【2-22】テーラー・マリウス
◆◆◆
──翌日、昼下がり。
キリエは、リアムに連れられて「テーラー・マリウス」という看板が掲げられた店を訪れていた。馬車の御者として、エドワードも同行している。
「テーラー・マリウス」はサリバン邸からさほど離れておらず、王都の中では割と郊外にあった。周囲にある建物は小さな花屋と菓子店だけで、あとは目の前に広い公園がある、とても長閑な場所だ。
「ここが、セシルのお師匠さんがいらっしゃる仕立て屋さんですか?」
「はい。私が子どもの頃から、家族ぐるみで世話になっている仕立て屋です。こんな寂れた場所にありますが、ここの店主は腕がよく、恐ろしく仕事が速いのです。……ただ、少々クセが強いといいますか。……なぁ、エド?」
屋敷外だからということでキリエに対して敬語で語るリアムが、少々うんざりした顔をしつつエドワードに話を振ると、彼は美しい顔をこれでもかと歪ませて何度も頷いた。
「ほんと、悪い人じゃないんすけど、クセが強くて……、いやほんと、強すぎっすよ、あの人」
「強い? 戦える仕立て屋さんみたいな感じですか?」
キリエが首を傾げると、エドワードは今度は激しく首を振る。せっかくセシルが整えてあげていた髪型は、既に原型を留めていなかった。
「キリエ様ぁ、そういう感じじゃないんすよ! 戦う前にやられちゃいます!」
「た、戦う前にやられる、とは……?」
「圧が強すぎるっす! 主に顔! あとは口調! ていうか、全ての圧が強すぎるっす!」
「エド、うるさいぞ! ……だが、まぁ、おおむね同意だ」
深々と溜息をつくリアムの袖を引きながら、エドワードは切々と訴える。
「リアム様ぁ、キリエ様をご対面させてしまって大丈夫なんすか!? ものすっっごい圧でキリエ様に、キリエ様に、あんなことやそんなことを……っ」
「ご対面していただかなくては、衣装が作れないだろう? それに、今朝、ノアが俺からの伝言を届けに来てくれている。キリエ様の御立場をきちんと伝えてあるのだから、馬鹿な真似はしないと思う。……いや、思いたい」
「あの人に常識とか通用するんすか!?」
「分からない。だから、お前を連れて来たんだ。いざというときには、お前が犠牲になってくれ、エド。その無駄に美しい顔面を活かすときが来たと思って、頼む」
「そ、そんなぁぁぁ!!」
エドワードが悲痛な叫び声を上げたところで、唐突に店のドアが勢いよく開かれる。思わず静まり返る三人の前に姿を現したのは──、確かに圧が強い人物だった。
背丈はリアム以上に長身で、エドワードと同じ程度だろうか。ただし、細身のエドワードと異なり、服の上からでも筋肉質で屈強な体躯だと分かる身体だ。その肉体を包んでいるのは、胸元が大きく開き、腿まで深いスリットが入っている、やけに色気があってタイトな赤いドレス。豊かな胸筋でわずかな膨らみがある胸だが、無論、乳房があるわけではない。何故なら、その人物はどう見ても男性だからだ。男らしい大きな足は、細めの作りのハイヒールに押し込められていた。
彼の頭部は髪が一本もない状態に剃り上げられており、そうかと思えば、その顔には色彩が鮮やかな化粧が施されている。中でも、真っ赤な口紅が塗られている唇は目を引くものだった。
「チョットぉ、いつまで店の前にいるつもりカシラ? 入るのか入らないのか、はっきりしてほしいワ」
外見だけでもかなり衝撃的な彼は、野太いのにどこか女性的な声音と、クセが強い話し方もまた独特である。男性だけれども女性の格好をしているという共通点があるものの、セシルとはだいぶ方向性が違う人物だ。
「アラ~? お見かけしたことがないカワイイ男の子がいるジャナイ。もしかして、この御方がキリエ様なのカシラ?」
「えっ! あ、はい。初めまして、キリエと申します」
高濃度の顔を間近に寄せられたキリエは、驚きながらも挨拶をする。名乗っている間に、リアムがキリエを背に庇う形で立ちはだかった。
「先にそちらが名乗るべきなんじゃないのか?」
「ア~ラ、リアム坊ちゃん、ごきげんよう。相変わらずアタシ好みの色男ねェ。出世して側近騎士になったんですっテ?」
「先に、そちらが、名乗るべきでは、ないのか?」
「モォ~、そんな怖い顔をしちゃ嫌ヨ。分かってる、分かってマス~。キリエ様、お初にお目にかかりマス。アタシはココの仕立て屋の店主のマリアンヌです。マリーって呼んでくださいネ!」
リアムよりもがっしりとして色黒な手を差し出され、キリエは側近の背中越しにおずおずと手を伸ばして握手をする。
「よ、よろしくお願いします、マリー」
「キリエ様。この者の本当の名前は、店名にもなっておりますマリウスです。マリアンヌではありません。御覧の通り、男です。無理をして可愛らしい愛称でお呼びになる必要など、」
「チョット、余計なこと言わないでちょうだいヨ、リアム坊ちゃん! マリーって呼んでくださいネ、キリエ様」
濃度の高い笑顔で圧をかけられたキリエは、「はい……」とぎこちない笑みで頷きを返すしかなかった。
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