【2-56】幼馴染たち
◇
妊婦であるソフィアを玄関に立たせたままにするわけにもいかず、とりあえず食堂へと案内した。ソフィアの相手をするのはジョセフが適任ということで、必然的にキリエも食堂へついていく形になる。
ジョセフは申し訳なさそうにしていたが、キリエとしてはソフィアがどんな人物であるのか知っておきたい気持ちもあるので、同席させてもらえるほうが有難い。
向かい合って座るキリエとソフィアの元へ、ワゴンを押しながらキャサリンがやって来た。どこか憂い顔の彼女は、丁寧な手つきで、キリエとソフィアそれぞれの前へ飲み物を置いてくれる。
「キリエ様には温かなショコラをご用意いたしました。ソフィア様はご懐妊なされたと伺っておりますので、温かいミルクにさせていただきました」
「ありがとう。……でも、やめて。そんな風に他人行儀に畏まらないでほしいの」
「ですが……、わたくしはもう家名を持たない料理人でございますので」
「関係ないわ。だって、私たち友達でしょう? ……ねぇ、キャシー。貴女どうして此処にいるの? 亡くなったと聞いていた貴女ともう一度会えたのは、嬉しい。でも、どうして、サリバン家に貴女がいるの?」
愛憎が入り混じった眼差しでキャサリンを見据えるソフィアの様子に、キリエはひたすら戸惑っていた。顔見知りのようだが、友達と言う割にソフィアの態度には少々棘があるような気もする。
困惑しているキリエに対し、キャサリンは柔らかい苦笑を向けてきた。
「わたくしが家出をする前のおはなしですが、リアム様、ソフィア様、──あと、キリエ様も何度かお会いになったかと思いますが暁の騎士マクシミリアン様も含めて、わたくしたちは幼馴染だったのです」
「えっ、マックスも!? 確かにリアムと仲は良さそうでしたが、まさか幼馴染だったなんて」
「リアム様はマクシミリアン様のことを意地でも愛称でお呼びになりませんが、とても仲の良い親友同士なのですよ」
優しい微笑でリアムの名を口にするキャサリンを見て何を感じたのか、ソフィアの表情が険しくなる。
「私たちだって、仲の良い親友だったはずだわ。貴女が亡くなったと聞いてどんなに胸が苦しかったか……、目が腫れるほど泣いて、本当に悲しかったのよ。リアムもマックスも、とても悲しんでいたわ」
「それは……、申し訳ございませんでした、ソフィア様」
「やめてよ、キャシー! ねぇ、お願いだから、ソフィーって呼んで。そして、私にきちんと説明をしてほしいの。どうして、貴女はここにいるの? なぜ、リアムの傍にいるの? 貴女はリアムを想っているの? 貴女はマックスが好きなのではなかったの?」
「……」
「ねぇ、キャシー。私、貴女を憎んだり恨んだりしたくないの。大好きな親友だから。……お願い、貴女の本当の言葉を聞かせて」
キャサリンは困ったように目を伏せていたが、じきに意を決したようにソフィアを見つめた。普段は穏やかに凪いでいる緑色の瞳に、今は強い意志が宿っている。
「もし、友人として本音を晒してしまったら、わたくしはきっとあなたに酷いことを言ってしまいますわ」
「それでもいい。私をただのソフィーと思って、本当のことを教えてほしいの」
「では……、友人として真っ先に言いたい本音を口にさせていただきますわ。ソフィー、今すぐに帰ってくださいな」
「……どういう意味かしら?」
幼馴染が交わす視線は、互いに不穏なものを孕んでいた。口調こそ静かだが、一触即発の雰囲気が漂っている。キリエは口を噤んだまま冷や汗をかき、ジョセフは冷静な眼差しで成り行きを見守り、なんとなくこの場に留まってしまっていたエドワードの視線は泳いでいた。
「わたくしは、良家のお嬢様でいることが嫌になって家出をしたんです。お料理が好きだったから、城下町の食堂で住み込みで働きながら修行をさせていただいていました。そうしたら、そのお店で偶然にもリアム様と再会したのです。わたくしから会いに行ったわけでも、リアム様が探しにいらっしゃったわけでもなく、本当にただの偶然ですわ。……サリバン家が大変なことになっているときで、あの頃のリアム様は生きる気力が無くて、笑顔にも力が無くて、傍で見ているのが本当に辛かった。──そんなリアム様が、今、ようやくお元気になられたんです。だから、ソフィー。あなたに邪魔をしてほしくありませんの」
ソフィアは、仄暗い眼光でキャサリンを捉える。彼女の瞳には、微かではあるが嫉妬と憎悪が滲んでいた。
「私が、リアムの邪魔になると……?」
「ええ、邪魔ですわ。今、あの方に必要な存在は、あなたではありません」
「彼に必要なのは貴女だとでも?」
「それも違います。……ソフィー、あなたは変わってしまいましたわ。以前のあなたなら、こんな言動は絶対にしなかったですもの。わたくしの内心には、リアム様の思い出の中のあなたを壊したくない、という気持ちもありますわ。……だから、お願いです。ソフィー、このまま帰って」
切々と帰宅を促すキャサリンをじっと見据えて、ソフィアはひとつの問い掛けを呟く。
「ねぇ、キャシー……、教えて? 今のリアムが必要としているのは、誰なの?」
「……決まっているではありませんの。あなたの目の前にいらっしゃいます、キリエ様ですわ」
その答えを聞き、ソフィアの赤茶色の瞳が今度はキリエを真正面から見つめてきた。
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