第4話 ワルプルギスの夜 上

私が生まれたのは、ここから遠く東の、海に囲まれた小さな島国だった。

その国の中でも、特別裕福な家庭に生まれたわけでも、特別貧しい家庭に生まれたわけでもない。

そう、普通の女の子だったのだ。


魔法が使える、その1つを除けば。

私が初めて魔法を使ったのは、14歳になった頃だったと思う。

地震が起きて、倒れてきた棚が母を押し潰そうとした瞬間、頭の中で描いたイメージが実現した。

棚は何かに弾かれたように横に倒れ、母は無傷だった。

しかし、自分の命を救った娘に母が向けた最初の言葉は、

「化け物…」

心底怯えきったその声を聞いた時に、この家を出ることを決意した。

誰にも言わず、誰に見送れる事もなく、14歳のは孤独な旅に出た。


旅に出た後は、居場所を求めてさまよった。

村人全員で田畑を耕して暮らす村、漁業の盛んな海沿いの集落、高い建物が並ぶ街、様々な場所をさまよい歩いて、どこに行っても最後には魔女だとバレて拒絶された。


私も人のはずなのに。

人から生まれて、人に育てられた。

なのに、望んでもないこの力のせいで、どこに行っても疎まれ、拒絶される。

どこにも居場所が無いんなら、生きていても意味なんて無いじゃない。


そうだ、もう死のう。


そう思った瞬間、心がとても軽くなった。

そして、切り立った崖に転移する。

下を見下ろすと、打ち付ける波が岩を削り、剣山のように尖った岩の群れがこちらを見上げている。

これなら確実に死ねるだろう。

いくら魔法が使えても、不死であるはずが無いのだから。


魔女は一切の感情を放棄して、背中から海に向かって落ちていく。

ああ、ロクでもない人生だった。

もし次があるのなら、普通に恋をしてみたい。

愛する人と結ばれて、一生添い遂げて死んでいくのだ。

少なくとも今の私よりも、意味のある生になるだろう。

そんな思考も終わらぬ内に、並び立つ岩達が魔女を貫く。

腹を、腕を、足を、首を。

岩の剣山は魔女の体を貫くだけでは飽きたらず、落下の衝撃でバラバラになった彼女の体を、海に投げ捨てた。

沈みゆく意識の中で、彼女は確かに痛みを感じた。

体が刺し貫かれる痛みを、それが引き裂かれていく痛みを。

でも、これでやっと死ねる。

深い海に沈みながら、彼女はそっと目を閉じた。




「おい、こんな時間に女が一人なんて危ないぞ」

そんな声が聞こえて、目を開けた。

おかしい。

死んでいるなら、なぜまだ痛みが消えていないのか。

そっと起き上がる。

私の体に欠損した部位は無く、それどころか傷痕すら見つからない。

先ほどまで感じていた痛みだけが、海に飛び降りた事が夢では無かったと告げている。

魔女は死ぬことすら許されないのか!

言い表せないほどの怒りと絶望が沸いてくる。

「おい、しゃべれないのか?」

そんな私の心情など知るはずもない男が再び声をかけてくる。

目を覚ましたのに返事をしない私を不信に思ったのだろう。


「しゃべれるわよ」

「そうか…」

「お前、宿はあるのか?飯は?」

「……どっちもいらないわ」

「なら俺の家に来い」

「いらないっていってるのよ!」

「こんな夜中に女を一人にするわけにはいかない」

そういえばこの男はさっきもそんな事を言っていた。

着いていくまで言い続ける気だろうか?

まあ、どうでもいい。

死ぬことすら叶わないなら、この先どうなったって同じことだ。

「わかった、あなたの世話になるわ」

「……着いてこい」

無愛想な人だ。


私は立ち上がり、青年の後を追う。

二人が歩く浜辺の上には、妖しい光を放つ満月が浮かんでいた。

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