病気だと誰も知らない。だから、気づいた時には、友達も知人も配偶者も誰もいなくなっていた。


 鬱病の薬の中には、双極性障害の症状を悪化させるものもあるそうだ。鬱病と診断されていて、心当たりがある時は、早めに躁状態ではないかと医師に相談したほうがいい。


 私は二十代の頃からおそらく病気だったのだと、今振り返って思う。配偶者を包丁で刺し殺そうとしたことが一度あった。修羅場だった。


 しかし、あとで聞くと、何度もあったのだそうだ。つまり、記憶にないのだ。自分をずいぶん責めたものだ。人として自分はおかしいのだと。


 今は療養生活を送っていて、登り調子だったがここのところ落ちてしまい、数秒前のことを思い出せないことがある。何かでひどく落ち込んでいたのに、その内容がわからない。


 当たり前にできていたことが、できなくなっている。電車に乗るのが怖い。映画館で映画を見るのが怖い。それは薬で治すとともに、自分の中で原因を取り除いて行かないといけない。恐怖が何から来るのかを見極めて、その鎖から自分を解き放つ。この繰り返しだ。


 この病気は完治する治療方法も薬も今のところない。躁と鬱を自分自身でもコントロールしてゆくことが必要不可欠だ。それが簡単に行かないのが人生だ。


 どんな物事でもそうだが、ほどほどの真ん中をいくのは難しい。鬱状態だと思って、薬を飲むと、それが効き過ぎて、今度躁状態になってしまう。この逆もしかり。日々の記録がモノを言う。


 双極性障害とも知らず、数十年間生きてきて、とうとう自分に手を具体的にかける方法が頭から消えなくなり、自分を殺そうとするもう一人の自分がいることが怖くなり、病院へ助けを求めた。


 その日のうちに、精神病棟への入院が決まった。調べたこともなかった私は、病院へ着いてから驚くことがたくさんあった。


 女性の看護師と個室で二人きりとなり、


「荷物はこちらで全て預かってあります。下着にワイヤーは入っていますか?」

「はい、入ってます」

「それでは、そちらもこちらで預かります」


 下着は下だけになり、病衣に着替えて、看護師がまた言う。


「コンタクトレンズは入ってますか?」

「はい、入ってます」

「それでは、そちらも取ってください」

「はい」


 手荷物が下着だけになった。


「それでは、一時間ごとに看護師が来ますので、何かありましたらおしゃってください」


 大きな頑丈な扉は閉まり、最後に鍵が外からかけられた。ひとりきりの部屋で、窓に振り返ると、


「開かない」


 窓が寂しげで寒そうにポツリと壁に止まっている。


「カーテンがない……。首をつる心配があるから?」


 トイレがあっても、壁が一枚あるだけでドアがない。壁は角がなく丸くなっている。天井をふと見上げると、赤い小さな光を見つけた。


「監視カメラ」


 そうして、夕食の時刻になり、部屋からすぐ外へ出ると、一緒に食べている人は三人。コンタクトレンズのないぼんやりした視界で、入り口だと思える方向へ歩いていった、看護師が鍵を閉めた音を聞いた。


(二重に鍵がかけられてる)


 今考えれば、それは精神科の閉鎖病棟だったのだろう。しかし、私は逆に安心した。もう自身に手をかけようとしても、誰かに助けを呼べるのだと思って。三日三晩、そこで保護入院をした。


 これからが長い道のりになるとも、まだ知らず。


 

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