◇第10話 弟がこんなにもお姉ちゃんのことを愛してくれてたなんて・・涙がでちゃうっ!

「僕にも剣術を教えて」


鍛錬を終えて一息ついているリュウに、アルクはそう言った。




「・・・・」


唖然と、思わずターシャはリュウと顔を見合わせる。


いつものように好奇心に任せて言っているようには見えなかった。




明るい笑顔には程遠く、真摯な顔つきをしていた。


「どうしたんだ。急にそんなこと言い出して」




「僕も剣をならってリュウお兄ちゃんみたく強くなりたいんだ」


「アルク、剣術は魚を獲ることとは違うんだよ。わかっているのか?」




アルクの両肩をつかみ、真意を測るように聞いている。


弟に一体何があったのかと、ターシャも心配になって口を挟む。




「リュウの言う通りよ。アルク、あなたに剣術はまだ早いんじゃないかしら。もっと大きくなってからでも――」


「駄目だよ!」




予想だにしていなかった弟の大声に遮られびくりと身を震わした。


「ア、アルク・・・・?」




僕は、と真っ直ぐに姉の顔を見つめてくる。


「お姉ちゃんを守れるくらいに強くなりたいんだ」




一日でも早く、と冗談でも夢見がちな単なる子供の夢でもなく、


真剣な覚悟のこもったような弟の表情。




ターシャのことを守る・・。一体アルクの中の何がそこまで、


彼を突き動かし思いつめたようなことを言わせているのか。




「・・あ」


思考を巡らせてあるシーンに至った。




それ以外には考えられない。あの日のことが思い浮かぶ。


リュウに初めて出会った日。




森で獣に襲われ、弟を守るためなすすべなくターシャが魔法を使おうとした時のこと。


アルクはあの日の悔しさ、己の無力さを噛締めたことを今日までずっと忘れていなかったんだ。




ただ表面にあらわさなかっただけで。


ただ姉を守るために強くなりたいというだけでなく、




その言葉の裏にターシャが魔法を使う必要がないくらいに、


魔法を使うことによってターシャが危機に晒されることなど絶対にあってはいけない、


と訴えているのが、びんびんと伝わってきた。




リュウがいる手前、言葉に出来ずとも、


アルクの熱意のこもったまなざしと共に。




「アルク・・」


正直幼いアルクがそこまで責任を感じる必要はないと思う。




だというのに、反面嬉しくて涙が出そうになる。


そんなにも姉のことを案じてくれる、想ってくれる優しい弟。




まだこんなにも小さいのに。彼の愛情を胸に抱くようひしひしと噛み締める。


でもだからといってまだ幼いアルクに危険な剣術を学ばせるわけにはいかない。




こちらだって弟のことが大事だからこそ、愛しているからこそ、


たった一人の姉として許可するわけにはいかない。




ターシャが説得しようとしていた矢先、黙り込んでいたリュウが口を開く。


思いがけないことを言った。




「わかった。剣を教えてあげるよ」


顔を輝かせるアルク。




「本当にっ?」


「リュウっ?」




さっきまで一緒に反対してくれていたのにどうして? 


と戸惑いその横顔を見つめる。




「ふざけて言ってるわけじゃないみたいだし、大丈夫」


この子は本気だよ、とリュウは諭すように言う。




もちろんそんなことはわかっている。


アルクの気持ちは痛いほどわかっている。わかっているけど――。




「でも、アルクに万一のことがあったりしたら・・」


「心配しないで。絶対に無理なことはさせないから」




ターシャの気持ちを察っしてか、リュウは静かな笑みをたたえて言った。


ターシャを心配させないように。僕を信じてほしい、と。




彼にそこまで言われてしまっては


ターシャはもう反対することができなかった。








  結局、危ないと感じたらすぐに指導を中止するのを条件に、許可することになった。


リュウは弟の剣を学びたい動機に魔法のことが大きく関係していることは知らない。




だから同じ男として大事な人を守りたい、という気持ちに


純粋に共感したから教える気になったのだろうか。




次回からアルクはリュウに毎日剣術を教えてもらうことになった。


幼いアルクにとっては体力的にもきついであろう稽古も、文句一つ言わずに取り組んでいる。




今日も木を削ってつくった木刀をもらい、リュウに指導され一生懸命に素振りをしている。


作ってきた昼食の入った木箱を抱え、ターシャはまだ心晴れず、不安の面持ちでその様子を見守っていた。




  リュウが稽古中のアルクを残し、ターシャの側までやってくる。


こちらの心配を汲み取ってか、彼が口を開いた。




「僕もアルクの気持ちがよくわかるよ。僕があの子の立場だったら同じことをしてたと思う」


獣に襲われ、大事な人を助けることが出来なくて己の無力さを痛感したら、強くなりたいと思うのは自然な流れだと。




「あの子はただ大好きなお姉ちゃんを守りたいんだよ」


その気持ちを理解してあげて欲しいと彼は諭してくる。


汗をはじかせてアルクは木刀を振っている。その表情は引き締まっていた。




アルクの剣を学ぶ動機の背景には、ターシャの魔法のことがある。リュウは知らない。


もしもターシャが魔法を使えることを知ったらどうなるだろう。




両親のように深い理解を示してくれるだろうか、それとも・・・・その反応を想像すると恐ろしくなって絶対に打ち明けれないと思ってしまう。




嘘をついているわけではない。真実を隠しているだけ。


でもやっぱりこんなにも親しくなったのに打ち明けないのは彼を騙しているみたいで罪悪感が募った。




そんなことを考えているとは露知らず、彼は言う。


「純粋な目的を持っているから、ああいう子は強くなるよ」




海で語っていたリュウの夢。その動機。


彼自身が大きな目的を持っているからこそ出た言葉にその深さを感じた。




「まだ小さくて甘えん坊な所もあるけれども・・・・あの子もやっぱり男の子なのね」


しみじみため息交じりに笑んで言うと、そうだねと彼も微笑んで深く頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る