【2-30】数日振りの兄弟

 ◆◆◆



 ──秋の第三月、第一週、一日目。

 茶会に招かれたキリエとリアムは、マデリンの屋敷へやって来た。マデリンの屋敷といっても、正確にはその母親であるヘンリエッタが所有しているものだ。

 外観からして贅沢で華美な屋敷である。敷地も広く、主な建物の高さも相当なものだ。豪華絢爛な雰囲気は、キリエにとっては眺めているだけでも居心地が悪く感じてしまう。


「キリエ様、大丈夫ですか?」


 馬車から降りるのに手を貸してくれるリアムの気遣わしげな言葉に対し、キリエは気丈に頷いた。


「大丈夫です。ちょっと緊張していますけど、怖いとか怯えてるとか、そういうわけではないので」

「キリエ様、リアム様、ご武運を……! オレ、停車場で息を潜めながらお帰りをお待ちしてるっす」


 主二人の緊張感を察してか、御者を務めたエドワードが神妙な面持ちで頓珍漢なことを言う。彼の持つ独特の緩い空気に癒され、キリエは肩の力を抜いた。


「ふふっ。ありがとうございます、エド。行ってきますね」

「はい! 行ってらっしゃいませ!」


 綺麗な姿勢で頭を下げるエドワードに見送られ、キリエとリアムは屋敷の入口へと向かう。すると、違う方向から同じく玄関を目指している二人組──ジェイデンとマクシミリアンの姿が見えた。相手もキリエたちに気づき、笑顔で近づいてくる。


「やぁ、キリエ。数日ぶりだな」

「こんにちは、ジェイデン」

「嗚呼、ごきげんようキリエ様! 本日は先日以上に洗練された御姿でいらっしゃいますね。嗚呼、美しい銀の小鳥。どうかその麗しい御声で私の名を呼んでくださいませんか……?」


 マクシミリアンが相変わらずの輝かしい笑顔で跪き、キリエの手を握ってくる。引き剥がそうとするリアムを視線で制し、キリエは苦笑と共にマクシミリアンへ挨拶を返した。


「こんにちは、マックス」

「嗚呼、なんと! 本当に私の名を覚えてくださっていたのですね! 嗚呼、麗しき銀の君! こんなにも喜ばしいことがございましょうか!」

「あ、あの……、そろそろ、手を、」

「この優しく可憐な白い御手がどうなさいましたか? 嗚呼、本日は少し冷えてございますね。私の武骨な手でよろしければ温めてさしあげたく、」

「キリエ様が嫌がっておられる! いい加減に離せ、マクシミリアン!」


 このままではキリエの手に頬擦りしかねない勢いのマクシミリアンを見て痺れを切らせたのか、苛立ち気味のリアムが間に入って引き離してくる。ジェイデンは困ったように笑いながら、キリエへ軽い謝罪を寄越した。


「躾が行き届いていない騎士ですまないな、キリエ」

「いえ……、たぶんあと何回かお会いしたら慣れると思います」

「ははっ、そうだな! ──ただ、ひとつ覚えておいてほしいのだよ。マックスは誰でも彼でも口説くわけではなく、その琴線に触れる人物はそこまで多くはない。口説き文句の内容は大して意味はないし、対象は老若男女問わないが、だからといって誰でもいいわけではないのだ。実際、兄弟の中でもマデリンとライアンに対しては好意を抱いていないようだからな」


 その言葉が意外で、キリエは目を瞬かせる。マデリンは勝気ではあるが見目は美しいし、ライアンも容姿が整っていて更には聡明な雰囲気が出ていた。どちらもキリエより優れているように思える。


「今、その二人が対象外なら自分だって対象外のはずだ、などと思ったな? それは間違いだ。キリエは、もっと自分を誇って良いのだよ。僕は、君にとても期待している。……おっと、ジャスミンだ」


 ジェイデンの言葉通り、水色の長い髪を揺らしながら可愛らしい姫君が駆けてくる。ジャスミンは走る勢いを緩めず、そのままキリエの腕の中へ飛び込んできた。後ろへよろけそうになったキリエを、リアムが支えてくれる。


「キリエ、ごきげんよう! 会いたかったわ。ジェイデンも、こんにちは」

「こ、こんにちは、ジャスミン」

「やぁ、ジャスミン。相変わらず、キリエがお気に入りのようだな」

「だって、わたしのために舞い降りてくれた天使だもの。……キリエ、少し髪を切ったのね。とても似合っているわ。さすが、わたしの天使」


 キリエの両頬を小さな手のひらで包み込み、ジャスミンはうっとりと呟いた。相変わらずの天使扱いに困惑しているキリエの横で、再びマクシミリアンが感嘆の声を上げた。


「嗚呼、ジャスミン様におかれましてはご機嫌麗しく、本日も大変にお美しいですね。水色の天使と銀の天使の逢瀬……、嗚呼! なんと神がかった美しい情景でしょうか! 恐悦至極!」

「ありがとう、マックス。でもね、天使はキリエだけなの。キリエはわたしを浄化してくれる天使なのよ」


 マクシミリアンへの対応は慣れているらしいジャスミンだが、彼女の言葉もどうにもずれている。

 そんなやり取りが交わされている中、ひっそりと近づいてきた褐色肌の騎士・ダリオはジェイデンとキリエそれぞれに深々と一礼してから、リアムとマクシミリアンに対しても会釈した。夜霧の騎士と暁の騎士も応じて会釈を返す。騎士たちが静かに交流しているのを横目に、ジェイデンが皆を促した。


「さて、そろそろ玄関へ行ってやろう。我々の到着を見ていたであろう使用人たちが今か今かと待ち構えているだろうからな」


 金髪の王子の一声で、一同は改めて屋敷の入口を目指して移動し始めた。キリエに抱きついていたジャスミンもおとなしく隣を並び歩き、二人の側近騎士はその後ろをついていく。ジェイデンの後ろを歩くマクシミリアンは、ますます上機嫌に笑顔を輝かせていた。

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